「故郷熊本でカフェを」事故死した長男の遺志、母が継ぐ 〝30歳〟の日に開店、コーヒー通じ被害者支援の取り組みも

コーヒー店を開いた深迫さん夫妻。祐一さんが持っているのは忍さんの遺影

 三角屋根に大きな窓。店内に漂ういれ立てのコーヒーの香り。深迫祥子(ふかさこ・さちこ)さん(54)と夫祐一さん(62)は熊本市でコーヒー店「Calmest Coffee Shop」を営む。きっかけは、交通事故に遭い、帰らぬ人となったバリスタの長男忍さん=当時(29)=が語っていた、「30歳になったら熊本で店を開く」という目標だった。深迫さん夫妻は遺志を継ぎ、さらに次のステップへ。事故や犯罪の被害者や遺族を支援する「コーヒーエイド」プロジェクトを立ち上げ、全国に活動を広げるつもりだ。「被害者も遺族も希望を持って生きられる社会に」。11月25日~12月1日は「犯罪被害者週間」。奮闘を続ける祥子さんに話を聞いた。(共同通信=窪田湧亮)
 ▽家族でかなえるはずだった夢
 記者がコーヒー店を訪れると、祥子さんは忍さんとの思い出を語り始めた。「明るくて優しい子でした」。小学6年生の時、祥子さんのメガネが壊れたと知ると、お年玉で買ってくれたこと。大人になってから、病気で手術を受けたばかりの祥子さんの手を握り続けてくれた時のこと―。「『おれがいるから大丈夫だよ』が口癖でした」
 忍さんがコーヒーに没頭したのは都内の大学に進学してから。都内の有名なカフェでアルバイトを始め、そのまま就職した。「30歳になったら熊本に戻って、コーヒー店を開きたい」。夢を打ち明けられたのは2018年、祥子さんが都内の病院に通院するため、忍さんと2人暮らしを始めた時だ。祥子さんは、再び息子と一緒に熊本で暮らすことができる喜びを感じる一方、家族でうまく店を切り盛りできるのか不安も抱いていた。それでも、「店でセミナーを開き、おいしいコーヒーのいれ方を広めよう」と、忍さんと構想を膨らませていた。
 目標に一歩一歩、近づいていた矢先に、事故は起きた。2019年7月9日。職場の駐車場にいた忍さんに、アクセルとブレーキを踏み間違えたトラックが衝突。忍さんは建物との間に頭を挟まれて亡くなった。

2018年に東京で深迫祥子さんが撮影した忍さん(祥子さん提供)

 ▽私の魂はあの日に消えた
 祥子さんは泣き続けた。忍さんはいなくなったのに、家には食器も服もそのまま。物音がする度、息子が帰ってきたのかと思った。「私の魂はあの日に消えた」
 四十九日が過ぎた。「母さんはこれから、どうすればいいんだろう」。遺影に話しかけた時に気付いた。「あの子がやりたかったこと聞いていたじゃん」。熊本で開く予定の店は、もう設計図もできていた。代わりに実現しようと、計画通りに建てた。忍さんがかつてパイロットを目指していたことにちなみ、外装は青空をモチーフに青と白で彩った。
 以前は違う仕事をしていた祐一さんも、コーヒーの入れ方や焙煎機の扱い方などを学び始めた。店内には忍さんが生前着ていたエプロンや写真を飾り、コーヒー豆は忍さんと親交があった店から仕入れた。
 「人は2度死ぬ。肉体が亡くなり魂のみになるのが1回目で、2回目はその人が忘れられた時」と祥子さん。決して2度目の死を迎えないように、忍さんについて広く話せるよう店を整えた。オープンは2020年5月7日。忍さんが30歳になるはずだった、その日だった。

熊本市北区植木町にあるCalmest Coffee Shop

 ▽7割が不眠に
 店にはさまざまな客が訪れる。突然失った家族を思い出し、「寂しくないだろうか」と涙していた人には「忍が天国でカフェをしている。きっと一緒にいるよ」と声をかけた。悩みを打ち明けてくれた学生には「どんなに悩んでいても、生きてさえいれば大丈夫」と伝えた。「コーヒーを通じて人をつなげる」という忍さんの願いも丸ごと引き継ぎ、実践したいと思っている。
 何げない一言に傷つけられた日もあった。客から「息子を亡くして笑っているお母さんを初めて見た」と言われたり、「取材を受けてテレビに出るのすごい」と驚かれたりしたことも。そんな時は、心の中で言い返す。何がすごいのだろう。息子は亡くなったのに。生きている方がずっとすごいのに―。交通事故遺族としての思いを講演する時には、こうして周囲の言葉に傷ついた二次被害の経験も話すようにしている。

深迫祥子さんと忍さんの遺影

 遺族らを取り巻く厳しい実態は社会に知られていない。2019年の東京都の犯罪被害者や遺族らに対するアンケートでは、回答者58人のうち、43・1%が「友人・知人」の言動や態度に傷つけられた二次被害を経験。77・6%が不眠に陥ったとした。被害者の置かれた状況を、8割以上が世間に認知されていないと答えていた。
 祥子さんは「遺族にとって家族を失った日は、一生続く闘いの始まり」と話す。二次被害に追い詰められ、外出さえ難しい遺族もいるということを知ってほしいという。

 ▽「忍ならどうするかな」と始めたコーヒーエイド
 事故や犯罪の被害者を支援する「コーヒーエイド」プロジェクトの原資は、忍さんの事故の賠償金だ。「忍がやり残したことは何だろう」と考え、彼が大好きだったコーヒーを通じ、社会貢献を始めることにした。
 これまでに2回、チャリティーイベントを開催。今年7月には、熊本市内の会場に、忍さんと関わりがあったコーヒー店が全国から集まり、各店が来場者に自慢のコーヒーを販売。売り上げを各地の被害者支援団体に寄付した。
 会場の一角には、事件・事故で命を落とした人の写真パネルを展示。犠牲者の写真には、遺族からのメッセージが添えられた。「まだ一緒にいたかった」。突然近しい人を失った悲しみや、加害者に対する怒り。コーヒーを手に、パネルの前で涙する人が見られた。
 祥子さんも「もう一度、貴方の声が聞きたい、会いたい」とメッセージを寄せた。

7月に熊本市内で開いたイベントでは、来場者がコーヒーを手にパネルを見ていた(コーヒーエイド提供)

 ▽会えたら、褒めてもらいたい
 来年は、東京の会場に再びコーヒー店を集め、パネルを展示する予定だ。コーヒーエイドも年内にNPO法人化し、東京を始め、全国各地で講演やチャリティーイベントを開くことを目指している。
 忍さんがやり残したことを精いっぱいこなす日々が続く。「自分でも『よくこれだけ行動できるね』と思う」。忍さんの写真を見てほほ笑み、こう続けた。「天国で忍に会ったら、『私、本当に頑張ったんだからね!』と伝えて褒めてもらいたい」

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