上田綺世が胸に刻む「勝負は一瞬」という教訓。高校時代の恩師がこの言葉に込めたメッセージとは?

11月20日に開幕したFIFAワールドカップ。23日に強豪ドイツ代表を撃破した日本代表は、27日のグループステージ第2戦で北中米カリブ海の難敵、コスタリカ代表と対戦する。ケイラー・ナバスという絶対的な守護神を擁するコスタリカ代表のゴールをどのようにこじ開けるのか。さまざまなタイプのFWが名を連ねる森保ジャパンにおいて、得点源の一人と期待される上田綺世をクローズアップ。上田の原点とも言える高校時代のエピソードを紐解くため、彼の恩師である鹿島学園高校サッカー部の鈴木雅人監督に話を聞いた。

(インタビュー・構成=磯田智見、写真=Getty Images)

同年代のDFにはそう簡単に止めることのできないFWへ

――20年以上にわたり鹿島学園を率いる鈴木監督にとって、初めてワールドカップに臨む日本代表選手を輩出することになりました。

鈴木:日本代表が発表された11月1日、記者会見が始まる14時が近づくにつれ、私だけでなく学校の職員や生徒たちも次第にソワソワし始めました。ちょうど授業中のタイミングでしたが、メンバー発表の瞬間だけ記者会見の映像を教室の電子黒板に映し出し、「選ばれるかな?」「大丈夫かな?」とみんなでハラハラしながら見ていたところ、森保監督の口から「上田綺世」という名前が呼ばれ、いたるところで拍手が湧き上がっていました。

――中学時代、鹿島アントラーズノルテジュニアユースでプレーしていた上田選手は、2014年に鹿島学園の一員になりました。中学生のころは決して体格的に恵まれた選手ではなく、思うように出場機会を得られなかった時期もあったと聞きます。

鈴木:残念ながらユースには昇格できなかったものの、私は中学生のころからいい才能を持った選手だと思って見ていました。上田が通っていた中学校まで足を運んで、先方の先生と話をさせてもらったことをよく覚えています。

――中学3年生だった上田選手を見て、鈴木監督はどのような部分に将来性を感じられたのでしょう?

鈴木:「得点を取る」という意識は、周囲の選手たちと比べるとはるかに高いものがありました。そのなかで動き出しの鋭さ、右足、左足、ヘディングといった多彩なシュートパターン、そして得点することに対する自分なりの形を持っていたことが印象的でしたね。

確かに中学時代同様、高校進学直後も線が細く、爆発的な身体能力を備えているようなタイプではありませんでした。選手としてはいいものを持っていましたが、試合中に目に留まるようなプレーを披露したり、特別に目立つような存在だったわけではありません。それでも、2年生の後半から体がぐっと大きくなり、3年生に進級するころにはスピードやパワーなどの潜在的な要素が一気に開花したんです。それ以降は、同年代のDFにはそう簡単に止めることのできないFWへと急激に成長していきました。

少しムラがあって、わがままな部分や甘い部分もあった

――上田選手の成長を促すうえで、鈴木監督はどのようなことを心がけながらアプローチされたのですか?

鈴木:私は鹿島学園に来てくれたすべての選手のことを“ウチの子”だと思っていますから、厳しくも温かい指導することを常々心がけています。

上田に関していえば、彼の強いところも弱いところも、いいところも足りないところも全部受け止めようと考えていました。特に、いいところを見つめてあげること、いいところを尊重することで、上田の特長である「点を取る」という能力をさらに伸ばそうと意識して接していた記憶があります。

――もともと持ち得ていた動き出しやシュートのバリエーションをより増やしていくために、プレー面については事細かに指導されたのでしょうか?

