JR駅の改札、切符とスイカに加えてQRコードも導入 なんでいまさら? 取材して分かったJR東日本が見据える「その先」

QRコードに対応する新型の自動改札機の試作機。右上が読み取り部(JR東日本提供)

 JR東日本は、QRコードとスマホアプリで列車の乗り降りができるシステムを導入すると発表した。駅の自動改札を通る手段が、現在の交通系ICカード(Suica)、切符(裏面が黒い磁気)に加え、QRコードという3つの方法で可能になる。2024年度後半から東北地方でスタートし、その後、遠からず新幹線と在来線の全線で利用可能にするという。
 しかし、そう言われても「なんでいまさらQRコード?」と思う人は多いだろう。例えば、東京都内の駅で今後スイカが使われなくなるとは想像しづらい。
 深掘り取材の結果、QRコード導入は「地方ローカル線にメリット」「近未来的な改札の実用化に一歩前進」という意義があると分かった。今回の発表がもたらす意味を、一つ一つほぐしたい(共同通信=山本俊輔)

 

QRコード乗車券のイメージ(JR東日本提供)

 ▽スマホアプリでQR乗車券を購入
 最初に、発表の概要を説明したい。QRコードは、JR東日本のスマホアプリ「えきねっと」で乗車券を購入して取得する。駅に着いたらスマホの画面に表示し、自動改札機の読み取り部にかざして通過する。改札機のない駅ではアプリを操作し、自分で乗車・降車の手続きをする。この場合は、QRコード自体は不要ということになる。11月8日にJR東日本が発表した資料に載っている内容は、これでほぼ全部だ。簡単な概要は分かったが、導入の意図や背景はほとんど書かれていない。ここからはJR東日本側への取材や、過去の資料と合わせて解説していく。

 

QRコードのイメージ(JR東日本提供)

 ▽紙の切符は少なくとも10年はなくならない
 まず、切符は当面なくならない。JR東日本は裏面が黒い磁気切符をなくしたがっている。理由としてSDGs(持続可能な開発目標)を挙げているほか、駅の券売機を削減しコストを減らす狙いもある。磁気切符は廃棄の際に溶解処理が必要なうえ、改札機に詰まって故障の原因にもなるからだ。だが、廃止は簡単ではない。スイカがこれほど浸透した首都圏でも、磁気切符の利用率は、昨年度で5%程度はまだある。
 そのため、新型改札機の多くはスイカ、QRコード、磁気切符の3種類対応となる見通しだ。改札機の耐用年数は約10年とされ、一度設置した物を老朽化していないのに大量廃棄するのは、経営上あり得ない。
 次に、QRコードを利用する乗客が、スマホ上ではなく、厚紙や普通紙に印刷して利用できるのかどうかを考えたい。結論から言えば、この点は不透明だ。深沢社長は11月の定例会見で、紙のQRコード乗車券の券売機を設置するか問われると、「あり得ると思う」と述べた。ただ、その後に担当者に確認したところ、紙のQRコード乗車券は複製が簡単なため、不正防止に課題があり、具体的なことは未定という。
 なお、深沢祐二社長は会見で「紙の切符そのものをなくすのが最終目標」とも述べた。しかし、スイカが使えない路線の沿線に住み、スマホは不慣れという乗客もいる。紙の切符全般を廃止するのは長期的にも困難が予想される。

 

乗車手続きの画面(JR東日本提供)

 ▽QRコードはスイカより「不便」
 QRコードが、スイカなどの交通系ICカードに取って代わる可能性は低い。役割が違うからだ。
 今回発表したシステムでは、利用者は列車を利用する都度、QRコード乗車券を買う手間がかかる。スイカなら改札機にかざすだけでよい。都市部に住む人が近隣の駅を行き来する際、あえてQRコードを使うメリットはない。スイカの機能をスマホアプリとQRコードで置き換えることは可能だろうが、モバイルスイカというアプリが既にあり、JR東日本があえて開発する動機は乏しい。
 JR東日本としても、QRコードがスイカを駆逐する事態は望ましくない。読み取り端末の処理速度を比べた場合、QRコードも進歩はしているものの、スイカには及ばないからだ。
 QRコードの利用者が増えすぎると、ターミナル駅の通勤ラッシュをさばけず、渋滞する恐れが出てくる。この点についてJR東日本の担当者は「QRコード改札の実用化にあたり、スイカと遜色のない速度での改札通過を可能にする」としている。とはいえQRコードがスイカと完全に対等な速度を実現するのは、原理的に困難と言われている。

一つのQRで通過可能に(JR東日本提供)

