世界でも有数の前衛芸術に特化したルートヴィヒ美術館の名作を片桐仁が堪能

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。8月26日(金)の放送では、「国立新美術館」で開催されていた「ルートヴィヒ美術館展」に伺いました。

◆世界でも指折りの美術館「ルートヴィヒ美術館」の名作が集結

今回の舞台は、東京都・港区にある国立新美術館。ここは2007年の開館以来、100を超える企画展を実施。コレクションを持たない代わりに、数多くの独創的な展覧会で自由度の高い活動を展開しています。

片桐はそんな国立新美術館で開催されていた「ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」へ。

ルートヴィヒ夫妻というドイツの有名なコレクターが1976年に作品を寄贈したのを機に設立されたドイツ・ケルンにあるルートヴィヒ美術館。20世紀から現代までの前衛芸術に特化した美術館として有名で、なかでもパブロ・ピカソの収蔵点数は世界で3番目。

今回はそこから約150点もの作品が来日。アート激動の時代に生まれた、さまざまな主義の作品が一堂に会する本展覧会。同館の学芸課長・長屋光枝さんの案内のもと、奥深い前衛芸術の世界を紐解いていきます。

◆20世紀前半のドイツを席巻したドイツ・モダニズム

まずは20世紀初頭にドイツで生まれた作品から。片桐が「無茶苦茶カラフルですね!」と驚いていたのは、ドイツの画家フランツ・マルクの「牛」(1913年)。

赤・青・黄の三原色が際立っているこちらの作品。その色自体に意味があり、青は「男性的な精神的な色彩」。黄は「女性的な色彩」。そして、赤は「大地の色彩」だと長屋さん。

そもそもマルクは具象的な動物の作品に端を発し、その後、動物は人間が喪失した自然と調和した生き方ができる存在、無垢なる存在として注目。また、抽象絵画の創設者のひとり、ロシア出身の画家・美術理論家のワシリー・カンディンスキーと交流。さまざまな影響を受けるなか、マルクは特に色彩を象徴的に解釈し、色彩それぞれの対立を乗り越えて調和の世界へと向かうことに抽象絵画の終着点を見出していたと解説。

そうした色の調和に加え、本作では1頭の牛は静かに座り、もう1頭は立っている、その静と動。さらに、上部には虹がかかっており、虹は聖書では神との契約を意味し、人間と神との対比も提示。さまざまな対立要素が1枚の画面の中で調和していく、そんな意図が感じられます。

当時、20世紀前半のドイツでは新たな芸術表現を模索する「ドイツ表現主義」が誕生。そこには大きく2つの潮流があり、ひとつは激しい筆使いと鮮やかな色で具象的に表現する「ブリュッケ」。もうひとつは、カンディンスキーとマルクが生んだ主観的な感性を重視し、抽象絵画への傾向が強い「青騎士」でした。

続いてもドイツの画家、マックス・ベックマンの「恋人たち」(1940~1943年)。

これはいわゆる娼館を描いたもので、身を寄せ合う男女の背後には誰かの視線が。男女を間に置き、鑑賞者とこの怪しげな人間の視線の交わりが面白い作品です。

ベックマンは主観的な表現主義に対抗し、人間と社会を冷徹に捉えた即物的な表現をする「新即物主義」に傾倒。

これは第二次世界大戦前のドイツで注目され、ベックマン自身、戦争と密接に絡んだ画家で、第一次世界大戦に従軍したことで作風が大きく変化。人間の生死に関わる場面に遭遇し、いかに人々が悲惨な状態だったかをデフォルメした人物像を多く制作。本作では画中に人間が押し込められているような感もあり、その圧迫感が人間の不安な心理を喚起しているとも言える作品です。

◆一方ロシアでは…抽象の極地ロシア・アヴァンギャルド

ドイツで新たな芸術表現が生まれた一方で、ロシアでも社会の変革と連動し、芸術の大きなうねり「ロシア・アヴァンギャルド」が生まれます。

作品を前に、片桐が「抽象きましたね!」と反応したのは、カジミール・マレーヴィチの「スプレムス38番」(1916年)。

彼は目に見える現実世界を離れ、幾何学的な形態による絶対的な抽象を突き詰めたスプレマティズム(絶対主義/至高主義)を推し進めました。通常、人は絵を見る際、何が描かれているのかイメージしますが、そうしたことから完全に切り離された絵画を目指したもの。

そんなマレーヴィチの作品において重要な要素となるのが、自然界にはあまり存在しない四角形。それが独特な動きをなし、浮遊感などを醸し出しています。そんな抽象的な作品を前に、「CGというか、今でいうメタバースの世界観みたいな奥行きを感じる」と唸る片桐。