鈴木:いえ、基本的に私が与えたのは、大きな視点での考え方やさまざまな選択肢があるということだけでした。実際にプレーのバリエーションを増やしたり、精度を上げていくには、自分で考えて取り組んでいくべきだと思うからです。その点で、当時から上田は理解力が高かったですし、「より多く点を取るためにはどうするべきか?」というテーマについて自ら考え、工夫する意識が備わっていました。

また、ゴール前ではDF陣を中心に相手選手たちが必死に守備を固めます。上田の持ち味やプレースタイルを生かすためにも、「一瞬のシュートチャンスを逃さないように」という言葉は頻繁に伝えていましたね。

――上田選手は鈴木監督から授かった、「勝負は一瞬」というフレーズを今なお自身の教訓にしているといいます。“一瞬”という言葉の中には、鈴木監督なりのメッセージが込められていたのでしょうか?

鈴木:そうですね。得点を取る形やその能力を持ち得た選手ですから、「“一瞬”のチャンスを絶対に見逃さないように」と伝えました。同時に、「勝負に勝つか負けるか、ゴールを奪えるかどうかは、その瞬間に発揮する強さや鋭さによって決まる。その一瞬で持てる力のすべてを発揮できるように、常に自分を磨き続ける意識を持ってほしい」という意味合いも込めたつもりです。‎

本人もその言葉を意識して練習に取り組んでくれましたし、練習の成果を試合で発揮してくれました。夏のインターハイや冬の全国高校サッカー選手権大会、通年で行われるリーグ戦など、あらゆる重要な局面で点を取ってくれたのが上田でした。

――上田選手のサッカーに取り組む姿勢についてはどう見ていましたか?

鈴木:もちろんやる気はあるし、サッカーは大好きなんです。でも、どんな練習メニューも真面目に黙々とこなすようなタイプではありませんでした。どちらかと言えば少しムラがあって、わがままな部分や甘い部分もありました。シュート練習は積極的に行っていましたが、いわゆる厳しいトレーニング、例えば走りのメニューや守備面で負荷がかかるようなメニューはというと……(苦笑)。

チームスポーツですし、当然ながら他の選手たちもいますから、上田にもみんなと同じメニューをやらせました。ただ同時に、チームメートたちには「上田の中にも甘いところはたくさんあるけれど、それ以上に彼のいいところを理解し合い、みんなで引き出していこう」と声をかけて、チームとして上田を生かしていくようなスタンスで臨んでいましたね。

「県大会決勝、頑張ってください。ライブ配信はあるんですか?」

――11月13日、水戸啓明高校との高校選手権茨城県大会決勝当日には、上田選手から電話があったそうですね?

鈴木:午前9時半ごろだったと思います。電話越しに「県大会決勝、頑張ってください。ライブ配信はあるんですか?」と聞いてきました。こちらも「ライブで見られるよ。ベルギーは今何時なんだ?」と返せば、向こうは夜中の1時半で、上田自身も得点を挙げたシント=トロイデンVVとのアウェーゲームの直後だったようで、「ちょうど今、自宅に帰ってきたところです。今日のうちにカタールに向けて出発します」と言っていました。

――時差がありながらも、ライブ配信を通して後輩たちの試合を観戦しようとする姿勢からは、鹿島学園への愛着が感じられます。

鈴木:上田にとっては、高みの見物なのかもしれません(笑)。彼自身、3年生のときにはさんざん怒られて、絞られて、大変な思いをしながら全国大会への出場権を勝ち取りました。同時に、楽しかった思い出や達成感も知っているでしょうから、「今年度の後輩たちはどうなんだろう?」と、勝つシーンも負けるシーンも含めて、OBとして後輩たちの様子を見ることを楽しみにしていたのではないかと思います。

――上田選手は3年生のときに全国大会に出場。今でもそのシーンがさまざまなメディアで取り上げられますが、高川学園との1回戦で挙げた2得点は本当に見事なゴールでした。

鈴木:当時の上田にはエンジンがかかるときと、かからないときがありました(笑)。高川学園戦も後半残り10分の時点で0-1というスコアで負けていたんです。ベンチからのメッセージとしては、「もうこれで終わってしまうぞ」という言葉しか選手たちにはかけませんでした。上田は負傷や疲労が重なって万全の状態ではありませんでしたが、「終わってしまうぞ」という言葉をかけた直後から突然エンジンがかかり、残り10分で迎えた2度のチャンスを見事な形で決め切ってくれたんです。

「プロになれたらいいな」「プロになるんだ」という意識と覚悟の違い

――高校3年間の上田選手の足跡について、鈴木監督の目にはどのように映っていましたか?

