田中正造研究解散相次ぐ 高齢化や後継者不足 「不屈」継承願いつつ...半世紀の活動に幕

最後のシンポジウムに向けて話し合う渡良瀬川研究会の幹事ら=11月中旬、群馬県館林市内

 足尾鉱毒事件の解決に奔走した栃木県佐野市出身の田中正造(たなかしょうぞう)を後世に伝えようと活動してきた市民団体が、年内に相次いで解散する。群馬県館林市を中心に活動し、正造研究をけん引してきた「渡良瀬川研究会」(代表・菅井益郎(すがいますろう)国学院大名誉教授)は12月3日、最後のシンポジウムを開き、半世紀の歴史に幕を下ろす。活動の中心を担う幹事らの高齢化、後継者不足などが理由。菅井代表(76)は「新しい世代の成長に期待したい」と、正造研究のともしびが消えないことを願っている。

 同研究会は1973年、正造の活動や鉱毒事件を研究し、後世に継承しようと発足した。シンポジウムの開催や、正造ゆかりの地を訪ねるフィールドワーク、正造研究の論文をまとめた機関誌の発行などに力を注いできた。

 会員は現在も全国各地に約200人いるが、幹事ら計7人は大半が70代。別の正造関連団体と役職を兼任するメンバーもいて、負担は小さくなかった。「続けてほしいという声もあったが、活動を継ぐ若い世代はいなかった」と菅井代表。館林市文化会館で開く最後のシンポジウムでは、これまでの活動を振り返るとともに、今の時代に通じる正造の思想や行動を同研究会の赤上剛(あかがみたけし)顧問(81)らが講演する予定だ。

 一方、86年に発足した佐野市の市民団体「田中正造大学」もまた、11月27日に開く最終講座をもって閉学する。大学教授などを講師に迎えて正造の思想や環境問題を取り上げる講座を定期的に開催してきたが、70代の事務局メンバー3人で活動を続けるのが難しくなった。

 最終講座は同市中央公民館で、長崎大環境科学部の友澤悠季(ともざわゆうき)准教授が「先食された未来を生きる-現代日本の公害地図-」と題して講演する。坂原辰男(さかはらたつお)事務局長(70)は「最後なので、ぜひ若い世代にも興味をもってもらいたい」と呼びかけている。

 シンポジウム、最終講座とも予約不要。いずれも資料代などとして千円が必要。

 (問)渡良瀬川研究会は関口一夫(せきぐちかずお)さん090.4058.2699、田中正造大学は坂原事務局長090.2636.8233。

 

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