空白の3年間に変化した価値観。格闘家・岡見勇信が抱く「自分を追い詰めて成し遂げてきた勝利」との決別

11月19日に開催されるONE Championship「ONE 163: Akimoto vs. Petchtanong」で、日本格闘技界のレジェンド・岡見勇信が3年ぶりにケージに帰ってくる。相手は「やり残したことがある」と対戦を熱望した元2階級世界チャンピオンのアウンラ・ンサン。「自分のキャリアのすべてをぶつける」と誓う岡見が、この一戦までどのように歩んできたのか。空白の3年間の思いを聞いた。

(インタビュー・構成=篠幸彦、写真提供=ONE Championship)

やっと自分の仕事をやるべき場所に戻ってこられた

――3年ぶりの試合まで2週間を切りましたが、今はどのような心境で試合に向かっていますか?

岡見:3年ぶりになりますので、やっと自分の仕事をやるべき場所に戻ってこられるという思いですね。もちろん、久々の試合なので不安も緊張もあります。これまで50戦くらいしていますが、今までの試合とはちょっと違う気持ちというか、3年も間隔が空いたことはないので、不思議な感覚がありますね。

――今年1月の試合が流れたこともありました。今回の試合が決まったときはどのような思いでした?

岡見:3年ぶりに戦う相手が、自分がずっと戦いたかったアウンラ・ンサン。その相手を提示されたときは、本当にうれしかったです。彼と戦うためにミドル級にカムバックしたというのがあるので、すべてが整った、ここまで待ったかいがあったなという思いですね。

――40歳を超えられて、試合に向けての調整というのは若い頃と比べれば当然難しいところがあると思います。ここまでのトレーニングついてはどのように感じていますか?

岡見:やっぱり若い頃と比べれば、違うものはあります。40を超えてくるとケガも増えますし、疲労感もなかなか抜けないですよね。でもそれはわかっていることで、そのぶん若い頃より経験があります。その感覚を大事にして、今回も試行錯誤しながらファイトキャンプをやってきました。なかなか思うようにうまくいかないこともあります。ただ、その難しさは逆に楽しんでいるというか、それも含めて格闘技なんですよ。この過程は40歳を超えても現役をやっているという証明でもあると思うんです。うまくいかないことにばかり焦点を当てても難しくなってくばかりですから。そこを楽しんでより良いものをこの中でつくっていこうと。この難しい環境を楽しもうというようにメンタルを切り替えましたね。

ミドル級に戻ってンサンと戦う、やり残したことはこの一点

――ずっと対戦を熱望されてきたアウンラ・ンサン選手について、改めてどんな思いを持っているか聞かせていただけますか。

岡見:僕がONEをしっかりと見るようになってからアウンラ・ンサンという選手のことを知りました。彼がアジア人として、ミャンマー人として、ミドル級、ライトヘビー級という重量級で2階級制覇を成し遂げたというのは、同じアジア人、重量級で戦ってきた身として誇らしかったんですよね。

やはり重量級の世界は欧米の選手が主役になるというのは往々にしてあって、その中でアジア人の自分が挑んでいくというのは一つの誇りでした。だからアウンラ・ンサンにも同じものを感じたんですよね。それから彼の戦いぶりがガンガン前に出て攻めて、欧米の選手たちをなぎ倒していくんですよ。同じ重量級で戦う自分としては、そのすごさがよりわかります。そんな彼を知ってから注目して見るようになって、いつか彼と対戦したいと思うようになりました。

――試合に向けた会見で、やり残したことがあるという話がありました。それがンサン選手との対戦というわけですよね。

岡見:僕が前回出場したONEの大会が終わったときに、正直やり尽くしたという気持ちがあったんですね。ただ、いろいろと考える時間を持つようになって、自分の中でまだ納得いくものがないと、気持ちと体が思っていたんです。そこでいつも修行しているアメリカのポートランドに行って、一カ月ちょっと練習してきたんです。

