「決算書が面白い」矢部謙介中京大学国際学部教授に聞く

矢部謙介中京大学国際学部教授

矢部謙介中京大学国際学部教授が執筆した「決算書の比較図鑑」が販売部数を伸ばしている。なぜ、決算書に関心が集まっているのか、誰が購読しているのか。矢部教授に背景をお聞きした。

-企業の会計や決算をテーマにした書籍「決算書の比較図鑑」がよく売れているようですね。

おかげ様で3万部を超えました。最近、刊行された決算書関連の書籍の中では、トップクラスの売れ行きではないでしょうかと、出版社の方が言われていました。

-なぜ、決算書の書籍が売れているのだと思われますか。

20年ほど前と比べると、経営者の方の会計やファイナンスに対する理解度が格段に上がってきたなと感じます。ファイナンスにはNPV法(ネットプレゼントバリュー法、正味現在価値法=投資をする際の意思決定方法)や、DCF法(ディスカウントキャッシュフロー法=将来の収益見通しを現時点での価値に置き直して企業価値を評価する方法)などの手法がありますが、私がコンサルタントをしていた2000年ごろは、こうした手法を理解している経営者は決して多くありませんでした。ですが、この20年ほどの間に、経営者の方のファイナンスに対する理解は急速に進みました。

一方、現場レベルではどうかというと、まだまだそこまではという感じです。P/L(損益計算書)は、利益に関わることなのである程度の知識はありますが、B/S(貸借対照表)やCF計算書(キャッシュ・フロー計算書)、NPV法などのファイナンスの知識はまだまだ理解が進んでいないのが実態です。

経営者の方は分かっていますので、現場に対してそういう知識を求める傾向が出てきます。この時、知らないとまずいよね、という人がビジネスの現場でも増えているのが、こうした本が売れる背景にあるのではないでしょうか。

-「決算書の比較図鑑」では、決算書の基礎的な知識の解説は少なめで、業界ごとの個別企業の決算書を多く掲載しています。このような形を採ったのはなぜなのでしょうか。

これまでの決算書の本は、1業種1社、あるいは日本を代表するような企業数社の決算書を取り上げるケースが多かったと思います。決算書を読むに当たっては、場数を踏むことがモノをいう世界ですので、何社の決算書を読んでいるのかが、決算書の理解を大きく左右すると感じています。このため、この本では53社の決算書を取り上げました。業種別に複数社取り上げることで、決算書を読む時の勘所を身に付けてもらいたいと考えています。


ソフトバンクとタイガースの違いは

-取り上げている業界に回転ずしなどもあり、身近な企業の決算書ということで関心を持つ方もおられるでしょうね。

そうですね。この本にはそうした身近な企業も入っていますし、製造業もありますし、金融業などもあります。このほかに評判の良かったのが、プロ野球球団とJリーグのサッカーチームの決算書です。スポーツに興味のある方は男女問わずおられますので、こういうところから、興味を持ってもらい、決算書って面白いのだなということを、ぜひ感じていただきたいですね。

-2社の比較にされたのも面白いですね。

福岡ソフトバンクホークスと阪神タイガースを比較していますが、B/Sの形が全然違いますよね。その理由は球場を保有しているかどうかなんです。ソフトバンクは福岡PayPayドームを固定資産に計上していますが、タイガースのホームグランドである阪神甲子園球場は、阪神電鉄が所有していますので、球団の固定資産は非常に少なくなっています。

普段目にしているスポーツと決算書は無関係ではなく、経営の結果が決算書になっています。経営者は決算書から、次に打たなければならない手について考えますので、そこを疑似体験してもらうことが、すごく大事だと思っています。

-先生はM&Aについても研究を続けておられます。

M&Aの企業価値向上効果の研究を続けています。M&Aが市場からどう評価されたのかを見る株価反応と、財務業績の二つの視点で企業やM&Aを分析しています。これはこれからも研究テーマとしてずっとウオッチしていくつもりです。

矢部謙介中京大学教授

【略歴】矢部謙介 (やべ・けんすけ) 中京大学国際学部教授

1995年慶應義塾大学理工学部卒、同大学大学院経営管理研究科でMBAを、一橋大学大学院商学研究科で博士(商学)を取得。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)、外資系経営コンサルティングファームのローランド・ベルガーで、 経営戦略構築、リストラクチャリング、 事業部業績評価システムの導入や新規事業の立ち上げ支援といった経営コンサルティング活動に従事する。その後、2011年に中京大学経営学部准教授に就任し、2020年から現職。マックスバリュ東海社外取締役も務める。1972年生まれ。著書に「決算書の比較図鑑」のほか「武器としての会計思考力」「武器としての会計ファイナンス」(以上、日本実業出版社)「日本における企業再編の価値向上効果」(同文館出版、2012年度第7回M&Aフォーラム賞奨励賞)などがある。

決算書の比較図鑑

文:M&A Online編集部

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