傑作SFホラー『遊星からの物体X』超解説! 紆余曲折ありまくり制作秘話~天才ロブ・ボッティン登場【1/5】

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傑作SFホラー小説「影が行く」

はじめてハワード・ホークスの『遊星よりの物体X』(1951年)を観たのは1952年で、4歳の時だった。ぎょっとしてポップコーンをぶちまけたよ。(ジョン・カーペンター)

ジョン・カーペンター監督作『遊星からの物体X』(1982年)。そのオリジナルである『遊星よりの物体X』は、ジョン・W・キャンベルが1938年に発表した短編小説「影が行く」を映画化した作品だ。

南極の観測隊が、氷の下に巨大な何かが埋もれているのを発見する。それは2000年前に地球に不時着した、司令塔のない潜水艦のような形をした宇宙船だった。さらに調査隊は、宇宙船から3メートルほど離れた場所で氷に埋まった物体を発見。隊員の一人が発掘中に手斧で傷つけてしまった“それ”は、地球外生命体だった。

そいつは顔を上に向けて横たわっていた。柄の折れた青銅の氷斧が、奇妙な頭蓋にいまも突きささっていた。三個の狂おしい憎悪に満ちた目は、燃えている火のように輝き、たったいましたたり落ちた血のように赤かった。髪の毛があるべきところには、吐き気をもよおしそうな青い虫のようなものが群がっていた。(「影が行く」より)

――この地球外生命体は、海外版のカバーで何度も描かれている。

隊員たちは、遺体を調査するため基地に持ち帰る。しかし、凍死していたと思われていた地球外生命体は冬眠しているだけであった。しかも、ただの生物ではなかった。

こいつを殺せるものはないんだ。天敵といったものがないんだ。なりたいものには何にだってなれるんだからな。鯱に襲われたら、こいつは鯱になるだけだ。阿呆鳥になっていて鷲が襲ってきたら、鷲になるんだ。雌の鷲になって……巣を作り、卵を生むかもしれないんだ!(「影が行く」より)

地球外生命体は細胞それぞれが独自に生きていた。原作には、『遊星からの物体X』でも描かれた、犬と同化しようとした地球外生命が奇怪な姿に変わる場面もある。

ぼくらが見つけた怪物は、半ばチャノーク(※犬の名前)だった。奇妙にも半分は死んでおり、半分はこの怪物のゼリー状原形質に消化されかかり、ぼくらが発見したときの怪物の残りは、もとの原形質に溶解していた……犬がこいつに襲いかかると、こいつは考えられる限りでの最上の戦闘形態に変わった。他の世界の猛獣か何かだということは間違いないね。(「影が行く」より)

しかも地球外生命体はテレパシー能力も持っており、人間の思考を読んで擬態した相手になりすましてしまう。かくして隊員たちは隔離された基地の中で、誰が擬態した地球外生命体なのか、疑心暗鬼になりながら、怪物と戦うことになる。

カーペンター監督版の見せ場のひとつである、熱した針金を血液につける血液検査のシーンも描かれている原作「影が行く」は、クリーチャー・ホラーと心理サスペンスが絶妙にブレンドされたSF小説だ。

原作を大胆に脚色した『遊星よりの物体X』

「高校の時、原作の『影が行く』を読んだが映画とは異なるものだった」とカーペンターが語るように、ハワード・ホークス製作、クリスチャン・ネイビー監督作『遊星よりの物体X』は、「影が行く」を大胆に脚色している。

舞台は南極から北極に変更されたが、観測隊が氷に埋まった宇宙船と地球外生命体を発見するツカミは同じ。しかし、地球外生命体の設定を豪快に変更したため、物語は原作とは違う展開になっていく。

もともとハワード・ホークスは、原作の“赤い三つ目のクリーチャー”を登場させる予定であったが、予算の都合で断念。他の生命体に同化&擬態する能力やテレパシー能力を描くことをやめた。そのことにより、「隊員の中に人間のふりをした地球外生命体が紛れ込んでいる……」という心理サスペンスも排除され、閉鎖された南極基地内で隊員たちが団結してクリーチャーに立ち向かう、という勇敢な映画に変貌した。

映画の地球外生命体は、細胞構造が植物に近く、再生能力を持ち、人間や犬の生き血を養分とする植物宇宙人に変更された。映画では、スキンヘッドになったフランケンシュタインの怪物がジャンプスーツを着たようなデザインの植物宇宙人“ザ・シング”を、身長2メートル1センチの俳優ジェームズ・アーネスが演じている。

特殊メイクを担当したのは、RKOピクチャーズのメイク主任リー・グリーンウェイ。ジョン・ウェイン主演作『赤い河』(1948年)などのドラマを主に担当していた人物で、モンスター・メイクアップは本作がはじめてだった。そのため、ハワード・ホークスを満足させるデザインのモンスターにたどり着くまで5ヵ月かかり、18種類の特殊メイクを試作している。

