加入しすぎた保険はどう見直すべき?覚えておきたい社会保障制度をFPが解説

会社員の橘恵美さん(仮名・33歳)は、1年ほど前に「病気やケガで仕事ができなくなったらどうしよう」「大病をして医療費がたくさんかかったらどうしよう」と、さまざまな心配をするあまり、保険ショップに相談に行き、定期の死亡保険、医療保険、就業不能保険と複数の保険に加入しました。貯蓄性の保険も勧められましたが、保険料が高かったので諦めたそうです。

その結果、毎月の保険料負担が大きく、老後に備えての貯蓄ができず、ますます不安が大きくなっているというのです。つみたてNISAも開設してはいるけど、投資に回す余裕がなく、中身はからっぽだそう。新しいNISA制度が議論される中で、「本当にこれで良いのだろうか?」と、恵美さんはファイナンシャルプランナーの私のところにご相談にこられました。


保険と社会保障制度

結論から言うと、貯蓄性保険の予定利率がゼロの今、コストの高い保険でお金を増やすのは難しいので、貯蓄性保険に加入しなかったのは結果的に正しい選択でした。恵美さんには、少し保険を整理して、税制優遇の大きい個人型確定拠出年金(iDeCo)や恒久化が検討されているつみたてNISAなどを使って、「長期・分散・低コスト」で積み立て投資で資産形成をしていくことをお勧めします。

まず、人生におけるリスクについてどう考えるかを整理していきましょう。

人生における経済的なリスクは、働き手が死亡して遺族が経済的に困ること、病気やケガでの就労不能、長く生きることが挙げられます。長く生きるのはもちろん幸せなことですが、老後資金の面かれ考えれば長生きリスクとなります。

では、これらのリスクにどのように備えていけばいいのでしょう。覚えておきたいのは、社会保障制度です。

さまざまな人生のリスクに備えるために、民間保険に加入しますが、その際は、「民間保険は公的保険を補完するもの」と理解し、保障のための私的保険は社会保障制度で不足分を補うために加入するのが基本です。令和4年3月11日、金融庁も公的保険制度を解説するポータルサイトを開設しています。こちらを参考に解説していきます。

金融庁「公的保険ポータル」
URL:https://www.fsa.go.jp/ordinary/insurance-portal.html

病気やケガと公的保険

まず、病気やケガをした場合についてですが、公的医療保険はかなり充実しています。

通常、病院にかかった際の窓口負担は3割ですみます。さらに、同じ月に医療費が高額になった場合は、「高額療養費制度」が利用できます。高額療養費算定基準額は5段階に分かれていますが、標準報酬月額28万円以上53万円未満なら、ひと月の医療費26万7,000円までは3割負担で、それを超える額は1%負担です。健康保険組合の中には、独自の給付(付加給付)がある場合もあります。

自己負担限度額のうち、基準額を超えた分が「付加給付」として支給されるので、さらに自己負担は軽減されます。もし治療が長引いたとしても、直近12ヵ月間にすでに3ヵ月以上、高額療養費の支給を受けている場合には(多数回該当)、4ヵ月目以降の負担の上限額は4万4,400円に下がります。

高額医療費の支給対象外の差額ベッド代が高いと心配している人も多いのですが、差額ベッド代は、あくまで自分で希望した場合にのみかかります。救急や伝染病など、実質的に患者の選択によらない場合はかかりません。厚労省の通知『「療担規則及び薬担規則並びに療担基準に基づき厚生労働大臣が定める掲示事項等」及び「保険外併用療養費に係る厚生労働大臣が定める医薬品等」の実施上の留意事項について』で確認してみましょう。

このような制度があるため、もしもの時の医療費は、実はそれほど心配しなくてもいいのです。生活費の3ヵ月分くらいの貯蓄があればカバーできるケースが多いでしょう。

国民健康保険も保障内容は同じですが、基本的には「傷病手当金」は出ません。「傷病手当金」は、病気やケガのために会社を休み、事業主から十分な報酬が受けられない場合に支給されます。うつ病や精神疾患も対象になります。仕事ができなくなった日から起算して3日を経過した4日目から、休業した期間について、給与の支払いがない場合、また支払いがあっても傷病手当金の額より少ない場合はその差額が支払われます。

これまでは、同一のケガや病気の傷病手当金の支給期間は、「支給を始めた日から起算して最長1年6ヵ月」でしたが、法改正で、2022年1月1日から、「支給開始日から実際に受け取った日数を通算して1年6ヵ月に達するまで」出ることになりました。金額は、1日当たり、「支給開始日の以前12ヵ月間の各標準報酬月額の平均した額」(※1)を30日で割ってさらに3分の2にした金額です。

傷病手当金がない場合は?

自営業者の人、健康保険に加入できずに働いている短時間労働者の方は、「傷病手当金」がないため、少し多めに生活費1年分くらいを貯蓄しておきましょう。働けなくなった時のリスクをカバーする民間保険会社の就業不能保険などもありますが、いつでも自由に使えるお金がある程度あれば必要は少ないでしょう。さらに治療が長引いたりして働けない場合は、公的年金保険の「障害基礎年金」や「障害厚生年金」の対象となる可能性があります。

公的年金保険は、この他、働き手が死亡した場合に遺族が経済的に困らないように「遺族基礎年金」「遺族厚生年金」、何歳まで生きるかわからない長生きリスクのために「老齢基礎年金」「老齢厚生年金」があります。

また、公的年金制度は強制加入で、現役世代が保険料を支払い、高齢受給世帯に仕送りをする賦課方式です。インフレが進めば賃金も上がり、年金額もある程度は増えるので、将来の購買力もそこそこ維持することができます。ここが任意加入の民間の保険との大きな違いです。民間の個人年金保険などは契約時に受取額が決まりますので、インフレになっても受け取れる額は変わりません。

私たちは毎月、社会保険料を支払い、すでに大きな保障を持っています。給料から、社会保険料や税金を差し引いた額が、手取り収入 = 可処分所得 = 自由に使えるお金なので、私的保険料の支払いが大きいと、その分、自由に使えるお金が減り、貯蓄も難しくなります。

「もしものために」の備えを考えることは重要ですが、毎月、多額の保険料を支払っていて、貯蓄に回せるお金がないと、いわゆる「保険貧乏」状態に陥ってしまいます。保険は保障内容を理解した上で必要な分を、なるべく安い保険料で持つこと。将来への貯蓄はコストの高い保険ではなく、税制優遇の大きいiDeCoやつみたてNISAで合理的に増やしていくことが大切です。

※1:支給開始日とは、一番最初に傷病手当金が支給された日のことです。支給開始日の以前の期間が12ヵ月に満たない場合は、支給時に所属している事業所に入社してからの標準報酬月額の平均額と、健康保険の被保険者全体の標準報酬月額の平均額30万円(※2)の、どちらか低い方になります。
※2:支給開始日が平成31年4月1日以降の人。当該年度の前年度9月30日における全被保険者の同月の標準報酬月額を平均した額。

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