“ロストフの悲劇”と同じ状況でも……森保ジャパンは悲劇を繰り返さなかった。スペイン撃破が必然だった理由

日本が再び世界を驚かせた。カタールの地で戦う森保ジャパンは、初戦のドイツ撃破に続いて優勝候補の一角スペインまでも打ち破った。後半早々に2ゴールを奪い、リードする展開――。スコアこそ違えど、前回大会のベルギー戦“ロストフの悲劇”を思い起こした人もいただろう。4年前は40分以上にわたり猛攻にさらされ続け、逆転負けを喫した。今回も同じく40分以上を残して猛攻を受けながら、なぜ悲劇を繰り返さずに勝利をつかむことができたのか? その要因を探りたい――。

(文=池田敏明、写真=Getty Images)

後半立ち上がりにリードする展開…よみがえる前回大会ベルギー戦の苦い記憶

FIFAワールドカップのグループステージ第3戦、日本代表は2010年南アフリカ大会優勝国である強豪スペインに2対1の勝利を収めた。初戦でワールドカップ4度優勝のドイツに2対1の大金星を挙げ、続くコスタリカ戦では0対1とまさかの黒星を喫しグループステージ突破に向けて黄色信号がともったが、迎えたスペイン戦では前半に先制されながらも後半開始早々に2点を返し、そのまま逃げ切りに成功。グループステージを2勝1敗で終え、見事、首位通過を果たしたのだった。

序盤はスペインがペースを握り、その勢いのまま11分にアルバロ・モラタにヘディングシュートを決められた。しかし前半を1点ビハインドでしのぐと、後半立ち上がりの48分には途中出場の堂安律が左足のシュートを突き刺して同点とし、51分には三笘薫の折り返しを田中碧が押し込んで逆転に成功。その後は落ち着いて相手の猛攻をはね返し続け、歓喜のタイムアップを迎えた。

勝ち越しに成功した51分からホイッスルが吹かれるまでの時間は、アディショナルタイムの7分間を含めて実に46分間。自陣に押し込まれ、時には最終ラインを突破されてシュートを打たれる展開には誰もがドキドキさせられただろうし、「まだ喜べない」「あの時みたいに逆転されてしまったらどうしよう」と、4年半越しの“既視感”を覚えた人も少なくなかったはずだ。

2点リードしながら逆転負けを喫した“ロストフの悲劇”とは何が違ったのか?

4年半前、日本は2018年ロシア大会のラウンド16でベルギーと対戦し、2対3で敗れ去った。この試合は、「後半開始早々にリード」という展開までは今回のスペイン戦とよく似ていた。前半をスコアレスで折り返すと、48分に柴崎岳のスルーパスから原口元気が先制点を奪い、52分には乾貴士が強烈なミドル弾をたたき込んでリードを広げた。この時が48分と52分の得点、今回のスペイン戦が48分と51分の得点と、ゴールを決めた時間帯もよく似ている。

しかし、ベルギー戦ではその後、相手の猛攻を受けた。そして69分、74分と立て続けに失点して同点に追いつかれると、後半アディショナルタイムにはカウンターから3点目を奪われ、ギリギリで勝利を逃すことになった。後半開始早々に2点をリードしながら、その後のおよそ40分間を耐え抜くことができなかったのである。

ベルギーの決勝点は日本のコーナーキックを相手GKティボー・クルトワがキャッチしてケヴィン・デ・ブライネにつなぎ、70m近くをドリブルで運んでから右サイドのトーマス・ムニエに展開。ムニエがダイレクトで折り返すと、中央でロメル・ルカクがスルーし、逆サイドを駆け上がっていたナセル・シャドリが押し込んだ。わずか14秒の間に起こった失点劇は“ロストフの悲劇”として今もわれわれの胸に深く刻まれている。

しかし今回、日本がこの悲劇を繰り返すことはなかった。危ない場面はあったものの最後までスペインをシャットアウトし、ドイツ戦に次ぐ大金星を手にした。この4年半の間に日本代表が成長した姿を示す形となったが、悲劇を繰り返さなかった要因はどこにあるのだろうか。

動かずに逆転を許した4年前、動き続けて先手を打った今大会

まず言えるのは、今回の日本代表が4年半前に比べてより戦術的、戦略的に戦えているということだ。ベルギー戦では2点のリードを奪った後、西野朗監督(当時)は布陣や戦い方の変更は行わず、選手に「このままで」と指示したという。当時の布陣は[4-2-3-1]で、2点リードした後も選手交代は行わなかった。実際に映像を見返すと、ベルギーのペースではありながら日本がボールを握る時間帯もあり、チャンスもつくっていた。戦い方を変えなくともある程度、渡り合えていたことが多少の油断につながった可能性は否定できない。

その間にベルギーはシャドリ、そして194cmの長身MFマルアン・フェライニを投入し、最前線に陣取っていたロメル・ルカク(190cm)も絡めた高さ勝負を仕掛けてきた。フェライニを170cmの長友佑都がケアするというミスマッチの場面も生まれ、両サイドから送られるハイボールに対応しているうちに少しずつ押し込まれ、69分と74分の失点を呼び込んでしまった。

日本がその後、ようやく選手交代に動いたのは81分。柴崎と原口に代えて山口蛍と本田圭佑を投入したが、ここでも布陣や戦術の変更はなかった。西野監督は後に「自分の采配にメッセージが足りなかった」と振り返っているが、明確に戦い方を指示し、それを選手が着実に遂行していれば防げた失点はあったかもしれない。

