将来への不安で精神を病む若者急増、女子校の閉鎖400日超に タリバン支配下で今、起きていること―安井浩美のアフガニスタン便り

 アフガニスタンでイスラム主義組織、タリバン政権が復権して2年目の年を迎えようとしている。昨年8月の大混乱がうそのように、街は落ち着いて見える。しかし、人々のタリバンに対する不信感がなくなったわけではない。「諦め」に近い状態に人々は陥っているのかもしれない。12月になって首都カブールを含めアフガニスタン各地で雪が積もりだした。マイナス20度にもなる厳寒の冬を乗り切るための冬支度に忙しいのが普通だが、経済破綻でままならない。日雇い仕事もほとんどなく、職に就けない若者はもんもんとした日々を過ごす。中学や高校で勉強するはずだった女子学生も「学校閉鎖」が長引き「もう疲れた」という言葉が聞かれるようになっている。

家計を助けるためにパンを売る少女

 今が繁忙期であるはずの薪や石炭ストーブを売る店主は、売り上げが激減し悲鳴を上げている。例年の2割程度の売り上げでこのままだと店を畳んで別の商売をするしか生きる道はないと話す。一方、消費者は、食料を買うお金もままならず薪や石炭を買う余裕はないというのが本音だ。(共同通信=安井浩美)

フランスのNGOの支援する塾で英語を勉強する女性たち。ファリアブ州では公立学校は再開されていないが塾では学習できる

 ▽急増する精神を病む若者

  「若者の8割は、精神を病んでいる」という言葉をテレビのニュースを初めとして最近いろんなところで聞く。人と会うのがおっくうで元気がなく、うつ気味で一日中考え込むなど精神を病む若者が増えている。アフガン保健省は「一人で考え込まないように、先生や両親、友人など信頼できる人に相談しましょう」とテレビコマーシャルを通じて若者の精神ケアについて啓発し始めた。自殺する若者も出ている。アフガニスタンでは家庭内の問題に干渉しない傾向が強いが、それだけ精神的に追い詰められた人が多いということになる。

 カブール西部にあるアフガニスタン唯一の精神科の国立病院を訪ねると、外来で若者が診察を受けていた。モハマドファヤーズ・アフマディさん(20)は、2カ月前から突然意識がなくなり倒れることが増えたという。アフマディさんは旧政権で警察官だったといい、タリバン復権後、いつか逮捕されるのではないかという恐怖心と職を失い、日々将来を悲観して考え込んでしまう。職に就けず、自身のふがいなさを感じてふさぎ込むという。

 外来担当医のナシブ・アフマディ医師によると、タリバン政権下、将来が不安で考え込み不眠症に陥る若者など毎日150人前後が診察に訪れる。ただ女性は人目を気にするためかほとんど外来には来ない。 50年前にドイツ企業が使用していた洋館を改装した入院病棟を訪れると、南部ザブール州から2日前に入院したというワリ・モハマドさん(35)がいた。3カ月前に泥壁の修繕中に高所から落下し頭部を強打。その後から、すぐに人とけんかするようになり、ついには、妻を後ろからナイフで襲い、さらには自宅に火を放った。

カブールの病院でアジム医師(左端)の話を真剣な表情で聞くワリ・モハマドさん(中央)

 異常行動が続くため家族は、ワリ・モハマドさんの手足を縄で縛り、部屋に閉じ込めたという。担当医のモハマド・シャフィ・アジム医師は「タリバン以前から戦闘の続く南部地域に住む患者は、戦争に疲れ、経済の破綻により、仕事も稼ぎもなかった」と指摘する。

 「この患者のように7人の子どもの父親は、日々の生活に負担を感じ、自分を常に追い詰めていたのでしょう」。患者が頭部を強打したことで脳が圧迫され異常行動が引き起こされたと思われると話した。ワリ・モハマドさんは現在、精神安定剤の効果もあって落ち着いており、自分の犯した行動を反省しているそうだ。

 アジム医師は「アフガニスタンでは精神障害は、『恥ずかしい病気』とする偏見がまだまだある。病気を隠し一人で悩まず、誰かに相談してほしい。国が建て直され、経済が回復し人々が職に就け、自立できる日が訪れない限り精神を病む若者は、なくならないだろう。」と静かに話した。

 ▽拍車が掛かる女性への圧力

 タリバン政権下では、女子教育が事実上認められなくなった。タリバン復権後まもなく、日本の中高等教育にあたる7年生から12年生の女子校が閉鎖され、400日以上が過ぎている。国際社会、イスラム聖職者からの要請にも応じないタリバン。勧善懲悪省のハナフィ大臣は「女子教育は、ムダだ」とまで言い出している。

 一方で、タリバン内部でもスタナクザイ外務副大臣のように「女子教育は女性の権利であり、教育を受けることは重要だ」と言う人もいる。タリバン内に穏健派がいるということはせめてもの救いだが、あるタリバン関係者によると、政権内の9割が女子校の再開を望んでも、事態は変わらない可能性が高いという。閉鎖が続く理由ははっきり分からないが、タリバン最高指導者のハイバトゥラ師からの許可待ちという見方もある。

NGOの支援する塾で国語の授業を受ける女性たち

 人権活動家のマフブバ・セラジさん(74)は「タリバン政権下で女性のおかれる状況は最悪だ。女性の存在自体がアフガニスタンには、ないのも同じだ」と声を荒らげる。 タリバン復権後1年以上が過ぎた今の状況を「アフガニスタンの将来がどうなるのか誰にも予測できない。ただ次に起こる事態を待つ以外に何もできない」と嘆いた。

