実父からの性的虐待は保育園のころから続いた 女性は長年 誰にも相談できなかった…

原告 広島市の女性(40代)
「なんでそんなトンチンカンな法律があるんかなって」

20年以上前に父親から受けた性的虐待に対し、損害賠償を求めた女性…。裁判所は、女性の訴えを退ける判決を出しました。

立ちはだかったのは、「時効の壁」…。

河野美代子 医師
「本当に日本の法律はひどいと思っている。さえない判決って、いっぱい見ているよ」

深掘りニュースDIG、今回のテーマは、『訴えが期限切れ? 実父からの性的虐待に “時効の壁”』。

広島市の女性のある裁判の話です。女性は、20年以上前に実の父親から性的虐待を受けました。民事裁判で損害賠償を請求したいと裁判に訴え出たところ、こうした判決を受けました。

「損害賠償を請求する権利は、遅くとも2018年ごろには『消滅』している」

どういうことかといいますと、今回の裁判で適用された法律では、「『不法行為』から20年が経ったら損害賠償を請求する権利が消滅する」と定められていたのです。この法律が、女性にとっては「大きな壁」となりました。

原告 広島市の女性
「こんな被害を受けて訴えたのに、負けるっていう判決が出ることが理解できない」

先月、判決を言い渡された後にこう訴えた広島市の40代の女性…。保育園児のころから父親のひざに乗せられてアダルトビデオを見せられ、体を触られる虐待が始まりました。父親には毎回、「誰にも言ったらだめよ」と言われたといいます。

小学校4年生のクリスマスの日、性交を強要され、それは中学2年生になるまで続きました。

大人になった女性は、気持ちが晴れない「違和感」を抱え続けていましたが、その原因は分からないまま…。「父親とも普通に接していた」といいます。

ただ、2018年ごろになって気持ちのコントロールができないことが出てきたため、NPOに相談。そこではじめて、「幼い頃の性的虐待が原因のPTSDを発症している」と分かったのです。

物心つく前の、あまりに幼ない頃から続いた出来事。「誰にも言っちゃダメ」と言う父親…。「自分でも分からないうちに気持ちがねじ伏せられていた」と女性は話します。

女性は、父親からの性的虐待が原因でPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったとして、2年前、父親におよそ3700万円の損害賠償を求める裁判を起こしました。

裁判で、父親は、時期や回数などに争いはあったものの、性的虐待自体は認めました。

しかし…、広島地裁は、女性の訴えを退ける判決を下したのです。その理由は、判決文にこう書かれています。

「損害賠償請求権は、遅くとも平成30年(2018年)ころに消滅している」

女性が性的虐待を受けた当時の民法は、「被害が生じてから20年経つと損害賠償を請求する権利が消滅する」と定めていたのです。

女性の弁護人 寺西環江 弁護士
「原告のようになんとか立ち上がって自分の苦しみの理由を追求しようと闘った方に対して『法律の壁』があり、訴えが認められない。社会的に性被害の実態がきちんと理解されていないということなのかなと」

父親の行為を誰かに相談したら家族に迷惑をかける…。そう思っていたという女性は、長年、誰にも相談ができなかったといいます。

原告 広島市の女性(40代)
「『被害に遭いました』って言える世の中じゃないですよね。わたしも今、ここにいても、これが記事になって、テレビになったら、知られたくない人に知られてしまって、それも不安だなって思いながら過ごすと思う」

女性は、大人になってから好きな男性ができても、性的な関係になると不快感やめまいに襲われたといいます。

そうした「違和感」が、フラッシュバックなど明らかな症状へと悪化し、性的虐待によるものだと医師に診断されたのは、去年のことでした。

河野美代子 医師
「子どもの被害は忘れようと思っても忘れられるものじゃないから、ずっとずっと残り続けますよ。魂そのものが侵されていくってことだから」

広島市で産婦人科を開業し、県の「性暴力被害者サポートひろしま」のメンバーでもある医師の河野美代子さんです。性暴力を受けた子どもを何人も見てきました。

河野美代子 医師
「お風呂に入ると、戸棚の中に男がいるんじゃないかとか…。戸棚の中に大きな男の人が入れないじゃんって言っても、それでもいるんじゃないかと、すごく怖くて」

