鉄道の難所・板谷峠を延長23キロの「米沢トンネル」で抜ける JR東日本と山形県が建設推進で覚書  奥羽新幹線も視野に?【コラム】

板谷峠のカーブを曲がる山形新幹線E3系車両(写真:武彩 / PIXTA)

本サイトで最近、注目を集めたニュースに「山形新幹線の速達化・定時性確保に向けた線区改良スタートへ」(要旨)がありました。JR東日本と山形県は2022年10月24日、「山形新幹線米沢トンネル(仮称)整備計画の推進に関する覚書」を締結しました。

米沢トンネルが建設されるのは、福島・山形県境の板谷峠。古くから鉄道の難所として知られ、山形新幹線「つばさ」も、急こう配・急曲線の峠越えはスピードダウンを強いられます。覚書の趣旨は、緩やかなカーブで峠を貫く山岳トンネルを建設し、東京―山形間の所要時間を短縮しつつ、輸送の安定性を高めるというものです。

米沢トンネルは1973年に基本計画が定められた「奥羽新幹線」の建設区間にも重なります。本コラムは、覚書の中身とともに、山形新幹線の改良が将来の奥羽新幹線につながる可能性を解説。2つの新幹線の関係性を解きあかしたいと思います。

時速55キロ以下の走行区間もある「板谷峠」

福島市と、山形県第4の都市・米沢市の直線距離は35キロ程度。鉄道営業キロは40.1キロです。関東では中央線東京―立川(鉄道営業キロで37.5キロ)、関西では東海道・山陽線新大阪―兵庫(鉄道営業キロで38.7キロ)くらいの距離感です。

ところが、山形新幹線は福島―米沢間に所要35分程度かかります。平均時速は、単純計算すれば70キロ弱。「つばさ」は本来、在来線区間も最高130キロで走れるのですが、板谷峠は時速55キロ以下にスピードダウンしなければならない区間もあり、速達化のネックになっています。

自然条件の厳しい板谷峠は、雨や雪に加え、動物との衝突などによる運休・遅延も発生します。

JR東日本と山形県の協議まとまる

現状の打開に向け、JR東日本は2017年11月、山形県に対し抜本的な防災対策になるトンネルのおおまかなルートや事業費などの調査結果を提示しました。

これを受けて両者は翌2018年3月から、実務者レベルで検討。2021年3月には、JRが県に時速200キロ以上で高速走行できる、緩やかなカーブ状のトンネルを検討するため、より詳細な調査を山形県と共同で実施したい旨を提案しました。その後、両者の協議がまとまり、今回の覚書締結になったというのが大枠の流れです。

米沢トンネルの早期実現に一致協力

覚書は、「米沢トンネル整備計画の早期実現に向けた基本事項」を定めます。事業の進め方を表すのが実施内容で、JRと県は「事業スキーム確定に向けた検討」、「事業化に資する調査及び検討」、「財政的支援を得るための政府への働きかけ」などに共同で取り組みます。

ここで、米沢トンネルのスペックをあらためて。建設区間は山形新幹線庭坂駅付近―関根駅付近までの約23キロ、工期は着工から約15年、事業費約1500億円を想定します。覚書の有効期間は10年間です。

米沢トンネルが構想される板谷峠越え区間。全長23キロの新幹線トンネル(正式には在来線ですが)は、上越新幹線の大清水トンネル(22.2キロ)に並ぶ長大トンネルになります(資料:山形県)

トンネルは緩やかなカーブを描き、時速200キロ超での高速走行が可能。東京―山形間の所要時間は現在より10分程度短縮される見込み。自然災害による輸送障害も減って、山形新幹線の安全性・安定性が格段に向上します。

なお、庭坂―関根間には板谷、峠、大沢の3駅がありますが、山形県みらい企画創造部総合交通政策課によると、途中駅のあり方については今後の検討課題とのことです。

「新トンネルの実現は山形県の発展に直結」

覚書を交わす三林東北本部長、吉村知事、渡利常務=写真左から=。本コラムでは触れませんでしたが、JRと県は「山形県内の鉄道沿線の活性化等に関する包括連携協定」も締結。地域資源の活用促進、交通系ICカード利活用などに共同で取り組みます(写真:山形県)