鈴木:やはり、アントラーズユースに昇格できなかった悔しさをバネに、「もっとうまくなりたい」「もっと強くなりたい」「将来はプロになりたい」というイメージを持っていたと思います。一方で、今の自分が所属している鹿島学園は全国大会で優勝を狙えるほどの実力があるわけでもないし、常に質の高いラストパスが自分の足元に配球されるような環境でもない。その上、試合中は「相手のコーナーキックになったら自陣に戻れ」という指示をはじめ、「あれをやれ」「これもやれ」といろいろと大変なことを言われる。

本心としては、自分の将来像に対して半信半疑なところもあったのではないかと思います。それでも彼は腐ることなくチームをけん引してくれましたし、常に高いレベルを目指してサッカーと向き合っていました。結果的には、そのスタンスが彼のその後のキャリアを豊かなものにし、カタールワールドカップに臨む日本代表選出にもつながったのだと思います。

――数多くの選手を見てきた鈴木監督にとって、上田選手のように高校時代や大学時代に成長を遂げる選手の特徴を挙げるとすると、どのような部分になりますか?

鈴木:一言で表すならば、“高い志を持っているかどうか”。将来的にプロになることを目指す場合、「プロになれたらいいな」というレベルの意識ではきっとなれないでしょう。身体能力や技術的な部分で非常に高く評価されている選手でも、「なれたらいいな」というイメージではおそらく目標は叶いません。

一方、「プロになるんだ」と強く意気込んでいるタイプの選手は、たとえ未熟な部分があったとしても、一気に突き抜けていく可能性を秘めています。「プロになれたらいいな」「プロになるんだ」という意識と覚悟の違いは、学生時代の成長具合に決して小さくない差を生むことにつながると思っています。

――上田選手は鹿島学園、法政大学、鹿島アントラーズ、そしてセルクル・ブルージュKSVと飛躍的に活躍の幅を広げています。

鈴木:本当にうれしいです。もちろん、試合での活躍やプレーの内容にも注目したいところですが、今では「ケガだけはするんじゃないぞ」という親心のほうが大きくなっていますね(笑)。たまに交わすやり取りでは、「周囲からの評価がどうであれ、ケガをすることなく、点を取るところやお前のいいところを出していけるように頑張れよ」という言葉を送っています。

――ワールドカップを戦う上田選手に向けて、メッセージをお願いします。

鈴木:上田の存在はさまざまな意味で鹿島学園のサッカー部に大きな力をもたらしてくれています。指導者としてこんなにも幸せなことはありません。上田に対するメッセージは、茨城県大会決勝の朝に電話で交わした言葉がすべてです。私は鹿島学園の監督として全国大会に向けて、上田は日本代表の一員としてカタールワールドカップに向けて、「それぞれ全力で頑張ろう」と。お互いに送り合ったこのエールを胸に、カタールでの彼のプレーを楽しみにしたいと思っています。

<了>

[PROFILE]
鈴木雅人(すずき・まさと)
1975年5月9日生まれ、東京都出身。鹿島学園高校保健体育科教諭、サッカー部監督、女子サッカー部総監督。山梨県の名門・帝京第三高校サッカー部出身で、高校卒業後には東海大学へ進学。2001年に鹿島学園に赴任し、同年にサッカー部監督に就任。以来、20年以上にわたりサッカー部の発展に尽力し、就任4年目の2004年度には全国高校サッカー選手権大会に初出場。2008年度の第87回大会ではベスト4という成績を残している。今冬は3大会連続11回目の全国大会に挑む。

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