特に目的はなかったんですけど、自分の原点といえるアメリカでなにを感じるのかを確かめに行ったんです。そこで自分の思いを全部洗い出せたというか。UFCで戦ってきたミドル級という、自分の中で一番ストレスなく勝負ができる世界に戻って、常々リスペクトしてきたアウンラ・ンサンと戦いたいと。自分がやり残したことはこの一点だと。その思いをアメリカでの修行を通して確認できたんです。それからすぐにコロナ禍になって、3年という時間が経ってしまったんですけど、その思いは一切変わることがなかったですね。

――どんなに熱望したとしても対戦が組まれるかどうかわからないというのが、格闘技の世界だと思います。実際にアウンラ・ンサン選手とのカードが決まったときはどんな心境でした?

岡見:正直、こんなすぐに実現するとは思っていませんでした。こればかりは僕とンサン選手で決められるものではないので、もうちょっと時間がかかると思っていました。ただ、いろんなことがあって、組み合わせだったり、タイミングだったり、本当に運もあったと思います。さまざまなことが重なってこのシチュエーションが整って、戦うべくして戦うんだなと。今はそういう思いですね。

――3年間、試合がなかったことに不安はありました?

岡見:最初は焦りや不安はありました。でも1年半を過ぎたあたりからはストレスは消えていましたね。戦うときがくれば戦えばいいと。正直もう戦わなくてもいいんじゃないかと、そういう気持ちが頭によぎることは何度もありました。別にもういいんじゃないかなって。

ただ、若い選手や同世代の選手が間近で戦っている姿を見て、自分も現役としてこの舞台に戻って戦わなければいけないと。この3年間、試合がなくても必死に練習ができたのは、彼らの戦いが失いかけた闘志を戻してくれて、僕をこの舞台に引き止めてくれたからだと思っています。

結局、楽しんでいるやつが強いし、良いパフォーマスをする

――試合の会見で、この3年間で価値観が変わったものがあるという話をされていました。その変わった価値観について教えていただけますか?

岡見:格闘技を始めた原点でもあるんですけど、もっと格闘技を楽しもうということですね。今まで戦ってきた自分を振り返ると、格闘技に対してまったく楽しさを感じていなかったんですよ。トレーニングとかで自分を追い詰めて、この苦しいことを成し遂げたから試合にも勝てたと。その思いの繰り返しで、自分を追い詰めすぎていたと思うんですね。

もちろん、楽しむ=楽をするということではないです。ただ、結局楽しんでいるやつは強いなと、この3年間で感じたんですよね。純粋に戦いを楽しむ選手は試合でも強いし、良いパフォーマンスをするんですよ。そこが自分にはなかった部分だなと。だからもう一度、格闘技を始めた頃の楽しさであったり、ワクワクする気持ちであったり、そういった思いに立ち戻って見つめ直そうと、3年の間に徐々に感じてきたんです。

でも1月に試合が流れた頃は、まだ自分を追い詰めていた部分がありました。今回はそのことも踏まえて、良い気持ちでンサン戦に向けて厳しい練習の中でも楽しむということをつかめてきているのかなと。そこが自分の価値観の中で一番変えようと思ってきたところです。

――この試合は自分の集大成、格闘技人生をすべて出し切るという話もされていました。練習を通して、これまでのキャリアを思い出すこともありましたか?

岡見:昔の映像や動きを追うときもあるんですけど、昔できて今はできないこともけっこうあります。逆に昔はできなかったけど、今だからできることもあります。過去を追い求めすぎず、今の自分にできることを大事にして、精一杯つくったものが現時点での集大成なんだと思います。

全力で頑張れば必ず助けてくれる人が現れ、道は開ける

――以前、ABEMAの海外武者修行プロジェクトに関するツイートに岡見さんが「世界を知るには少しでも早いほうがいい」という反応をされていました。長く世界の最前線で戦ってきた岡見さんが抱く、若い世代に世界へ出てほしいという思いについて聞かせていただけますか?

