ドリカムの初ミリオン「決戦は金曜日」吉田美和を巧みに操る中村正人の戦略とは?  日本独自のR&B路線を作り上げた真の立役者

“歌うま女子”たちは、みんな吉田美和の独特なコブシに酔っていた

1992年の今日、11月14日にリリースされたDREAMS COME TRUE 『The Swinging Star』は、累計売上枚数300万枚を超えた誰もが知っている大ヒットアルバムである。その当時、僕の周りにいた、いわゆる “歌うま女子” たちはカラオケに行くと、こぞって「晴れたらいいね」や「決戦は金曜日」を選び、吉田美和を真似た独特の “'コブシ” を利かせ熱唱していたものだ。

そう、いまから30年前… 1992年といえば通信カラオケが普及し始めた年でもある。

通信カラオケによって、簡易コンテナで作られたカラオケボックスから、カラオケルームとして個別に部屋を構える店舗の開発が一気に広まった。僕の住むさいたま市の郊外でも、突如大型カラオケ店が建設されたりした。このアルバムを聴くと、そんなカラオケ三昧だった日々の楽しい記憶が思いだされて仕方がない。

それはさておき、今回は吉田美和ではなく、もうひとりのDREAMS COME TRUE 中村正人に焦点を当ててみたい。吉田美和が持つ天賦の才に惚れ込んだ彼が、DREAMS COME TRUEの楽曲アレンジをどう考えているのか常々興味を持っているからだ。

スタジオミュージシャン中村正人のテクニック

ハッキリ言って、DREAMS COME TRUE以前の中村正人を知る人はほぼいないだろう。今でこそ自身の経歴をラジオで面白おかしく話してくれるからわかるけれど、吉田美和と出会う前… 中村正人は表舞台に出ることがないスタジオミュージシャンだった。青山学院大学在学中からタレントのバックミュージシャンとしてライブ演奏することはあったけれど、クレジットにも載らないスタジオでの仕事も多かったのだ。

ちなみにスタジオミュージシャンとは、歌謡曲はもちろん様々な楽曲のアレンジされた譜面を見てすぐに演奏する卓越した技術が必要な職業である。楽譜通りそのまま演奏するのは勿論のこと、アレンジャーが突然思いついた要求にもその場で応えなくちゃいけないのだ。個のセンスも問われる大変な仕事である。それゆえに本業であるベースのテクニックは素晴らしい。本人は謙遜しているけれど、ライブでも安定したピッチと堅実でミスのないプレイはさすがの一言に尽きる。

中村正人、ドリカム加入後のアレンジャーとしての腕前

スタジオミュージシャンとしてたくさんの楽曲に触れあうことで、中村正人はアレンジャーとしての実力も蓄えていった。

80年代中盤あたりからシンセベースの台頭も含め、音楽を取り巻く環境がハード、ソフト共に著しい進化を遂げたのはご存知の通り。当時の音楽シーンでは楽曲のアレンジ上、4弦ベースでは出せないE音から下の音が必要なのは必然であった。中村正人が4弦ベースから5弦ベースへの切り替えが早かったのは、アレンジャーとしての要望と、その要求に応えるスタジオミュージシャンという両者の立場ゆえのことだろう。

DREAMS COME TRUEとして中村正人がテレビ画面に登場したときにはすでに5弦ベースを操っていたし、その後6弦ベースへの切り替えも早かった。楽器のことがわかる人にとって、それはセンセーショナルなデビューだったと思う。僕もバンドでベースを担当していたので、まず最初に彼のベースに注目してしまった。画面で初めてDREAMS COME TRUE見たときに「おっ!」って思ったもの。ただ、時代の流れとはいえ慣れ親しんだ機材を変えるのは勇気が要ること。ベーシストの端くれとして言わせてもらえば、4弦ベースと5弦ベースは同じベースでも全く違う楽器なのだ。それは弦が1本増えるだけで、ネックの幅が広がり運指が変わり、格段に扱いが難しくなるからだ。

