「スリ・アシィ」 インドネシア版スーパーウーマンが活躍、悪の組織に立ち向かう 【インドネシア映画倶楽部】第45回

Sri Asih

インドネシア版「スーパーウーマン」、インドネシアコミックのヒーローが映画化でよみがえる。社会問題を背景にしたアクション映画で、「ハリウッド作品にも引けを取らない」と筆者の横山裕一さんが高く評価。

文と写真・横山裕一

1950年代にヒットしたインドネシアコミックを原作に、舞台を現代に置き換えたインドネシア初のコミック女性ヒーローが登場するアクション映画。ヒーローものとはいえ現代の社会問題を背景にした犯罪を扱い、人間ドラマにも比重が置かれるなど大人向けのアクション映画といっていい。コンピューターグラフィックも多用したスピード感溢れる映像など、ハリウッド作品にも引けを取らないといってもいいかもしれない。

インドネシアのオリジナルヒーロー映画のリバイバルとしては、稲妻から力を与えられたヒーロー映画「グンダラ」(Gundala /2019年公開)に続く第2弾で、一部ストーリーはリンクするが、「グンダラ」を観ていなくても単体として十分楽しめる。「スリ・アシィ」は「グンダラ」より時間的には若干前の物語として設定されている。

物語は霊峰としても有名なジョグジャカルタのムラピ山の噴火から始まる。車で逃げ惑う若夫婦が事故死するが、若妻の死の間際に生まれたのが後にスリ・アシィとなる女の子アラナだった。不幸な生立ちながらアラナは正義感強い子供で、ある女性に引き取られる。大人になったアラナは見せ物の格闘家として活躍し引き取ってくれた女性を第二の母親として慕うが、マフィアとのトラブルに巻き込まれ第二の母親が瀕死の重体となる。

マフィアのトップはジャカルタの再開発を手掛ける企業の社長で、チンピラを使って対象地域にあるスラム街を焼き払ったり、老朽化した公営団地の住民の追い出しを繰り返す。この組織とのトラブルをきっかけにアラナは自らに秘められた運命を知ってヒーロー「スリ・アシィ」に目覚め、組織の非道なたくらみや未知の力をもった怪人に戦いを挑んでいく……。

物語のモチーフにもなった、ジャカルタのスラム街の再開発で記憶に新しいのは2016年、北ジャカルタのスンダクラパ港近くにあったスラム街の強制撤去だ。当時のジャカルタ特別州のアホック(バスキ・チャハヤ・プルナマ)知事による公営団地への建替えが目的だったが強引な手法が批判を受け、後の知事選挙で撤去された住民側についた相手候補に敗れるなど、単なる不法占拠に対する撤去では片付けられない社会的、人権的に影響の大きい問題である。

ジャカルタは中心部の高層ビル群がトレードマークとなっているが、一方で低所得者層の住宅街、それに公共の土地に不法に家を建てたスラム街が多くあるのが現実だ。スラム街は河川沿いや線路沿いなどに多くあり、今後の都市再開発や洪水対策において、撤去問題は今後もクローズアップされることが予想され、今作品「スリ・アシィ」ではまさに時事的な問題がフィーチャーされている。

「スリ・アシィ」はR.A.コサシィが1954年に手がけたコミックが原作である。インドネシアのオリジナルコミックは、1930年頃の新聞「Sin Po」に掲載されたマンガなどが始まりといわれている。その後コミック本の形態をとるようになり、1940〜1950年代にアメリカからスーパーヒーローものコミックが流入したのに影響を受けて、インドネシアコミック界でも独自のスーパーヒーローが続々と生まれて大衆の人気を得ていく

その一つがスーパーウーマンのインドネシア版ともいえる、インドネシア初の女性スーパーヒーロー「スリ・アシィ」だ。とはいえ、出で立ちは古代ジャワのヒンドゥー教の影響を受けたような装飾品などをまとったコスチュームで、「スリ・アシィ」出自に関してもデウィ・スリ伝説を引用するなどインドネシアのオリジナル色が盛り込まれたヒーローである。一方で作品に登場する悪者の怪人のメイクはどことなくアメリカンコミックを彷彿とさせ興味深い。「スリ・アシィ」は1954年にすでに初映画化されていて、今回が二度目である。CGなど特殊加工技術のない初版作品の時代にどのように超能力の世界が描かれたか興味深いところでもある。

インドネシアのコミックは欧米や中国の影響を受けながら一定の人気を得続け、2000年代以降は日本漫画の影響を大きく受けるようになる。このため日本の漫画は「マンガ」としてインドネシアの日常語の一つに取り込まれるまでに至っている。

20世紀前半のアメリカンコミックのスパイダーマンやバットマンなどが現代でも依然映画化されているように、インドネシアでのスーパーヒーローシリーズは今後も制作プロダクション会社・ブミランギットによって既に6本も映画製作が予定されていて、かつてコミックで活躍した様々なインドネシアのオリジナルヒーローが次々と復活、登場する。1作目の「グンダラ」も2作目の「スリ・アシィ」同様、現代の社会問題をモチーフにしているなど、両作品とも大人の鑑賞を意識した見応えのある作品だけに今後の続編も楽しみである。各作品のヒーローは異なれど、それぞれ一部で物語がリンクして他作品のヒーローが登場するところも魅力である。

映画「スリ・アシィ」の監督はインドネシアでまだ数少ない女性監督としての成功者、ウピ監督で、見せ物の格闘、マフィアといった男臭い世界を描きながらも、女性ヒーローであるアラナ(スリ・アシィ)の猛々しさの中に秘めた女性らしい優しさが随所に表現されている。

余談だがヒーローシリーズ1作目「グンダラ」の監督は、今年ホラー作品『悪魔の奴隷 2』(Pengabdi Setan 2)を大ヒットさせたジョコ・アンワル監督。興味深いのは「グンダラ」で描かれる主人公の住む公営団地内のシーンではホラーテイストも盛り込まれていて、閉ざされた公営住団地で展開する「悪魔の奴隷 2」を彷彿とさせる。同監督が「グンダラ」の制作を通してイメージを膨らませたのではないかとも想像できる。ジョコ・アンワル監督は「スリ・アシィ」でもウピ監督と共同で脚本に参加している。

「グンダラ」(Gundala)はNetflixインドネシア版で配信中で、これを観てから「スリ・アシィ」を鑑賞するとより関連性もわかるが、前述のように「スリ・アシィ」単体でも十分楽しめる娯楽大作に仕上がっているので、是非とも劇場で「インドネシア臭い」スーパーヒーローを味わっていただきたい。

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