なかなか満足のいくデザインが出ないことに業を煮やしたハワード・ホークスが、「『フランケンシュタイン』(1931年)の怪物みたいな頭部にしろ」と指示を出してデザインは完成。それでもホークスは特殊メイクのクオリティに満足できず、映画では植物宇宙人のアップを使わないことに決めた。皮肉なことに劇中、植物宇宙人は引いた画でしか登場せず、姿をはっきり見せなかった結果、不気味な存在感が増して、映画の恐怖度を高めることになった。

紆余曲折あったリメイク企画

ジョン・カーペンターだけでなくリドリー・スコット、トビー・フーパー、ジョン・フランケンハイマーといった名だたる監督たちが「後世の作品に影響を与えた映画」と称賛する『遊星よりの物体X』のリメイクは、ユニバーサル・ピクチャーズが1970年代半ばから企画していた。

ちなみに1972年に作られたホラー映画『ゾンビ特急地獄行き』は、「影が行く」の影響を受けた作品。1906年、中国で氷漬けになっている類人猿の遺体を発見した生物学者(クリストファー・リー)が、シベリア鉄道でイギリスまで遺体を運ぼうとする。しかし、類人猿と思われた遺体はテレパシーを使える宇宙人で、死んではいなかった……という、逃げ場のない列車内で「影が行く」的な物語が展開される。

ジョン・カーペンターに『遊星よりの物体X』リメイクの話が来たのは1976年。友人で、後に共同プロデューサーとなるスチュアート・コーエンからの依頼だった。しかし、当時のカーペンターは監督デビュー作となったSF映画『ダーク・スター』(1974年)や、『ジョン・カーペンターの要塞警察』(1976年)などのインディペンデント系低予算映画を監督していた頃。「ユニバーサル・ピクチャーズの大作を任せるのは難しいのでは?」という理由で一度この企画から降りている。

次にユニバーサルは、『悪魔のいけにえ』(1974年)の監督トビー・フーパーに依頼。彼は『悪魔のいけにえ』の脚本家キム・ヘンケルと共にストーリーを練る。しかし、オリジナル版『遊星よりの物体X』が好きだったフーパーは、原作に書かれた「誰がエイリアンなのか?」というサスペンスには興味を示さなかった。

あらゆる生物に同化でき変態する地球外生命体を描くのは、当時の特撮技術的には難しいのでは? という理由でやめた。彼らが考えた物語は、地球外生命体狩りに執念を燃やす“キャプテン”と呼ばれるキャラクターが、南極で発見された巨大なエイリアンを追い続けるという、原作から豪快にかけ離れ、『遊星よりの物体X』をよりアグレッシブにした“SF版「白鯨」”チックなアドベンチャー物だった。キャプテンのキャラクターは、後にフーパーが監督する『悪魔のいけにえ2』(1986年)でレザーフェイス一家への復讐に燃えるレフティ(デニス・ホッパー)を思わせるものがあり、フーパーのファン的には観てみたい企画だが、「影が行く」の魅力をガン無視しすぎたこのストーリーは没になった……。

その頃、カーペンターは監督、脚本、そして音楽を担当したインディペンデントのホラー映画『ハロウィン』(1978年)が大ヒット。この成功により、再び監督依頼が舞い込むことになる。彼に断る理由はなかった。ちなみに『ハロウィン』の劇中、主人公ローリー(ジェイミー・リー・カーティス)がベビーシッターをする家のテレビで『遊星よりの物体X』を観るシーンがあるが、これはカーペンターの『遊星よりの物体X』リメイクへのアピールだったのかもしれない。

それまでカーペンターが監督した作品の製作費は、『ハロウィン』が32万5千ドル、『ニューヨーク1997』(1981年)が600万ドル。一方、ユニバーサル・ピクチャーズの大作として企画された『遊星からの物体X』には1500万ドルという、『エイリアン』の1100万ドル、『シャイニング』(1980年)の1200万ドルを超える製作費が用意された。

難航した『遊星からの物体X』クリーチャーデザイン

『遊星よりの物体X』でジェームズ・アーネスが演じたフランケンシュタインのようなモンスターは、様々な生命体を再生していくが同化はしない。だが原作「影が行く」では、どんな生命体にもなる。原作はアガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」風で、様々な生命体に同化する生物の不気味さを描いている。そのアイデアが最高なので、映画にも生かそうとした。(ジョン・カーペンター)

カーペンターは監督作『ニューヨーク1997』(1981年)を完成させると、すぐに『遊星からの物体X』の準備にかかった。

彼は『遊星よりの~』とは違う映画にするため、原作を研究した。彼が真っ先に原作から取り入れようと思ったのは血液検査のシーン。カーペンターが原作の中でも特に好きな場面で、「私は血液検査を撮りたくて『遊星からの物体X』の監督を引き受けた」とまで言っている。

