「医薬品普及を促すため」臨床試験の透明性を高める新たな方針 国境なき医師団

西アフリカ・マリで、臨床評価のため培養検査を行う実験技師 © Ismael Diallo 

国境なき医師団(MSF)は、「臨床試験の透明性に関する方針」を初めて策定し、公表した。MSFによる臨床試験の情報とコストをオープンに共有することを約束するもので、臨床試験を実施する製薬会社などの団体に対し新たな規範をもたらすことを期待している。臨床試験に関わる情報公開は、命を救う医薬品、ワクチン、診断薬の価格を下げ、普及を促す可能性がある。

コストが明らかになれば、価格に影響

「臨床試験の透明性に関する方針」はMSFの姿勢を示すもので、臨床試験の透明性がなぜ重要なのかを浮き彫りにし、公衆衛生における医療研究開発の実際のコストについて開示を促す狙いもある。MSFのアクセス・キャンペーンの政策顧問、ロズ・スコースは「透明性の欠如により、MSFが行う医薬品普及の活動は大きく妨げられています。臨床試験の費用に関する情報公開が進めば、重要な前進となります」と語る。

多くの製薬会社は、巨額の資金を研究開発に投じていると主張し、医薬品やワクチン、診断薬の高価格を繰り返し正当化している。研究開発費全体の中で大きな割合を占めるのが臨床試験だが、その実費はほぼ公表されないのが現状だ。新薬の研究開発にかかる総費用は、用いる手法に応じて4340万米ドルから42億米ドル(約60億7383万円~5877億9000万円)までの幅があると推定される。費用の幅が100倍近くに及ぶという事態は、臨床試験を含む研究開発の真のコストを明らかにすることの重大さを物語っている。

多くの製薬会社は“高額な研究開発費” を確たる証拠なしに提唱しますが、臨床試験費の情報公開はその神話に挑むことになります。そこからイノベーションや価格交渉の促進、そして命を救う医薬品がそれを必要とする全ての人びとの手に届くことへとつながっていくでしょう。

MSFは今回の方針を、先日開催した円卓会議「臨床試験費の公開は医薬品アクセスをどう向上させるか」で発表。この方針は、研究プロトコル、臨床試験の登録、臨床試験データ、臨床試験にかかる最低限の費用などについて情報公開に取り組むことを約束するものだ。MSFも署名団体となっている世界保健機関(WHO)の「臨床試験結果の公開に関する共同声明」や、臨床試験費の透明性を高めるための推奨事項を提示した既存の研究論文に沿ったものとなっている。

臨床試験費の透明性を高めれば、以下のような効果を期待できる:

  • 真のコストが明らかに
    臨床試験で実際にかかる費用について信頼性の高い情報を得られる。従って、特に途上国など医療資源の少ない環境における研究開発の投資に対し、確度の高い意思決定がしやすくなる。
  • イノベーションを促進
    コストの不透明さは一部の国や関係者にとって、臨床試験の実施や関与を妨げる要因となり得る。一方、高い透明性は、特に医療資源の少ない環境で従来とは異なる関係者の参入を支援・促進する。バイオメディカル研究開発のエコシステムにおいて公平性を向上させる。
  • 価格交渉を後押し
    臨床試験にかかる費用の情報公開がより公平になれば、政府や医療従事者は、高い研究開発費を高価格によって「回収」する必要がある、という業界の主張に対抗できるようになる。価格の規制と交渉をより効果的に進められる。
  • 資金使途の説明責任を果たす
    臨床試験に公的資金を用いる場合、透明性により公共投資に対する公共利益を確実なものとする取り組みがしやすくなる。

MSFはまず“パイロット研究”として「TB-PRACTECAL」臨床試験(※)の諸費用を公表する予定だ。また同時に、成功事例のガイドライン作成をめざす。

MSFによる今回の発表は、公衆衛生にもたらす効果を最大化するために臨床試験をどう改善すべきか、政治的な機運と議論が高まる中で行われた。この取り組みの中心となるのが、今年の世界保健総会(WHA)で採択された世界保健機関(WHO)の臨床試験に関する決議(A75/A/CONF./9)だ。現在、WHOで進行するパンデミック条約の交渉は、パンデミック対応における臨床試験の重要性を認識する機会になっている。

こうした動きや各国での取り組みによって、臨床試験費の公開を義務付けていく必要がある。この情報公開は、臨床試験のエコシステムにおける公平性を改善し、必要とする全ての人びとへの医薬品普及を実現する上で重要な役割を果たすからだ。

MSFの「臨床試験の透明性に関する方針」全文(英文)はこちら

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