飛行機の中で考える持続可能な未来とは?――新燃料のSAF搭載、CO2実質排出量ゼロのJALチャーター便搭乗リポート

“日本初のCO2排出量実質ゼロフライト”として、沖縄に飛び立つ前のJALのエアバス「 A350-900型機(X12)」(羽田空港)

2050年のカーボンニュートラル実現に向け、いま、飛行機の運行が大きく変わろうとしている。高速に、大量に、遠方に、人や物を輸送し続ける飛行機の、CO2排出量削減の切り札として世界の航空会社が導入を進めるのが、廃食油などを原料とし、「持続可能な代替航空燃料」と呼ばれる新燃料、SAF(Sustainable Aviation Fuel、サフ)だ。最新鋭の省燃費機材にこのSAFを搭載し、滑走路は片側エンジンのみで走行するなど、2030年の時点で目指すフライトのサステナビリティの形を最大限表現したJALの企画便が11月18日、羽田〜沖縄の空を飛んだ。燃料はもとより、原材料や調達に配慮した機内食や乗務員による手話通訳などを通じて乗客が持続可能な未来について「見て・学び・体験する」ことを主眼とした特別なツアーをリポートする。(廣末智子)

2030年の目指す姿を体現 「空の旅を誇らしいものに」

「2030年より先の未来には、飛行機を飛ばすことが地球環境を守り、地域社会の課題を解決するのに役立つ社会をつくりあげ、お客様に空の旅は誇らしいものであると感じてもらいたい」

午前9時の羽田空港第一ターミナル搭乗ゲート。「みんなで行こう、サステナブルな未来へ。JAL 2030サステナブルチャーターフライトで行く沖縄 」の大きな看板と、フライトに使用する省燃費機材「エアバス A350-900型機(X12)」のモデルを前に行われた出発式で、同社のサステナビリティ推進委員会委員長を務める青木紀将常務執行役員が「2030年」を強調する。

2030の便名には、「JALが2030年に目指す姿をいち早く体験できる」という意味が込められている。式の前後には、ガラス越しに鎮座するエアバスに、SAFが給油され、電動IT車で貨物が運び込まれる様子を見ることもできた。

出発式ではJALの関係者や旅の案内役らが乗客を出迎えた

その2030年、「誰もが豊かさと希望を感じられる未来を創る」というのが同社のビジョンの一つであり、今回のツアーも、「誰もが自由に新しい何かと出会うため」の旅という位置づけ。旅の案内役には国連のSDGs策定のプロセスにも携わった、慶應義塾大学大学院の蟹江憲史教授(政策・メディア研究科)と、SDGsマガジンを運営するソトコト・プラネットの指出一正代表、機内食の監修に関わった狐野扶実子プロデューサーを招き、搭乗者がサステナビリティへの理解を深めるきっかけとなるトークショーを企画した。

出発式を終え、約300人の乗客を機内へと案内する客室乗務員は男性5人女性8人。さらに手話通訳の資格者を男女1人ずつ配置するなど、アクセシビリティ(利用しやすさ)の向上やD&Iの推進にも力を入れていることが伝わるフライトであるのも今回のチャーター便の特徴だ。

片側エンジンのみで地上走行、高度1万メートルのトークショーも

多くのスタッフが見送る中、エアバスはゆっくりと地上を走り始めた。実はここで早くも今回の運航ならではの工夫がなされていた。通常は両側のエンジンを使うところを、右側のみで走行するなどしてエンジンの負担を減らし(滑走路が近づいてから左側のエンジンも始動)、CO2の削減につなげているのだ。

とはいえ、乗客として座っている分には、その違いは分からない。ただいつものように飛行場内をしばらく走った後、滑走路で勢いを増し、なんだかいつもよりいくらかふんわりと、エアバスは、約2時間20分の空の旅に向けて優しく離陸したように感じた。

高度1万メートルの機内でマイクを握る慶應義塾大学大学院の蟹江憲史教授

飛行機はやがて高度1万メートルに達し、ゆるやかに“航空トークショー”が始まった。蟹江氏がまず触れたのは、「今回を第一歩として、実質排出量ゼロ、あるいは(実質でなく)本当に排出がゼロになるフライトを実現するという目標にチャレンジできたことが興味深い」とする、同機の意義だ。

ここで、今回のチャーター便のCO2排出量削減の仕組みを改めて説明すると、機体にはJALの最新鋭機である省燃費機材を用い、従来機と比べてCO2排出量を25%削減するとともに、使用する燃料の38%をSAFに置き換え。その上でさまざまな運航の工夫を重ね、それでも削減ができなかったCO2排出量については、温室効果ガスの専門家によって選定・承認された気候変動対策プロジェクトを乗客が支援する形でオフセットすることにより、「日本初の実質CO2排出量ゼロフライト」を実現した形だ。