山形県庁での締結セレモニーには、吉村美栄子知事、JR東日本からは渡利千春常務・グループ経営戦略本部長、三林宏幸執行役員・東北本部長が出席。吉村知事は「新トンネルの実現は県の発展に直結する。整備効果を高めるためには、県内全域での沿線活性化や人流拡大が重要で、取り組みを加速させていきたい」とコメント。

JRの渡利常務と三林東北本部長も「米沢トンネルで、リスクへの備えが強化される。山形新幹線の有効活用や利用促進に向け、官民連携を一層深めたい」と述べました。

アプト式も検討された板谷峠

後段の奥羽新幹線に移る前に、板谷峠越えの鉄道史を一コマ。福島―青森間の奥羽線が全通したのは明治年間の1905年です。峠越えルートは3案あり、当初は群馬、長野県境の碓氷峠(在来線時代の信越線)と同じ、線路と車両の歯車をかみ合わせて進むアプト式も検討されました。

最終的には、こう配を1000メートルで33.3メートル登る33.3パーミル(一部38パーミル)に抑え、一般鉄道の粘着式で建設されました。しかし、急こう配に対応するため、戦前は4110形、戦後はE10形という動輪5輪の強力SLが峠越え専用機として投入されました。

国鉄は〝板谷峠問題〟を解決するため、他線区に先がけて1949年に電化しました。

在来線時代の485系特急「つばさ」。原則9両編成で上野―山形―秋田間を結びました(写真:Yoshi / PIXTA)

昨年、地元PTが調査結果を公表(奥羽新幹線)

ここから米沢トンネルと奥羽新幹線に話題を移しますが、山形新幹線のままの表記は2つの新幹線が登場して分かりにくいので、〝本名〟の「奥羽線」を原則使用します。

奥羽新幹線は、福島―秋田間の265.6キロ。政府が1973年に基本計画を閣議決定したものの、その後約50年間にわたり目立った動きなしというのは、四国新幹線や山陰新幹線に共通します。

奥羽新幹線をめぐっては、早期着工を求める沿線自治体の「羽越・奥羽新幹線関係6県合同プロジェクトチーム(PT)」が2021年6月、初めての調査結果を公表しました。

奥羽新幹線のルートイメージ。秋田で同じく同じく構想段階の羽越新幹線に接続して青森(新青森)にいたります(資料:羽越・奥羽新幹線関係6県合同プロジェクトチーム)

それによると、奥羽新幹線の主な経由地は県庁所在地の山形市。起点の駅部を共用すると仮定するとしても、既に建設済みなのは700メートル程度(福島駅付近と思われます)で、ほぼ全区間を新線として建設します。

新庄―大曲間を改軌すれば新幹線車両は走れますが……

奥羽新幹線の山形市以外の経由地は未定ですが、想定ルートを現在の奥羽線に重ねれば、福島―山形―新庄間148.8キロは山形新幹線として新幹線車両の走行が可能です。一方、北側の大曲―秋田間51.7キロは秋田新幹線として、こちらも新幹線車両が走れます。

理論的には、2つの新幹線に挟まれた新庄―大曲間98.4キロを新幹線規格の標準軌(1435ミリ)に改軌すれば、(東京)―福島―大曲―秋田のルートで一応新幹線車両は走れます。しかし、沿線自治体や経済界が望むのは、在来線とは別線のフル規格新幹線です。

今回の覚書には、当然ですが「奥羽新幹線」のフレーズは一切登場しません。それでも「時速200キロ超で走行可能」の米沢トンネルを、地元が「奥羽新幹線建設に向けた第一歩」ととらえることは容易に想像できます。

ちなみに、JR東日本は秋田県と2021年7月、秋田新幹線の新仙岩トンネル(赤渕―田沢湖間)整備計画の推進に関する覚書を締結。内容は今回の米沢トンネルとほぼ同趣旨で、JR東日本は山形、秋田の両新幹線でネック解消による輸送改善に取り組みます。

本コラムは、奥羽新幹線の必要性には言及しませんが、米沢トンネルが山形新幹線の線区改良ばかりでなく、将来の奥羽新幹線建設に向けた最初のステップという見方もできることは、意識しておいていいでしょう。

記事:上里夏生

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