“日本人初選出”IBFのアスリート委員に 山下知且(県スポーツ協会) 長崎への思い胸に世界へ

IBFのアスリート委員として活動していく山下=諫早市、諫早パークレーン

 国際ボウリング連盟(IBF)の現役選手を中心に構成するアスリート委員会の委員に、日本人で初めて選出された。アスリート委は中立な立場から競技者の地位向上を目指していく組織。長崎県スポーツ協会の山下知且(39)は世界中の選手から寄せられた意見を集約、発信していく。
 委員の枠はアジア、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニア、アフリカの五つのゾーンから男女各1人の計10人で任期は4年。今回の改選で男性5、女性3の計8人が選ばれた。
 「元々、海外と関わる仕事に興味があった」という山下は、17歳でマレーシアの試合に単身エントリーするなど、小浜高時代から世界へ目を向けていた。全日本ボウリング協会(JBC)ナショナルチームのメンバーとして国際大会の経験も積みながら、各地で地道に人脈も築いてきた。ナショナルチームのコーチも歴任して、現在は国際委員として各国との窓口も務めている。2015年には福岡でアジア規模の大会を始めるための発起人にもなった。
 今回の改選は、IBFが前会長の金銭的不正疑惑による辞任もあって揺れていたため、アスリート委への立候補を承認しない協会もあった。その中で、JBCはボウリングの地位向上に向けて熱意がある山下を評価。アジア1枠を決める選挙で、山下は競技者としての枠を超えた豊富な経験をPRして当選した。
 次に見据えているのは、愛知で開かれる26年のアジア大会。非五輪種目のボウリングは、実施競技から外されたり、開催地が別の国へ移る可能性がある。このため、正式決定される来年3月まで、アジア大会組織委などへ愛知開催を働き掛ける役割を担っていく。
 先月上旬に開かれた「いちご一会とちぎ国体」。残念ながら好成績は残せなかったが、リーダーとして若手主体のチームをけん引した。そんな現場を知り尽くした指導者兼アスリートが、世界でどんな仕事をしてくれるか。「この活動がどんな形でもいいから長崎のボウラーへつながっていけばうれしい。世界の場でも、その気持ちを忘れずにやっていきたい」

 【略歴】やました・ともかつ 雲仙市出身。5歳から競技を始め、小浜高2年時に熊本国体少年男子ペアで優勝。翌年から12年間、全日本ナショナルチームメンバーに名を連ねた。2006年アジア大会5人チーム戦の金メダルをはじめ、国際大会で五つのメダルを獲得。現在は代表選手らのコーチを務めると同時に、県の競技力向上を担うトップアドバイザーも任されている。39歳。

© 株式会社長崎新聞社