ザ・ビートルズ『Revolver』セッション音源から垣間見えるメンバー間の“人間関係の綾”

連載最終回となる今回は、「セッションズ」の後編。オフィシャルとは別テイク・別ミックスが聴けるDisc-3収録の17曲の聴きどころをご紹介。

楽曲解説:CD 3: セッション2

1. And Your Bird Can Sing (Second Version / Take 5)

テンポを落とすなど、アレンジを変えたセカンド・ヴァージョンのテイク5(4月26日録音)。ところどころにポールとジョージのコーラスが入るが、なにより間奏のギターの箇所にもコーラスが入っているのが斬新。「Can’t Buy Me Love」もそうだが、コーラスを多用しても使わずに終わるということが多々ある。これもそんな1曲。

2. Taxman (Take 11)

演奏はオフィシャル・ヴァージョンと同じテイク11(4月21日録音)だが、『Anthology 2』に収録された、“anybody got a bit of money”のコーラスが入るなど、コーラスやエンディングが一部異なるテイク(4月21日録音)。ただしイントロのカウントの前とエンディングがわずかに長い。

3. I’m Only Sleeping (Rehearsal Fragment)

『Anthology 2』発売時に発見された、たまたま一部がテープに残っていたというリハーサル・テイク(4月27日録音)。ヴィブラフォンの入った味わい深いインスト。エンディングに少し会話が入っている。

4. I’m Only Sleeping (Take 2)

『Anthology 2』にはテイク1が入っていたが、こちらはテイク2(4月27日録音)。まだ模索段階にあるのか、何となく曲が始まり、ビートも単調で、テイク1よりも未完成。中断後、しばらく間をおいてジョンが少し歌ったり、ジョージ・マーティンとポールとのやりとりもあるなど、スタジオでの雰囲気を伝えるテイクになっている。

5. I’m Only Sleeping (Take 5)

これまではやや物憂げな雰囲気を伝えるまったりしたテンポだったが、このテイク5(同じく4月27日録音)は、のちにテンポを落とすのを前提に速めに演奏された軽快なインスト・ヴァージョン。特にドラムが激しく、中盤の“taking your time”の箇所などではポールがラフに歌う声も入っている。メロディの良さがむしろ伝わる好テイクだ。

6. I’m Only Sleeping (Mono Mix RM1)

イントロにジョンの太い声のカウントが入る、未使用に終わったモノ・ミックスのRM1(5月6日ミックス)。この曲はステレオ・ヴァージョンとモノラル・ヴァージョンでは逆回転ギターの入る箇所が異なったりしていたが、このテイクでは、間奏に入る前に一音長くギター音は聞こえるだけでなく、ジョンがあくびをする箇所の直前から余分な逆回転ギターが唐突に入ってくる。エンディングも、演奏に一部ブランクを作るという、聴きなれた耳に意表を突く場面が出てくる。

7. Eleanor Rigby (Speech Before Take 2)

4月28日にテイク2を録音する前に、ストリングスのメンバーに対してジョージ・マーティンとポールが、ヴィブラートを入れるかどうかのやりとりなどをしている会話を長めに収録したもの。

8. Eleanor Rigby (Take 2)

そしてエンジニアの“Take 2”の声に続き、弦楽八重奏のレコーディング場面が聴ける。ジョージ・マーティンの息子ジャイルズは、やはり父親のストリングスのアレンジを存分に聴かせたかったに違いない。

9. For No One (Take 10 / Backing Track)

“Take 9”というエンジニアの声に対して“Take 10”と返したポールがカウントを入れてクラヴィコードを演奏し、リンゴがドラムでそれに応じる場面が聴けるインスト版。アラン・シヴィルのフレンチホルンはまだ入っていない簡素な演奏で、『The Beatles (White Album)』に入っていてもいいような雰囲気がある。

10. Yellow Submarine (Songwriting Work Tape / Part 1)

今回の蔵出し音源の中で、最もびっくりさせられた初登場音源。冒頭のメロディはジョンが手掛け、しかも「Strawberry Fields Forever」を思わせる内省的な内容をジョンがアコースティック・ギターを弾きながら歌うということが“事実”としても伝わる、とにもかくにも、リンゴの歌というイメージを覆すテイクだ。