岡見:僕も初めて海外へ修行に行ったとき、世界の広さをものすごく感じたんですよね。強いやつもいれば、弱いやつもいる。いろんな国籍のやつ、いろんな性格のやつがいる。彼らと触れ合うことで、自分をすごく客観視できるようになって、自分の強み、弱みがすごく浮き彫りになるんですよね。もちろん、それで必ず強くなるとは言わないですけど、自分のことを知るというのは、それだけで大きな財産になるんですよ。

だから若い世代にはできるだけ早く世界へ出てほしい。別に実力なんてなくてもいい。そこで1度自分を知って、見つめ直して、どう考えるか。良いきっかけになると思いますね。それが結果につながるかは別ですけど、必ず成長につながると思います。行くチャンスがあるのなら積極的に行ってほしいし、行った上でそのあとのことは考えればいい。まずはそこでいろんな経験をしてからスタートしてほしい、そんな思いですね。

――海外での経験が成長につながるというのは、選手としてはもちろん、人間としての成長にもつながるということですよね。

岡見:僕も26歳くらいかな。英語が一切わからず行って、いろんな人に助けてもらったんですよ。そういう中で生きていく上での力だったり、人と人との触れ合いだったり、助け合うことだったり、そういったことがすごく成長させてくれました。あのとき海外へ修行に行っていなければ、今の自分は間違いなくなかったと言えますね。世界に出ることで、人間的にも格闘家としてもアスリートとしても必ず成長できると信じています。

――言葉もわからない状態で飛び込んで、苦労したことはたくさんあったと思いますが、その中でもつらかった経験というのはありますか?

岡見:もちろん、練習はつらいし、慣れない環境の中で練習以外でもすごいストレスを受ける日々でしたけど、つらかったのはそれくらいですよ。それよりも自分が前向きに全力で頑張っていれば、必ず助けてくれる人が現れるというのが私の持論です。どんな環境でも全力で頑張っていれば、それを見てくれている人は必ずいて、サポートしてくれる人は現れるし、必ず道は開けると。僕自身それを信じているし、若手の選手にいつも伝えていることですね。

20年以上やってきた総合格闘技を裏切らない戦いを

――今回の試合はその若手選手たちも本当に注目していると思いますが、ご自身が熱望されたアウンラ・ンサン選手との一戦をどんな試合にしたいと思っていますか?

岡見:一番はやり切りたいですよね。諦めることなく、自分のすべてをぶつける。自分との戦いでもあるし、ンサンとの戦いでもある。20年以上やっていた総合格闘技、マーシャルアーツを裏切ることなく、最後まで全うして戦いたいですね。そうすれば結果がついてくると信じています。

――大きな一戦を控えて、先のことはまだ考えていないところもあると思いますが、今後のキャリアについて考えることはあるんでしょうか?

岡見:もう41歳ですから終わりが確実にすぐそこまで迫ってきているのは間違いないことです。ただ、本当にこの試合にすべてを出し切って、その先のことは戦い終えてみないとわからないというのは嘘偽りのない率直な気持ちです。どんな戦いをして、どんな感情を抱くのか。それは自分にもわからない。いろんなプロジェクトに関わって、いろんな選手のサポートをしてきましたけど、現役ファイターとして3年間止まっていた時計の針が動いたときに、自分がどうなっているのか本当に楽しみですね。

――では最後に岡見さんの試合を3年間待ち望んできたファンの方々へ一言いただけますか。

岡見:この3年間はもちろん、20年以上やってきた総合格闘技、マーシャルアーツをすべて体現、表現したいと思っています。自分自身を裏切らず、戦い切る。そして岡見勇信はやっぱり強いんだと思ってもらえるように戦い抜くので、それを見届けてください。

<了>

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