【特別掲載】 ロバート・グラスパーが語る制作秘話 『ブラック・レディオ』に台本はない。

現代ジャズ・シーンの旗手としてだけでなく、あらゆるブラック・ミュージックを繋ぐキー・マンとして確固たるステイタスを築いたロバート・グラスパー。彼の名を一躍世に広める出世作となったアルバム『ブラック・レディオ』のリリース10周年を記念したデラックス・エディションがリリースされた。

『ブラック・レディオ』はロバート・グラスパー・エクスペリメント名義で、2012年2月にリリース。ヒップホップ、ネオソウル、R&B、ファンクと、ジャンルを超えたゲストを曲ごとにフィーチャーし、現代そして未来のブラック・ミュージックを描き出した革命的な作品。全米ジャズ・チャートで1位、R&B/ヒップホップ・チャートで4位、トップ200で15位を記録。第55回グラミー賞では「最優秀R&Bアルバム賞」を受賞した。

今回のデラックス・エディションは、オリジナル・アルバムに加え、当時デジタル・ボーナス・トラックとして発表された3曲、そしてEP『ラック・レディオ・リカヴァード・ザ・リミックス』をカップリングした、『ブラック・レディオ』の世界をすべて味わえるコンプリート版となっている。

発売を記念し、そのCDブックレットに寄せられたグラスパー自身による書き下ろしライナーノーツを一部ご紹介する。
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僕はいつもスタジオへは、何かを期待することなく入る。『ブラック・レディオ』の制作が実は2〜3回、キャンセルされたことはあまり知られていない。スケジュールが合わず、キャンセルするしかなかったからだ。何人ものアーティスト、何人ものマネージャー、何人ものアシスタント、何人もの弁護士、いくつものレーベルが絡み、とにかく大変だった。どうにかして全員をスタジオに集めることが第一の目標だったが、全員が揃う、その1週間が見つからないのだ。

そんな中、ツアー先でようやく連絡が入り、その翌週なら全員が揃うとわかった僕は、残りのツアーをキャンセルし、直前にLA入りすることにした。このアルバムにカヴァー曲が多い理由はそれだ。つまり新曲がなかったからだ! 誰がレコーディングに参加できるのか、できないのか、いつできるのかさえわからず、僕は曲を書いていなかった。でも、いったん皆が揃ったなら、軌道修正は簡単だ。「だったら、これまで通りにやってきたことをやろう」という空気の中、とりあえずやることにした。

正直なところ、何も期待はせず。ただ、一緒にスタジオに入る彼らのことはよく知っていた。僕らが生み出せるマジックも。だから、なんであれ、きっと最高のものになるという思いはあった。頭の中にアイデアの種はある。これまでも僕のアルバムはいつだって“宇宙”が共同プロデューサーになってくれた。だから最後にはうまく行く。

3回キャンセルした末に、そういう形で『ブラック・レディオ1』を制作したことは、僕らのプラスに働いた。エリカ・バドゥが「アフロ・ブルー」を歌ったことは、一連の『ブラック・レディオ』全体にとって、最善の決断の一つとなった。この曲を選んだのは、エリカからいつもジャズのヴァイブを感じたからだ。どこかでビリー・ホリデイを思わせながら、彼女のヴァイブで歌われるあの曲。その時の状況やタイミングが生んだアイデアではあったが、結果的に非常にうまくいった。

さらに、レイラ・ハサウェイに「チェリッシュ・ザ・デイ」を歌ってもらったのもーーマジ、あれは大正解だった。ビラルが 「ヘルミオーネへの手紙」を歌ったことも、「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」をリメイクしたことも。ああいったアーティストたちを迎えて、ああいった曲を再構築したことは、間違いなくヴァイブの成せる技だ。だからこそ、他のアルバムと違うアルバムになった。トラックリストだけを見ると「待て。レイラがこれを歌ってるの? え⁈ エリカ・バドゥが何を歌ってるだって?」と言いたくなる。つまりは、そういうことだ。

アルバムにとどめられることの多くは、自発的に起きることだ。僕は皆にはスタジオに来てもらうのを好む。その日、自分のやることがない日でも、何をするわけでもなく、スタジオで時間を過ごすのだ。そうすることで、雰囲気はジャム・セッションのようになる。ただし記録されることを前提に。結局、僕がステージ上でやっているのもそういうことだ。誰かが来られなくなれば、誰かが代わりを務める。

僕はステージにいない時も、ある意味、常にステージにいる。だからこそ「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」でパーカッションを叩いているのは、たまたまスタジオにいたストークリーだ。レイラがあの曲で歌っているのも、たまたま「元気?」と挨拶しに来たからだ。別の日には、たまたまそこにいたサー・ラーのシャフィークの声が良かったんで「お前いい声してるな。イントロを歌ってくれるか?」と言った。それで彼がアルバムのイントロになった。

いったんピースが揃ったパズルというのは、こちらが作ろうとしなくても勝手に作られていく。それが揃っていることを確認したら、あとは自分の考えを整理し、作業を進めながら、どうするかを決める。「ああ、こうしたらカッコいいだろうな。こうすれば最高だろうな」。次々と起こるべきことが起き、曲となる。それが『ブラック・レディオ』。なるべくしてなる何か。なぜなら、そうなることが正しいことだから。

ある時代、ある瞬間のサウンドトラックになるものは、本物であり、そこに台本はない。スタジオに、ミュージシャンたちと、何をするわけでもなく時間を過ごし、音楽を作り、マジックが生まれるための空間を作ったなら、マジックはおのずと現れる。こちらからは強制しない。僕らはただここにいるだけでしかない。僕らはここにいる。

翻訳:丸山京子
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■リリース情報

ロバート・グラスパー・エクスペリメント
『ブラック・レディオ 【デラックス・エディション】』

2022年11月11日(金)発売
2SHM-CD:UCCQ-1168/9 \3,300 (tax in)
Blue Note / ユニバーサル ミュージック
試聴・予約 →https://Robert-Glasper.lnk.to/BlackRadio_DXPR

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