SAF(持続可能な代替航空燃料)とは
都市ごみや使用済みの食用油、植物や廃材などの木質系セルロースなどからつくられ、原料の収集から生産、燃焼までのライフサイクルにおいてCO2排出量を従来の約80%も削減できる。また従来の化石燃料と混ぜて使用することができ、航空会社にとっては給油時にも既存のインフラを活用できる利点がある。
もっとも継続的な原料調達が難しく、現状は、かなり高額な燃料であるため、需給ギャップが非常に大きく、世界のSAF生産量は需要の0.03%にとどまっている。欧米では生産体制の構築が急速に進むなか、日本でも2021年10月にJALとANAが共同で「2050年航空輸送におけるCO2排出実質ゼロへ向けて」という共同レポートを策定し、国産SAF普及への意思を表明。2022年3月には国産SAFの商用化に取り組む業界を超えた有志団体が設立されるなど、量産と普及に向けたオールジャパンの連携が加速している。

機内食は「未来の食材50」から

場面を機内に戻そう。
トークショーは機内のほぼ中央、右側に蟹江氏と狐野氏が、左側に指出氏が立ち、CO2排出量削減や資源循環、地域活性化、働き方や多様性などさまざまなテーマを巡って交互に話す方式で進行。乗務員による手話の同時通訳がなされた。最初のテーマは機内食だ。

ファーストクラスで提供された「豆腐ヌードルと舞茸とえのきの温製ミモザサラダ スモークサーモン」と廃棄野菜を活用した「凸凹野菜スープ」
クラスJと普通席で提供された大豆ミートなどを使用したハンバーガー

今回、ファーストクラスには環境や資源に配慮して養殖されたサーモンや廃棄野菜のスープなどが、普通席ではパテには大豆ミート、バンズには栄養価の高いスピルリナを使用したハンバーガーなどが提供された。狐野氏によると、これらは、気温が高く、乾燥した土地でも比較的良く育つなど気候変動の影響を受けにくく、生産段階での人権リスクが高い農産物とされていないなどの条件をクリアした「未来の食材50」の中から選んだ食材を使用したものであるという。
そうした説明とともに狐野氏は、「サステナブルな機内食を考える上では、なぜこうした未来の食材が必要なのかというストーリーを乗客の皆さまと共有したい。そうしてこそ人の意識に残るのではないか」と思いを語った。

機内では、トークショーでのゲストの言葉をはじめ、全ての放送が乗務員によって手話に訳された。

一方、指出氏は「地域循環共生圏」の観点から「自分事としてSDGsを捉える」大切さを改めて強調。「サステナブルは持続可能と訳されるが、その先をどうするかで社会のありようは変わる。誰かに任せるのではなく自分で考える」と続けるなかでSAFにも話が及び、「使い終わった天ぷら油から生成されるなど、SAFは日々の暮らしと結びついている。リサイクルやリユースを通じて自分たちが社会をつくっていけるという感覚を感じ取れたらいいのではないか」と提起した。

SAFについては蟹江氏も「今はまだ価格が非常に高い。われわれ乗客だけで負担するのではなく、こうした燃料が普及するような政策を考えることも必要ではないか」と指摘。「SNSなども活用して発信していくとより動きが活発になっていろいろなことができるようになる」と乗客一人ひとりの思考とアクションを促した。

フライトに求められるサステナビリティとは何なのか‥

トークを聞きながら、サステナブルな機内食を味わい尽くした乗客のもとに、乗務員が「紙コップの回収・リサイクルに協力をお願いします」という袋を持って回ってくる。

今回のフライトでは、新たに紙製の蓋を使用するなど、従来の機内食と比べ、プラスチック容器の削減に加え食器や包装を軽量化しているのも特徴だ。

飛行機が那覇へと近づくとともに、ショーも終盤へ。「フライトに求められるサステナビリティとは何なのか」について各氏がさらに言葉を紡ぐなかで、「現地に行って、帰る間のフライトの時間こそが、実は自分の体験値を深めたり、自分自身が感じていることを引っ張り出してきたりする大事な時間ではないか。フライトは単なる移動ではなく、旅の大事な要素だ」といった言葉が印象に残った。

気が付けば、眼下に広がる、まさにエメラルドブルーの海!飛行機はゆっくりと下降し、午後1時半、無事に那覇へと着陸した。空港に降り立った途端、沖縄特有の熱気と優しい風が吹き渡る。「来て良かった!」と誰もが感じたことだろう。

那覇空港に降り立って羽を休めるエアバス「 A350-900型機」

JALによると、今回、日本初のCO2排出量実質ゼロのフライトを実施するに当たって、自然遺産、文化遺産の宝庫である沖縄を旅先とすることがすぐに決定したという。トークショーの最後、蟹江氏は「この2030年に向けたフライトが今回だけで終わらないよう、しっかりと皆さんで“監視”していただきたい」と話した。この言葉を通し、「空の旅から始まるサステナブルな未来」は航空会社だけでなく、乗客や企業、地域との共創であることを胸に刻んで沖縄の地を踏んだ。[^undefined][^undefined][^undefined][^undefined][^undefined][^undefined]

© 株式会社博展