虚しき岸田政権のコピペ外交|山口敬之【WEB連載第21回】 11月13日、東アジアサミットで中国を名指しで批判した岸田首相。「岸田首相は覚醒した」「初めて毅然とした姿勢を示した」と評価する声も出たが、はたして本当にそうだろうか。岸田首相の発言を検証すると、バイデン大統領の発言と「ウリ二つ」であることがわかった――。(サムネイルは首相官邸HPより)

岸田首相は覚醒したのか?

岸田首相が11月12日から8日間の外遊を終え帰国した。

11月13日の中国の李克強首相も参加した東アジアサミットで、中国を名指しして弾道ミサイルやウイグル、香港の人権問題などを批判したことについて「岸田首相は覚醒した」「初めて毅然とした姿勢を示した」と評価する声も出た。

しかし「岸田覚醒」という宣伝は、岸田擁護派と大手メディアが作り上げた全くの虚像だ。

逆に、今回の外遊で明確になったのは、岸田首相は外国勢力の言うなりに動き発言する、独立国家のリーダーには相応しくない道を選んでいるという哀しい現実である。これを事実に基づいて検証し証明する。

まず、11月13日に岸田首相が「中国を名指しで批判した」と言われているセリフを検証すると、翌日に行われた米中首脳会談でのバイデン大統領の発言と「ウリ二つ」であることがわかる。

□11月13日 岸田発言
香港情勢及び新疆ウイグル自治区の人権状況に対する深刻な懸念を表明する。
□11月14日 バイデン発言
中国が新疆、チベットと香港で行っていることについて、また人権問題について広範な懸念を表明する。

□11月13日 岸田発言
台湾海峡の平和と安定は、地域の安全保障に直結する重要な問題である。
□11月14日 バイデン発言
台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を指摘する。

□11月13日 岸田発言
中国の台湾に対する軍事的行動や威圧的な活動など地域の緊張を高める行為が依然続いている。
□11月14日 バイデン発言
中国の台湾に対する威圧的攻撃的な行動は、台湾海峡と世界の繁栄を危機に晒すものであり反対する。

中国名指し批判はバイデンの前でだけ

こうした多国間協議では、同盟関係にある国が事前に口裏を合わせて会議全体の議論を有利に進めようとすることは珍しくない。しかし、ここまで首脳のレトリックが一致しているのは異常だ。バイデン大統領の「オウム返し」としか言えない発言は、中国関連に限ったものではなかった。

□11月13日 岸田発言
__ロシアによるウクライナ侵略は、国際法に違反する行為であり、力による一方的な現状変更の試みは世界中のどこであっても決して認められない。
__
□11月14日 バイデン発言
ロシアのウクライナに対する国際法に反する暴虐と核使用に関する無責任な恫喝を非難する。力による一方的な現状変更の試みは世界中どこであっても許されない。

□11月13日 岸田発言
ロシアの核兵器による威嚇は断じて受け入れられず、ましてや使用はあってはならない。
□11月14日 バイデン発言
核戦争を起こすことには断固反対し、核兵器の使用や核による恫喝行為には強く反対する。

日米首脳の別の会合での発言を比較した私は、G7、 G20、 ASEAN、 APEC、国連総会などTBS報道局時代にこうした多国間協議の現場を数多く取材した経験から、「これはバイデンに言わされたな」とピンと来た。

念のため、岸田首相が出席した多国間協議と2国間会談における岸田発言を全て検証してみた。

岸田首相は今回の外遊で、9つの多国間協議と11の2国間会談をこなしたが、「中国を名指しで批判した」のは、バイデン大統領が出席した東アジアサミットと日米首脳会談だけ。すなわち、バイデン大統領の前でだけ中国を名指しで批判したのだ。

バイデンに踏み絵を踏まされた

アメリカがいない局面では、どのような発言をしたのか。

11月13日朝に行われたベトナムとの首脳会談で岸田首相は、「東シナ海・南シナ海情勢、北朝鮮情勢についても引き続き連携していきたい」と述べている。

このほかタイやドイツの首脳との会談でも「東シナ海・南シナ海、北朝鮮、ミャンマーを含む地域情勢についても意見交換を行いました」。

東シナ海の問題とは、すなわち我が国固有の領土である尖閣海域への中国の公船の執拗な侵入であり、8月4日の中国による弾道ミサイル11発の撃ち込みである。

ASEAN各国など、中国と領土問題など懸案を抱える相手国の首脳は繰り返し中国を名指ししている。もし岸田首相が覚醒し、「中国に対しても毅然とした対応をする」と決意したのであれば、尖閣や弾道ミサイルに関してASEAN諸国と連携する絶好の機会だったのだ。

ところが岸田首相はこうしたチャンスを棒に振り、中国という単語すら口にすることができず、「東シナ海の問題」などとお茶を濁し続けた。北朝鮮やロシア、ミャンマーなどについては、きちんと国名を口にしているにもかかわらず……。