次は、アレクサンドル・ロトチェンコの彫刻作品「宙づりの空間構成 10番(光反射面)」(1920年、再制作:1982年)を鑑賞。

ロシア・アヴァンギャルドは、1900年から1930年頃にロシアで展開された動向の総称で、そのなかにも2つの方向性があり、ひとつは実世界からは離れた感のある「スプレマティズム」。そして、もうひとつは「構成主義」。これは社会や人間の生活にコミットする流れを持ったもので、このロトチェンコの作品は後者。

一見、生活とはかけ離れているように思えて、素材感、数学的な構造といい、人間の生活に欠かせない建築との関連性が窺えます。

ちなみに当時、ロシアとドイツは芸術の分野では近しい関係にあり、ロシアから芸術の修行に行くのはフランスのパリ、もしくはドイツのミュンヘンが相場。第一次世界大戦前は多くのロシア人アーティストがドイツで学んでいたそうです。

◆印象派以降の現代美術の流れを駆け足で堪能

時は流れ、第二次世界大戦後。片桐が「こうなってくるわけですね」と感心していたのはジャクソン・ポロックの「黒と白 No.15」(1951年)。ポロックといえば抽象表現主義の代表的存在ですが、本作には具象的なモチーフが。

それは、画中の左側にある逆さまな顔。意図的に描かれたのかは定かではありませんが、彼は1947年からドリッピングやポーリングと呼ばれる技法で色彩豊かに作品を制作し、1950年あたりで頂点を迎えた後、なぜか作品が黒一色に。これはそうした頃の作品で、実験的な試みが窺えます。

元来、ポロックはメキシコ絵画やピカソなどさまざまな影響を受けつつ、なかでもインスピレーションの源となっていたのは、シュルレアリスム。偶然に任せて描く、人間の理性のコントロールが及ばない制作に影響を受けていました。

本作は具象的なイメージが入っているとはいえ、そうしたポロックらしさ全開のダイナミックな作品になっており、片桐は「動きのある、エネルギーを感じる」と見入ります。

そして最後は、21世紀の作品にして、この展覧会で唯一の日本人作家の作品、イケムラ レイコの「グリーンスケープ」(2010年)。この作品は、麻でできたとても目の粗いキャンバスが特徴です。

イケムラはもともと日本の大学でスペイン語を学び、20歳の頃にスペインへ。その後、美術大学に入り直し、現在はベルリンで活躍しています。本作は水の流れ、空の光が湖面に反射し、どこか自分の内面を覗き込んでいるようにも見え、この風景のなかにはさまざまな生命が描かれていると長屋さん。

例えば、目のついた山、左下には動物のようなものがあり、岩の形もどこか生き物が寝そべっているように見え、これはイケムラならでは。なぜなら、彼女の作品では「命が息づく風景画」というのが重要な位置を占めているから。

今回、ルートヴィヒ美術館の珠玉の作品の数々を堪能した片桐は、「初めて見る作品ばかりでしたけど、芸術が世界中の人が交流して発展していく、その原点にこの美術館があったりするのかなと思いましたし、いろいろな人がいろいろな影響を受け、現代に繋がっているといったことを感じました」と感慨深そうに語り、「この番組はみんな大好き印象派が多いんですけど、その後の現代まで繋がっていく流れを駆け足で見させてもらいました」とも。

さらに、「ドイツを中心とした20世紀以降の新たな芸術表現を堪能させてくれたルートヴィヒ美術館展、素晴らしい!」と称えつつ、アート激動の時代を彩った芸術家たちに拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、アウグスト・ザンダーの「菓子職人」

「ルートヴィヒ美術館展」の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから学芸課長の長屋さんがぜひ見てほしい作品を紹介する「今日のアンコール」。長屋さんが選んだのは、写真家アウグスト・ザンダーの「菓子職人」(1929年/プリント:1960年頃)です。

ドイツは現代美術における写真が盛んな国のひとつで、それを辿っていくと行き着くのがザンダーと言われるほど彼は重要な存在だと長屋さん。ザンダーは"20世紀の人間たち”なる大きなプロジェクトを手がけていた人物で、それは何かと言えば職人や農民、都市に生きる人などさまざまな人を膨大に撮影することで、そこから社会の縮図を見出そうと尽力。

また、彼は新即物主義にも同調し、写真でしか捉えられない客観性を重視。これはまさにそのなかの1枚で、さらに言えばルートヴィヒ美術館は写真作品に注力していることもあり、長屋さんはその一端を紹介したいという理由でこの作品をセレクトしました。

最後はミュージアムショップへ。さまざまな作品をコラージュしたポーチや今回の展覧会のトートバッグなどが並ぶなか、「これはなんだ?」と片桐が手に取ったのはザンダーの「菓子職人」がプリントされたアイシングクッキー缶。

さらに「これはいいですよ!」と絶賛していたのは、マレーヴィチのソックス。「普通になんの違和感もなくおしゃれ靴下として使える」と笑顔を見せます。

さまざまな商品を手に「鬼買いしちゃいました」と片桐。「2万円ぐらいいったと思うんですけど」と思わず笑っていました。

※開館状況は、国立新美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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