河野さんは、「20年間というのは、性暴力を受けた被害者が傷を癒すために十分な期間とは言えない」と話します。

河野美代子 医師
「子どもの間の被害は、時効はストップしてほしい。言えるようになって、大人になってから、やっと『加害者が許せない』って訴えたら、時効で今の原告の状態になる」

被害を声にしにくい性暴力―。一方で、被害者に立ちはだかった「時効の壁」―。

「被害の実態を訴えた原告の女性の思いに耳を傾け、一刻も早く法律を整備するべき」と河野さんは考えています。

NPO法人「性暴力被害者サポートひろしま」 河野美代子 医師
「こうしてがんばって声を上げてくれる人って貴重な存在でね、その彼女たちの思いに応えないといけないんですよ、社会は」

実は、他県では同じようなケースでも『損害賠償請求が認められた』判決があります。それが、14日の大阪地裁です。

広島と大阪の事例を並べてみますと…。

▽ 被害を受けたとき
被害を受けたのはどちらもずいぶん前の話。

▽ 加害の相手
広島の女性は加害者が実の父親、大阪の女性は加害者が幼なじみでした。

▽ 後遺症
2人とも大人になってから、後遺症・PTSDを発症したと診断されています。

▽ 判決
そして下された判決。広島のケースは、「女性が精神的苦痛を感じるようになった『遅くとも20歳の頃』が起点とされていて、そこからすでに20年が経過しているため、損害賠償の請求権は消滅している」というものです。

大阪は、「心療内科で診察を受けた時点で初めてフラッシュバックなどの原因が性暴力と認識でき、損害賠償請求ができると分かった」として、ずいぶん前の性的虐待でも損害賠償を請求することを認めたのです。

― 広島の判決は、「精神的苦痛を20歳ごろには感じるようになったのだから、それ以降のタイミングで提訴することができたはずでしょう…」と言っているように受け取ってしまいますが、原告の女性は、これについてどんなふうに話しているんでしょうか?

原告の女性は、「フラッシュバックなどの日常生活に支障が出るような症状が出たのは、2018年になってから」ということなんです。そうした症状が出たため、女性は、初めて県内のNPOに相談して、裁判に踏み切ることができたのです。

ずっと1人で抱えてきた性暴力の被害をようやく人に相談できても、損害賠償を求める権利を「遅すぎる」と片付けられるのは理不尽だと受け止めているはずです。そして、身近な人からの性暴力というのは、決して人ごとではないんです。

県の相談窓口(性被害ワンストップセンターひろしま)に寄せられた性被害の相談件数です。去年は年間550件あり、そのうちおよそ50件が医師や弁護士と連携して支援を必要とするものでした。

加害者のほとんどが家族など面識のある相手で、3割が10代以下の子どもだったといいます。相談件数だけでもこれだけあります。

全てが表面化しているわけではありませんし、被害者が必ずしもすぐに声を上げられるわけではありませんよね。

原告の女性は、「被害を受けたと声を上げられるような社会にするには今、声を上げないといけない…。メディアにも取り上げてほしい…。でも、矛盾しているけれど、だからといって、取り上げられるのも怖い」と迷いに迷い、揺れる気持ちの中、取材に応じてくださった心境を明かしています。

原告の女性は、控訴していて、今後は広島高裁で裁判を続けることになります。訴訟の費用はクラウドファンディングで集める予定で、原告の女性の代理人弁護士は、「性被害の実態をしっかり訴えたい。医師の証人尋問を実施するなど、きちんと話を聞いたうえで判決を下してほしい」と話しています。

今回の広島地裁の判断、あなたはどう思いますか?

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