オマージュとは自身のエッセンスを加えた “音楽の進化” である

中村正人が無類のR&B好きであり、そのなかでもアース・ウィンド&ファイアーの大ファンというのは、DREAMS COME TRUEファンであれば知っている人が多いはずだ。たとえば表題のアルバム『The Swinging Star』の「決戦は金曜日」… この曲の元ネタはアース・ウィンド&ファイアーの「Let’s Groove」とシェリル・リンの「Got to be Real」を合体させたものである。聴き比べるとわかるけれど、「決戦は金曜日」と「Let’s Groove」は、リズムやホーンセクションのアレンジなど曲の雰囲気がほぼ同じなのだ。

もちろんこれはパクリではない。ちなみに中村自身もインタビューで「パクっても吉田美和が歌えば誰にもバレないんじゃないか(笑)」と語っている。これをオマージュと言わずして何と言おうか。何故なら、元の楽曲に対して自身のエッセンスを加え、時代を表現する新たな楽曲としてオリジナリティを追及していくことこそが音楽の進化だと僕は思うからだ。

では、アース・ウィンド&ファイアーの「Let’s Groove」をオマージュして作られた「決戦は金曜日」に、DREAMS COME TRUEとして加えたエッセンスとはなんだろう… ただ原曲に似せて作ったのではそれこそパクリになってしまう。もちろんプロの音楽家として自身のプライドが許さないし、大好きなEW&Fそのものを汚すことになってしまう。ではどうしたのか? ここにアレンジャー中村正人が考え抜いた吉田美和を活かす最大の秘密があるのだ。

歌謡曲を聴いて育った吉田美和が作り出した、前ノリのリズムで歌う日本独自のR&B

日本の楽曲は総じて「前ノリ」で作られている。盆踊りの音頭で育った日本人の感覚は表拍にタイミングを合わせることに慣れているからだ。「タンタンタンタン」と、1拍ずつ拍の頭でリズムを刻むと気持ちいいのはそのせいである。

ところがR&Bのほとんどは「後ノリ」で作られている。オフビートとも呼ばれるが、4拍子の2拍4拍に手拍子を入れる感覚だ。文字にしてみると「ン~タン、ン~タン」である。 もちろんこれは吉田美和にも言えること。

今でこそ楽曲中に “吉田節” とも言われるフェイクやアドリブをステージで多用する吉田美和だが、彼女のルーツはR&Bでもソウルでもなく、あくまでも歌謡曲である。松田聖子や中森明菜、小泉今日子を聴いて育った青春時代なのだから、それは当然だろう。

その大前提を踏まえ、中村正人は「決戦は金曜日」を作曲する際に、吉田美和の書いた歌詞がメロディラインの頭にアクセントがくるようにメロディやリズムをアレンジしたはずだ。オマージュ元であるアース・ウィンド&ファイアーの「Let’s Groove」から大きく変更した点がここである。両者を聴き比べたときに似て非なるもの… と感じるのはそのせいだ。

「Let’s Groove」同様に「決戦は金曜日」は少ないコード進行を循環させる単純な楽曲だが、ここに吉田美和の真骨頂であるフェイクが黒っぽいゴスペル感の雰囲気を醸しだしてくる。ちなみに吉田の歌い方は「Got to be Real」を歌うシェリル・リンの雰囲気そのものだ。

こうしてアース・ウィンド&ファイアーの「Let’s Groove」とシェリル・リンの「Got to be Real」のいいとこ取りした楽曲「決戦は金曜日」が、DREAMS COME TRUEオリジナルの楽曲として完成したのだ。まさに吉田美和がR&Bを “日本のR&B” として身近なものにしてくれたわけだが、それを裏方として巧みに演出しているのが中村正人である。

そう、中村正人こそが日本独自のR&B路線を作り上げた真の立役者なのだ。

カタリベ: ミチュルル©︎たかはしみさお

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