ロシア大会でコーチを務めていた森保一監督は、このベルギー戦で相手が高さ勝負を仕掛けてきた際、西野監督に「5バックにしてはね返す形にしてはどうか」と進言しなかったことを悔いているという。その気持ちがあるからなのか、今大会では状況に応じて先手を打つ積極的な采配が目立ち、スペイン戦でもその手腕を発揮した。

“ロストフの悲劇”と同じ轍は踏まぬよう…指揮官と選手の戦い

そもそもこの試合ではドイツ戦、コスタリカ戦から布陣を変更し、[3-4-2-1]で挑んだ。守備時には5バックになるこの布陣は、パスをつなぎながら幅をとって攻めてくるスペインには有効で、鎌田大地が自らコーチングスタッフに進言したという彼自身と久保建英が遂行した縦を切る守備も機能した。早い時間に1点を失ったものの、その後は大きな混乱もなく、相手に決定機をつくらせなかった。

4バックを貫いた4年半前のベルギー戦では両サイドのエリアをケアし切れず、相手選手がフリーでクロスを上げる場面が目立った。今大会のドイツ戦でも似たような課題に直面し、後半から3バックに変更して対応した。こうした教訓もスペイン戦では大いに生かされたといえるだろう。

そして後半頭から堂安と三笘を投入すると、彼らと前田大然や鎌田、伊東純也らでハイプレスを仕掛けた。敵将のルイス・エンリケ監督が「パニックの5分間があった。完全にわれわれの武装を解いた」と振り返ったように、後半立ち上がりに仕掛けたこの“奇襲”は大成功を収めた。

森保監督の次なる一手は守備的な戦いへの再シフトチェンジだった。62分の前田から浅野拓磨への交代は恐らく当初から予定していたもの。前田は前線からプレスをかける役割を忠実に遂行しており、似た特徴を持つ浅野がその役割を引き継いで90分間機能させた。68分には鎌田を冨安健洋に代えて右ウイングバックに入れ、同ポジションにいた伊東を左インサイドハーフに移した。スペインが同じタイミングでアンス・ファティとジョルディ・アルバを入れて左サイドの強化を図ろうとしていたタイミングだっただけに、その前方に冨安を入れて守備力を高めたこの交代策も非常に効果的だった。

57分に投入されて右ウイングに入ったマルコ・アセンシオは脅威だったが、左ウイングバックに入っていた三笘がうまく対応した。彼がドイツ戦で同ポジションに入り、攻撃のみならず守備でも好プレーを見せていたことで、森保監督も安心してこのポジションを任せられたはずだ。

そして、87分には疲れの見えていた田中を遠藤航に代えてクローザー役を担わせた。コスタリカ戦以降のトレーニングを全て別メニューでこなし、コンディションに不安のあった遠藤だったが、10分間ならフルパワーを出せるとの判断だったのだろう。そして、背番号6は見事に任務を遂行した。

ロシア大会での西野監督は選手たちの個人能力に一任する部分が大きかったが、今大会の森保監督は選手たちを尊重しつつ、明確な戦術の中で選手たちを動かしていた。事前にはスタッフが相手を入念に分析したはず。それをチームに落とし込んだ森保監督とコーチングスタッフ、そして忠実に実行した選手たち。全ての側面において前回大会からの成長が見られた点が勝因といえるだろう。

“悲劇”を経験したこと自体が、ロストフとの最大の違いであり勝因の一つ

もう一つ決定的な違いを挙げるとすれば、それは「“ロストフの悲劇”を経験したかどうか」だ。4年半前、ベルギーに対峙(たいじ)した日本代表はあまりに無防備だった。自分たちの力を信じて真正面からベルギーにぶつかり、リードを奪ったが、相手が戦術を変えるとそれに対応できず、追いつかれて逆転され、敗れ去った。

それ以前のワールドカップでは2002年日韓大会、2010年南アフリカ大会でノックアウトステージに進出したが、いずれも相手からリードを奪って「このままいけば勝てる」という状況に立つことはなかった。初めてその展開になったのがこのベルギー戦。もちろん選手たちは日本トップレベルのプロサッカープレーヤーであり、これまでのキャリアで似たような状況を経験したことはあるだろう。だが、舞台はワールドカップであり、相手はベルギーだ。これまで経験したことのない雰囲気にのまれてしまったとしても不思議ではない。

今回のメンバーには、あの時試合でピッチに立っていた川島永嗣、長友、吉田麻也、酒井宏樹、柴崎が入っている。遠藤も出場こそしなかったもののメンバー入りしており、間近で“悲劇”を目撃した。この中からスペイン戦では長友と吉田が先発し、遠藤が終盤に出場した。屈辱を味わった彼らの経験がチームに還元されていたからこそ、最後まで冷静に戦い抜くことができたのだろう。

ともあれ日本はドイツ、スペインを下し、グループ首位でノックアウトステージ進出を果たした。ラウンド16の相手はクロアチア。前回大会の準優勝チームであり、ワールドカップでは1998年フランス大会(0対1で敗戦)、2006年ドイツ大会(0対0で引き分け)に続く3度目の対戦となる。強敵であることは間違いないが、ドイツ戦、スペイン戦を乗り越えた日本代表はこの試合でさらに成長した姿を見せてくれるはずだ。

<了>

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