岸田首相は覚醒していないのではない。あまりに中国に弱腰であるためバイデンに踏み絵を踏まされただけなのだ。

こうした事実確認と関係者取材の末に、私はメルマガや各種動画で「東アジアサミットでの岸田首相の中国名指し発言はアメリカに言わされたもの」と指摘した。

すると岸田擁護派からは「あれは岸田首相が自分の言葉で語った」「中国に毅然とした態度で接するとの決意の表れ」との異論が出た。

官邸が認めた「事前調整」と岸田外交の本質

しかし、この論争は翌日の大手メディアの報道で瞬時に決着した。11月17日夜に行われた日中首脳会談に関連して、政府筋が東アジアサミットでの中国名指し批判発言について「アメリカ側と事前調整した」と、あっさり認めたのだ。この件の報道が一番詳しかったのは、朝日新聞だ。

「この発言について官邸幹部は、どこまで踏み込むか『米国など各国と事前に話し合っていた』と明かした」
「直後の日米首脳会談で、首相はバイデン大統領と、習氏との会談に互いにどう臨むかを確認した」

11月18日 朝日新聞朝刊

事前調整にもいろいろな種類がある。今回の「調整」は、アメリカ側に言われるがまま、アメリカの書いた文章を横のものを縦にした。だから発言が「似ていた」のではなく、岸田首相はアメリカの書いたものをそのまま読まされた。

そして日米首脳会談の後に予定されていた日中首脳会談で何を言うかについても、バイデン大統領から指導されたというのだ。

戦後の日本は、様々な形でアメリカに支配され、アメリカの庇護の元で、アメリカに「Noと言えない国」として、まるで属国のような地位に甘んじてきた。「アメリカの51番目の州」と揶揄されるのもこのためだ。

そして時の総理の中には、独立国の体をなしていない現状をどう改善するか努力した者もいた。しかし「アメリカの植民地」という現状を追認し、首相として安楽なほうを選ぶ首相も少なくなかった。

ロナルド・レーガン大統領と「ロン・ヤス」という対等の関係を築いたかのように演出しておきながら、日本列島を「不沈空母」と呼んで日米同盟の垂直的力学を追認した中曽根康弘首相。

捏造された理由でイラク戦争に突っ込んでいったブッシュ大統領の判断を、ロクな検証もなく世界で最初に支持した小泉純一郎首相。

こうしたアメリカへの恭順の意を高らかに表明したこの2人の首相は、5年に及ぶ在任期間を満喫し、平穏に勇退していった。しかしアメリカへの服従を選んだ中曽根・小泉ですら、国際会議の場でアメリカに与えられた文章をそのまま読み続けるような屈辱的行為は引き受けなかった。

「独立国となる努力をしない」どころか、「属国として日本の地位をさらに低下させ、アメリカ隷従を固定化していく」というのが岸田外交の本質である。

防衛力増強にも見えるアメリカの影

8日間に及ぶ外遊から帰国して早々に、岸田首相が取り組まねばならなかったのはアメリカから与えられた「宿題」である。

5月の日米首脳会談で「相当な増額」を約束させられ、今回のプノンペンでの首脳会談でもバイデン大統領から防衛力増強を念押しされた。

これに対して岸田首相は「年末までに新たな国家安全保障戦略をとりまとめ、日本の防衛力を抜本的に強化し、防衛費の相当な増額を確保する」と伝えた。

会談後記者団に対して岸田首相は「バイデン大統領から強い支持をいただいた」と語った。

防衛力をなぜ増強しなければならないのか、そしてどう増強していくのか。その政府の基本方針を示すのが、政府が策定する防衛3文書の一つ「国家安全保障戦略」だ。

11月21日に新聞各紙は、年末までに改訂される国家安全保障戦略について「中国の覇権主義的な動きについて、日本やアジア地域の安全保障への『挑戦』と位置づける方向で調整に入った」と一斉に報じた。

これまでの国家安全保障戦略では、中国について「我が国を含む国際社会の懸念事項」と記していたが、中国の脅威についてより踏み込んだ表現にするというのだ。

そこには、「中国に対して弱腰」という保守層の批判をかわす狙いが透けて見えた。

ところが、この表現を見て私は「デジャヴ」(既視感)に襲われた。バイデン政権が10月にまとめた「国家安全保障戦略」に全く同じ表現があったのだ。

バイデン政権は10月、中国について「ロシアと連携して世界秩序を再構築しようと『挑戦』している」と定義した上で、「経済・外交・軍事・技術力を強めている唯一の競争相手」と記したのである。

国家安全保障戦略をはじめとする防衛3文書は、日本が国家・国民をどう守って行くかという意思表明でもある。その独立国としての矜持の象徴であるはずの文章に、アメリカに言われた通りの内容を、言われた通りの言葉で書き込む。

逆に言えば、そういう時でしか、中国に対して毅然とした発言ができないのが岸田政権である。そしてアメリカに言わされただけの「番犬の遠吠え」にもかかわらず、保守派に対してのアピール材料にしようと世論誘導を試みる岸田官邸。

こうした構造は少しの事実確認で容易に明らかになるにもかかわらず、「岸田首相は覚醒した」などと吹聴する岸田擁護派も、事実を捻じ曲げて国民を愚弄していると言わざるを得ない。

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山口敬之

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