 

女性のための唯一のシェルターを運営するマフブバ・セラジさん

タリバンは、女子の大学受験を許可している。女子の中高等教育機関を閉鎖しておきながら大学は受験させるというナンセンスな状況を「理解に苦しむ」とセラジさん。ジャーナリズムや経済、農業、建築などの学部を受験することは許されず、女性患者は女医しか診察の許可がない状況で、医学部は受験が許されているというねじ曲がった状況が続いている。

 勧善懲悪省はさらに、女性が公共のハマム(浴場)に行くことを禁止した。各家庭に水道があるわけではないアフガニスタンでは、家庭によっては生活用水を購入しなければならない。経済破綻で一家の主が無職という家庭が半数以上を占める現状の中、食料を買うのもままならない人々の暮らしにさらなる苦難を与えている。 寒い冬にハマムで体を温める権利さえも女性からタリバンは奪ったことになる。嫌がらせとしか言いようのないタリバンの通達は、女性がジムや遊園地に行くことまで禁じた。女性の権利を奪った上で、女性に対し「子どもを産んで育てることが重要な役割」とするタリバン。強引に女性の権利剝奪に拍車を掛けている。

  ▽危ぶまれる伝統工芸

 アフガニスタンの伝統工芸といえば、手織りのじゅうたんが挙げられる。世界有数の手織りじゅうたん技術が存続の危機に直面している。アフガニスタン北西部、ファリヤブ州で、州都マイマナから未舗装の道路を車で1時間半かかるシャーク村を訪ねた。ここはトルコ系民族が暮らすじゅうたん織りの村だ。タリバン復権以前は、村人のほぼ全員がじゅうたん織りで生計を立てていた。

アフガニスタン・ファリヤブ州シャーク村で絨毯を織る女性ら

 しかし、タリバン復権後は、海外へのじゅうたんの輸出がほとんどなくなり、外国から買い付け人も来なくなった。そのしわ寄せはじゅうたん織りを行う貧しい村をもろに直撃した。アブドゥル・アハド・ヤルダシュさん(35)は24人家族の大黒柱。12平方㍍以上の大きなじゅうたん1枚を織るのにおよそ5人かかりで8カ月。もらえる賃金は4万アフガニ(約6万4千円)。日割りにすると110アフガニになる。主食のパンが1枚10アフガニのため、24人家族だと全員がパン1枚ずつさえ食べることができない。

アフガニスタン・ファリヤブ州シャーク村に暮らす24人家族の大黒柱ヤルダシュさん(左端)と家族

 そのためにヤルダシュさんは、食料品店に借金をして日々過ごすが、その借金も膨らみ、返す見通しもつかず苦しい状況が続いている。厳しい冬を前に、寒さから家族を守るためには、暖房用の薪や石炭が必要だが、食べるだけで精いっぱいの現状では、手が届かない。

 ヤルダシュさんや村人のほとんどが薪や石炭より安価な羊のふんを燃料として冬を過ごすつもりだ。じゅうたん織りの村では農地を持つ人はおらず、じゅうたん織りで生計が立たなくなった今、別の仕事を見つけるにしても地元では難しい。残る手段は故郷を捨て、街に出て仕事を見つけることだが、アフガニスタン全体で経済が破綻しており、都市部の状況は地方よりも厳しいともいえる。

 じゅうたん産業の中心地の一つ、ファリヤブ州のアンホイ市でじゅうたん商を営むハシム・ウマルさん(61)は「タリバン復権後、じゅうたん産業は破綻寸前だ」と嘆く。カブールのじゅうたん商の元締も銀行口座をタリバンに凍結され、現金が手元にないことから原材料を購入できず、注文を出せないでいる。

絨毯産業の窮状を訴えるアフガニスタン・ファリヤブ州の絨毯商ハシム・ウマルさん

 さらに配送料の高騰や輸出激減で、じゅうたんで生計を立てていた人々に仕事を提供できなくなった。このため、伝統的なじゅうたんのデザインや織りの技術をもつ人までもがじゅうたん織りを引退してしまった。ウマルさんは「この状況が続くと、アフガニスタンのじゅうたん産業は崩壊する」と大きな懸念を抱いている。

 

アフガニスタン・ファリヤブ州の子供病院に入院する未熟児。妊娠時に母親の栄養状態が悪く早産で生まれた

国内で一番貧困率の高いファリヤブ州の州都マイマナ市にある子ども病院では、タリバン政権後1年以上たった今も早産での未熟児や栄養失調児の子どもたちが多数入院していた。国連の報告によると、人口の半数以上が食糧支援を必要としている。ファリヤブ州では、1万7千人の子どもたちが物売りなど何らかの労働に従事し、家計を助けていると報じられている。一日も早い状況の改善が願われるが、タリバン政権が国際社会の要請をそう簡単に受け入れるとは思えず、やるせない気持ちになる。

アフガニスタン・ファリヤブ州の子供病院で栄養失調に陥った孫を看病しながら「貧困で薬も買えない」と涙する祖母。母親は出産後に死亡した

 赤十字国際委員会(ICRC)の最近の報告では、支援する国内33か所の病院で栄養失調の子どもが昨年と比べ90%増えているといい、5歳未満の肺炎発症率は昨年より55%増加している。厳冬で栄養不足の子供たちが肺炎を発症し命を落とす羽目にならないことを願っている。

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