原作の血液検査シーンは、35人の隊員を一室に集めて行い、35人中14人が人間ではなかったことが判明する。それだけの回数の血液検査シーンを描くのは大変なので、カーペンターと脚本家のビル・ランカスターは南極基地の隊員を12人に減らした。

またカーペンターは、映画が面白くなるかどうかはクリーチャーのクオリティにかかっていることを理解していた。

私は映画に登場するモンスターが陳腐に見えることは避けたかった。幼い時に観たSF映画のモンスターは、着ぐるみか『金星人地球を征服』(1956年)みたいな一目で作り物とわかる代物だった。物笑いになる映画は避けたかった。『エイリアン』(1978年)は素晴らしい映画だが、最後に現れたのは着ぐるみのモンスターだった。私は着ぐるみを使わない、リアルなモンスターを望んでいた。(ジョン・カーペンター)

本作のクリーチャー・エフェクトは最初、『狼男アメリカン』(1981年)で人間が狼に変身していく過程を見事に描き、アカデミー賞でメイクアップ賞を受賞したリック・ベイカーに依頼した。しかし彼は多忙のため、引き受けることはできなかった。

そこでプロデューサーのローレンス・ターマンとデヴィッド・フォスターは、彼らが製作した『おかしなおかしな石器人』(1981年)の特撮に関わっていたSFXアーティスト、デイル・キュイパースにクリーチャーデザインを依頼。彼がデザインしたのは、人間の頭蓋骨を思わせるボディから節足動物の脚が6本生えている、という原作とは違う昆虫チックなクリーチャーだった。

高度な文明の惑星が、他の星を植民地化するために開発したハイブリッド・クリーチャーという設定で、原作のようにテレパシー能力は持っているが、他の生物に同化&変態する能力はない。その代わり、寄生した人間の食道に卵を産みつけ、襲われた人間の口からクリーチャーが出現する、という『エイリアン』のようなスペックも備えていた。このデザインが採用されていたら、アニマトロニクスやパペットを使って撮影されていただろう。

しかし、デイルは作業期間中に交通事故に遭い、デザインワークを続けることが不可能になってしまう。彼の仕事を引き継いでもらうため、カーペンターは過去に仕事をしたことのある特殊メイクアップ・アーティストを呼びせた。当時まだ21歳だったロブ・ボッティンである。

天才ロブ・ボッティン登場

映画に合ったSFXのスタッフを選ぶことは重要なことだ。だから、私は『遊星からの物体X』では、ロブ・ボッティンにSFXをやってもらった。(ジョン・カーペンター)

若干14歳でリック・ベイカーの弟子となったロブ・ボッティンは、ベイカーが特殊メイクを担当した『キングコング』(1976年)、『スター・ウォーズ エピソードIV/新たなる希望』(1977年)、『溶解人間』(1977年)などの作品で彼のアシスタントをしながら腕を磨いた。そして、18歳の時に参加した『ピラニア』(1978年)ではメインの特殊メイクアップ・アーティストになっていた。

その頃、ボッティンは1本のホラー映画と出会う。ジョン・カーペンター監督作『ハロウィン』(1978年)だった。映画を観たボッティンはカーペンターの才能に惚れ込んだ。そしてカーペンターに会いに行き、自分を売り込んだ。

「今後、あなたの監督作で『ハロウィン』のブギーマンのような不気味なマスクが必要なら喜んで作りますが、どうですか?」

「実は、ちょうど特殊メイクアップ・アーティストを探していたところなんだよ」

監督作『ザ・フォッグ』(1980年)を準備中だったカーペンターは、ボッティンを特殊メイクとして採用。さらに身長196センチある彼を怨霊キャプテン・ブレイク役で出演させた。2人は映画に作りに対する考え方や嗜好が似ていてウマが合った。

その撮影現場でボッティンは、カーペンターから「実は今度、『遊星よりの物体X』のリメイクを監督するんだけど、特殊メイクとして参加してくれないか?」と打ち明けられていた。実はカーペンター的にはボッティンの起用は第一希望だったのだ。そして、その約束が遂に果たされる時が来た。

当時のボッティンは、20歳の時に特殊メイクを担当した『ハウリング』(1981年)で、『狼男アメリカン』(1981年)の公開よりも半年早く、人間が狼男に変身するシーンの特殊効果を手がけ、業界から注目される存在となっていた。『ハウリング』と『狼男アメリカン』は80年代の特殊メイクに革命を起こした作品だが、『遊星からの物体X』は、この2作が挑んだメタモルフォーゼ(変態)の特殊効果を飛躍的に進化させた作品でもあった。

に続く

文:ギンティ小林

『遊星からの物体X』はNHK BSシネマで2022年11月30日(水)午後1時から放送

CS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:24時間 モンスターバトル!」は2023年8月放送

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