向田邦子「あ・うん」で描いたエロスと秘密 〜 大人は大事なことを人には言わない  11月28日は向田邦子の誕生日

男女の三角関係を描いた『あ・うん』。日常の中にある性愛の表現にドキッ

ドラマでも小説でも、向田邦子作品は観るたび読むたびに新たな発見がある。昨年、NHK BSプレミアムで久しぶりにドラマ『あ・うん』を観たときもそうだった。日常の中にある性愛の表現にドキッとしてしまった。こんなにもエロティックな作品だったのか。

『あ・うん』で描かれているのは、男女の三角関係だ。時代は昭和初期。小さな製薬会社に勤務するつましい月給取りの水田仙吉(フランキー堺)と、鋳物工場を経営し軍需景気で羽振りのいい門倉修造(杉浦直樹)。門倉は仙吉の妻、たみ(吉村実子)に想いを寄せている。そのことは、仙吉もたみも気づいているが、三人とも何も言わず気づかぬふりをしている。

仙吉とたみの間には、一人娘のさと子(岸本加世子)がいる。ドラマでは、さと子の視点からこの三人の関係が描かれ、岸本がナレーションも務めている。このナレーションが妙に気だるく、少女から大人になるさと子の危うさみたいなものも感じさせる。

第一話、たみの妊娠がわかり、それがちょっとした波紋を呼ぶ。一人っ子のさと子、まだ小さければ弟か妹ができると喜ぶのかもしれないが、彼女はすでに18歳。家庭の医学書にある妊娠の項目を思い出し、「なんだか急にうちのなかの空気がねばついてきたように感じました」というナレーションが重なる。空気がねばつく。ちょっとエロティックでありながら、18歳の女の子らしい潔癖性も感じさせる表現ではないか。

ドラマのテーマ曲となっているのが、バロック音楽の名曲「アルビノーニのアダージョ」。葬儀でよく使われる曲らしく、正直、このドラマのテーマ曲としてはセンチメンタルすぎやしないかと思った。

“男の人と二人だけで飲む黒くて重たい液体”とは?

ナレーションのさと子は、仙吉と門倉といるたみを見てこんなこともつぶやく。

「父と門倉のおじさんと、二人の間にいるとき(の母)は、果物みたいにみずみずしく見えます…」

夏の暑い日、仙吉と門倉にうちわで風を送りながら微笑み、ちょっと汗ばんでいるたみ。果物みたいとは色っぽい表現だが、この箇所、小説では「別の女のようにみずみずしくみえる」と書かれている。なぜドラマの後に書いた小説では果物にしなかったのか、向田本人に誰か聞いていないだろうか。気になっている。

たみが妊娠したときには、母の女性性に戸惑いと嫌悪感を持っていたさと子。だが、このあと彼女が、自身の性愛に目覚めていく様子もゆっくりと描かれる。

お見合い相手とこっそり喫茶店に行き、両親に “子どもが飲むと頭が悪くなる” と禁じられているコーヒーを飲むさと子。「男の人と二人だけで飲む黒くて重たい液体と自由恋愛という言葉に、私は体が熱くなりました」。“男の人と二人だけで飲む黒くて重たい液体”、これはどう考えてもセックスの暗喩だろう。

門倉のたみへの想いは、仙吉の父・初太郎でさえも、気がついている。そんな人々を見ていたさと子は「大人は、一番大事なことは人には言わない」ということも知る。さと子自身も、男とコーヒーを飲んだことを両親に隠し、「友達とお汁粉食べてきた」と嘘をつく。

向田邦子の死後、その秘めたる恋を私たちは知った

こんな場面がある。さと子が鬼怒川の旅館へ駆け落ちしたと思い込んだ仙吉とたみ。誤解がわかり、ならばゆっくり温泉旅行を楽しむかとなった二人のもとに門倉も合流する。三人で旅館の掘り炬燵に入っているとき、たみの素足が門倉の足のほうへ近づいていく。もうすこしで触れる、というところでたみの足が止まる。炬燵の中を見せているだけなのに、ちょっとエロティックで、門倉に惹かれているたみの想いも伝わる。

そういえば、向田邦子自身も秘めたる人だった。数々の名エッセイでその日常は垣間見えたが、自身の恋愛について語ることはなかった。向田の死後、末妹の向田和子による著書『向田邦子の恋文』で、彼女が既婚者であるカメラマンと恋に落ち、その人が自死をしてしまったことを私たちは知る。

誰もがSNSで自分の体験を話したがる今、ぶっちゃけることがカッコいいと、私たちは喋りすぎていないだろうか。向田作品に触れると、秘めたる想いの大人の素敵さに気づかされる。

ドラマ『あ・うん』は『続あ・うん』へと続き、すごく気になる終わり方をする。たみのある姿を偶然見た門倉は、一線を越えてしまいそうな自分に気づき、仙吉に悪態をついてわざと仲たがいする。そのことがきっかけで、ジャワ島への転勤命令に従おうとする仙吉夫婦。だが……

このあと、三人の関係はどうなるのか…。ジャワ島行きは断るのか、戦争はどう影響してくるのか、召集令状が来た恋人のもとへ走ったさと子は、門倉と妻の君子の関係は…。など、気になることがいっぱいである。向田は、『続々あ・うん』を書こうとしていたと知り、あぁやっぱりと思った。

向田邦子が亡くなって40年以上経ったが、喪失の想いが、決して軽くなることはない。むしろ年を重ねるごとに、その作品に触れるたびに、ますます膨れ上がるばかりである。

カタリベ: 平マリアンヌ

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