家計と財産を管理しているのに家族に内容を教えない85歳父。できる相続対策は?

「親族が相続の準備に協力してくれない」とお困りの人は少なくないのではないでしょうか。そんな場合に、いざ相続が発生した際に困らないためには、何ができるのでしょうか? 行政書士・相続診断士の藤井利江子氏のところに相談に来た山田さん(仮名)の例を参考にしながら解説します。


人は必ず亡くなります。これは避けて通れないことです。財産がないから関係ないのは「相続税」であって、人が亡くなることで発生する「相続」は誰にとっても関係のあることなのです。

山田ひとみさん(仮名・53歳)は、最近体調がよくない父親(85歳)に万が一のことがあったら、と心配な毎日です。なぜかというと、父親の財産はもちろんのこと、家の家計を父親がすべて管理しており、ほかの家族は何も知らされていないからです。

ひとみさんの家族は、父親と母親、ひとみさんと妹の4人家族で父親所有の家に住んでいます。

最近、テレビや雑誌などで、終活・相続のテーマの話題になったとき、父親にそれとなく話をしてみると「うちはそんなに財産がないから相続なんて関係ない」「うちは家族みんな仲が良いのだからもめることはないだろう」そう言って取り合ってくれません。

確かに財産はそんなにないかもしれません。家族みんな仲が良いこともわかっています。ただ、父親にもしものことがあったときには、相続することになる財産について、家族としてどんな心づもりがいるのだろうか。漠然とした不安の中にいたところ、終活・相続セミナーで講師をしていた私のところに相談に見えたのでした。

父親の財産状況をお聞きしたところ、不明確ではあるものの、自宅不動産と銀行に預金があることは何となくわかっているようでした。今から父親の終活・相続に向けて何か準備できることはありますか?というひとみさんからの質問に、「できますよ、完全ではないけれど少しずつできることから始めていきましょう」とお答えしました。

今から始められる準備(1):必要になる戸籍を集め始める

人が亡くなり相続が発生すると一番初めにすることは、相続人が誰になるかを確認する「相続人の確定」です。これをしなければ、財産がどこにどれだけあるのかを調べることができません。金融機関等は、預金者が亡くなると預金者の相続人でなければ、預貯金の有無の回答をしないためです。

相続人を確定させるためには、必要な戸籍を集めなければなりません。例えば、亡くなった方に子供がいる場合には、亡くなった方の出生から亡くなるまでの戸籍と、子供が別の戸籍に移っている場合、子供の最新の戸籍をそれぞれの本籍地で取得し、相続人が誰になるのかを確定していきます。

戸籍を集める手続きは、当人が存命のうちから始めることができます。今回の場合、まず、父親の出生から現在までの戸籍を取得します。

さらに、もし父親の戸籍を結婚して出てしまった子供がいる場合、その子供が存命かどうかを確認することが必要になります。そのためには、子供の戸籍も必要になります。ただし、戸籍法に定めにより、父親の存命中は、子供が自分以外のきょうだいの戸籍を取得することはできません。

今回の例では、ひとみさんは父親の戸籍を取得することはできますが、妹が結婚している場合などは結婚後の戸籍を取得することはできないということです。それでも「完全ではないけれど少しずつできることから始めていく」、という意味であれば父親の戸籍だけでも取得しておけば、相続発生時の負担は軽減されます。

また、父親の戸籍を取得しておくと、「認知している子がいる」など、相続関係が変わる可能性を事前に確認しておくこともできます。

誰が取得できるのか・どうやって取得するのか。

戸籍は誰のものでも取得できるわけではありません。戸籍は、原則として本人・配偶者及び直系血族(祖父母・父母・子・孫等)のみが取得できます。つまり、子供であれば親の戸籍を出生から現在まで取得することができるのです。

戸籍は本籍地で取得することになります。ただし、転籍、結婚、離婚、養子縁組などで戸籍を移っていることがあります。そのため、一カ所の役所で取得できないことがあり、本籍地を変えていれば本籍地ごとに戸籍を請求することになります。

戸籍は、直接役所に行くことができなければ郵送での取り寄せも可能です。昨今、土日休日は普通郵便の配達を行っていないので、取り寄せてもかなりの日数がかかってしまうので、早めに集めていくことをお勧めしています。

今から始められる準備(2):不動産の所有者を確認しておく

家族で住んでいる自宅不動産の名義が誰になっているか、不動産の全部事項証明書を取得して確認しておくことをお勧めします。

不動産所有者には、毎年、4~5月ごろに、固定資産税課税明細書(納税通知書)が郵送で届きます。そこに不動産の情報の記載があるので、その情報をもとに法務局で不動産の全部事項証明書を取得して名義の確認を行いましょう。これは不動産の所在地が分かっていれば誰でも取得することができるものです。先祖代々続く家では、先代の名義のままということもあります。課税明細書(納税通知書)がない場合でも、住所から不動産の所在を探すことができます。

今から始められる準備(3):預貯金や債務に関する情報収集をする

本人には聞くことができなくても、送られてきた郵便物等がどの金融機関から来たものか、などは控えておくようにしましょう。プラスの財産以外に、マイナスの財産(借金等)があるかどうかも心配なところです。

ひとみさんは、父親に借金があるのではないかと思う出来事がありました。ただ、証拠がなく、どこにどのくらいあるのか、わからないということでした。このことに関しても、父親が話をしてくれないとどうしようもないことです。

父が亡くなった後に、高額な借金が見つかった場合には、「相続放棄」を検討することにもなりますし、「借金があるかもしれないが、探し出せなくて将来出てきたら心配」ということであれば、「限定承認」という方法もあるとお話をしました。

「相続放棄」は他の親戚に借金が移っていくシステム

「相続放棄」を行うと、その人は初めから相続人ではなかったことになるので、相続権が次の順位の人に移っていきます。つまり、ひとみさんのケースは、子供が全員相続放棄をすると、次は、父親の両親が存命であれば両親に相続権が移り、借金を負担することになります。父親の両親がどちらも亡くなっている場合には、父親のきょうだいに相続権が移り、きょうだいが借金を負担することになります。ひとみさんに聞いたところ、父親には姉と弟がおり、存命ということなので、もし借金が出てきたら2人で借金を背負うということになりかねません。

「限定承認」とは?

「限定承認」は、プラスの財産の範囲でマイナスの財産を引き継ぐというもので、債務があるかどうかわからない、将来出てきた時が心配だというときに有効です。相続放棄は、放棄した後相続権が両親やきょうだいへ移っていくことに対して、限定承認は、プラスの財産の範囲でしかマイナス財産を引き継がず、将来債務が出てきてもプラスの財産を超えて債務を負担することがありません。また、限定承認で相続手続きが完了するので、ほかの親戚に迷惑をかけることもありません。

家族状況や財産状況によっても、提案することが変わってきます。家族が少しでも準備できて、心づもりができることを、知らないよりも知っておいてほしいという思いでお話ししました。

相続が発生すると、最初にすることは「相続人の確定」です。準備できることから始めていきましょう。

行政書士:藤井利江子

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