11. Yellow Submarine (Songwriting Work Tape / Part 2)

前のテイクをさらに推し進めた制作過程がわかる、こちらも驚愕の初登場音源(5月26日録音?)。冒頭のジョンとポールのやりとりから、ポールがアコースティック・ギターを弾く傍らで、ポールが書き変えた冒頭の歌詞をジョンが見ながら二人で歌い始めているのがわかる。“We all live in a Yellow Submarine”のコーラスの箇所の合間に“Look out”と“Get down”の合いの手が入るのにもびっくりだ。

12. Yellow Submarine (Take 4 Before Sound Effects)

ジョンのカウントで始まる、効果音やジョンの掛け声などが入る前の音源(5月26日録音)。コーラスは普通に入っているものの、テンポが速いので、リンゴの声が甲高く聞こえる。

13. Yellow Submarine (Highlighted Sound Effects)

『アンソロジー 2』に収録された“新曲”「リアル・ラヴ」のシングルに収録されていたテイクと同じ音源(6月1日録音)。演奏前に入るリンゴのセリフ(口上)が入り、間奏前のSEもちょっと多いという、さらに臨場感を楽しめるテイク。『アンソロジー 2』収録テイクよりも出だしがわずかに長く、エンディングもフェイドアウトせずに終わる。

14. I Want To Tell You (Speech & Take 4)

曲名がまだ決まっていないジョージに対し、冒頭でジョンが“Grany Smith part friggin’ two!”と言ったあと、ジェフ・エメリックがグラニースミスと同じりんごの品種の“Laxton’s Superb”と返すやりとりの後、ジョージのカウントで曲が始まる短いインスト版(6月2日録音)。イントロのギターは、もちろんフェイドインではない。

15. Here, There And Everywhere (Take 6)

これも「リアル・ラヴ」のシングルに収録されていたテイクと同じ音源(6月16日録音)だが、イントロにポールのカウントが入る。また『アンソロジー 2』収録テイクは1分40秒過ぎからバック・コーラスとフィンガースナップが入るテイク13を編集で加えているが、こちらはテイク6だけの、コーラスなしの演奏である。ヴォーカルは、ポールの歌の味わい深さが引き立つシングル・トラック。

16. She Said She Said (John’s Demo)

正式なレコ―ディングに先駆けてレコーディングされた、アコギによるジョンのホーム・デモ音源。歌詞が一部異なる。

17. She Said She Said (Take 15 / Backing Track Rehearsal)

「最後の曲!」とジョンがまくしたてるイントロのやりとりが印象的な、『Revolver』セッションの最後の収録曲。6月21日の録音でミックスは翌22日。日本に来るわずか1週間前のことだった。ポールのカウントで始まるインスト・ヴァージョンで、演奏自体はオフィシャル・テイクに近いものの、オルガンは入っていない。

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歌も演奏もサウンドもとてつもなくいい――つまりは曲自体がいかに素晴らしいか。2016年の『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』に始まった記念盤は、そうしたビートルズの音楽的魅力を再確認できるもの、と言ってもいいだろう。そして、初登場のセッション音源から垣間見えるメンバー間の“人間関係の綾”が見えてくるのも、一連の記念盤の大きな聴きどころである。

それを実現するために、ジャイルズ・マーティンがいかに現代的な音としてオリジナル作品を蘇らせているのか、というのも重要だ。

音質の向上は言うまでもなく、楽器や声の定位を変えることで、作品の新たな聴き方を促す効果もそこにはあるわけだが、もちろんジャイルズのさじ加減ひとつで、曲の印象が大きく変わるものもあれば、それほど違いのないものもある。聴き手の好みもあるわけだから、リミックスの良し悪しの判断は聴き手に委ねられるともいえるが、そうした中で、総じて言えるのは、これまで同様、重低音を生かすことで、ヘッドフォンで聴くとより楽しめるサウンド作りになっていることだろう。もちろん、ビートルズの音楽的魅力があってこそなしうることであるのは言うまでもない。

『Revolver』の記念盤は、「デミックス」の効果により、その魅力や味わいが、これまで以上に伝わる、文字通り記念すべき一枚だ。

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ザ・ビートルズ『Revolver』スペシャル・エディション
2022年10月28日発売

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