 ▽ローカル線でキャッシュレス乗車が可能に
 そう考えると、QRコードが役に立つのは、乗客の少ない地方ローカル線だ。実は、スイカは都市部にない駅ではほぼ使えない。2001年の登場から20年ほどが経過したが、JR東日本の全1630駅のうち、改札で交通系ICカードが使えるのはいまだに半数程度にとどまる。JR東日本は、QRコード乗車券を実用化する一方で、スイカ対応の駅も増やし続けるとしている。ただ、スイカ対応の改札機は高額で、無人駅など現状で改札機がない駅にまでは設置できないという。
 ローカル線の利用客のメリットは、どんな路線や駅からでもキャッシュレスで鉄道を利用できるようになる点だ。改札機がなくとも、冒頭で紹介したスマホアプリ「えきねっと」の操作で乗り降りの手続きが可能になる。また、首都圏から新幹線と在来線を乗り継いで改札機のない駅に行くような場合も、これまでは駅で切符を発券してもらうか、スイカで新幹線に乗り、途中駅で在来線の切符を買い足す必要があったが、スマホだけで完結できるようになる。
 ただ、手続きは乗客頼みになるので、JR東日本は不正対策として、衛星利用測位システム(GPS)の活用を検討しているという。

 

地域連携ICカード。上から青森県の「AOPASS(アオパス)」、岩手県の「iGUCA(イグカ)」、秋田県の「AkiCA(アキカ)」、山形県の「yamako cherica(ヤマコウ チェリカ)」、群馬県の「nolbé(ノルベ)」(JR東日本提供)

 ▽ライバルはクレジットカードのタッチ決済
 QRコードの乗車券は、「タッチ決済」への対抗策という面もある。タッチ決済は、クレジットカードを読み取り端末に差し込まず、触れるだけで決済するシステム。端末の設置費用や月々のシステム利用料は、スイカより割安とされる。経営基盤の弱い地方の鉄道会社やバス会社にとって、メリットが大きい。欠点は読み取り速度がスイカより遅いこと。だが、乗客がもともとさほどいない地域では支障が無い。だから、地方の交通事業者はタッチ決済によるキャッシュレス化に興味を示している。
 JR東日本は、地方交通事業者を対象に、特定の地域内で使えて維持費が比較的安いIC乗車券の発行も支援しているが、限界がある。QRコードはよりコストが安く、JR東日本の切符や観光施設のチケットと一体化した乗車券の発行などもできる。
 一方で、クレジットカード陣営も営業を強化している。今年8月にはビザと三井住友カードが東京で、全国各地の交通事業者向けにタッチ決済の説明会を開いた。さらに、タッチ決済にはインバウンド(訪日外国人)との親和性が高いという特徴もある。南海電鉄などの大手事業者も、タッチ決済対応の自動改札機の実証実験をしたことがある。

クレカのタッチに対応した専用の読み取り機(手前右)を設置した改札機=2021年4月、大阪市

 ▽QRの次はタッチレスや顔認証?
 最後に、QRコード対応の次に登場するかもしれない自動改札機について触れたい。JR東日本は2018年に作成した中期経営計画で、こんな目標を掲げた。
 「次世代チケッティングシステムやタッチレス・ゲートレス改札の実現」
今回発表したQRコードとスマホアプリによる乗り降りのシステムが、この次世代チケッティングシステムの一部に当たる。

JR東日本が主催する先端技術の紹介イベントで公開された「タッチレス」改札=2020年7月、東京都港区

 そして実は、「タッチレス改札」もJR東日本は既に開発を進めている。自動改札機にアンテナを設置し、スマホと通信する仕組みで、乗客はスマホをカバンやポケットに入れたまま、かざすことなく改札を通過できる。2020年に東京で開いたイベントでは、試作機を一般公開した。重い荷物を抱えていたり、ベビーカーや車いすを押したままでも通れたりするというメリットがある。

 

JR東日本などの先端技術の紹介イベントで公開された、「顔認証」の改札機=2020年7月、東京都港区

 このイベントでは「顔認証改札」の試作機も登場した。これもタッチレス改札の一形態だ。顔認証改札は、JR東海も昨年から今年にかけ、東海道新幹線の品川と名古屋駅で社員を対象に実証実験したことがある。ただ、顔認証は精度などの技術的な面だけでなく、社会的に受け入れられるかどうかという問題もある。
 中期経営計画で最後に挙げられた「ゲートレス改札」とは何か。改札にはアンテナやカメラだけを備え、個々の乗客の入退場を制限する扉をなくす(ゲートレス)というイメージだ。不正防止をどうするのかなども含め、詳細は不明だが、実現すれば大規模な駅で改札の設備を大幅に簡素化できるメリットがある。
 これらの“次世代”改札は全て、紙の切符や交通系ICカードで通ることはできない。スマホアプリの習熟が必須となる見通しだ。近未来に直面しうるこの試練を、私たちは通過できるだろうか。

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