「運転席には誰もいない」米アリゾナでロボタクシーに乗ってみた グーグル関連会社が開発、収益見えず撤退する企業も

乗車場所に停止したロボタクシー「ウェイモ・ワン」=11月15日、米アリゾナ州フェニックス(共同)

 「シリコンデザート(砂漠)」と呼ばれ、シリコンバレーに続くIT産業の拠点として注目される米アリゾナ州フェニックスで、中心市街地を走る「ロボタクシー」を体験した。無人の自動運転車による配車サービスで、高齢になり車を運転できなくなっても買い物や病院通いに困らず暮らせる時代は、すぐそこだ。開発競争の激化で業界内の淘汰も始まっている。(共同通信=松尾聡志)

 ▽車寄せには対応せず裏道で乗車

 体験したのはウェイモのサービス「ウェイモ・ワン」だ。IT大手グーグルから分社化した新興企業ウェイモは、競争が激化する自動運転の開発の先頭を走っている企業の一つだ。フェニックス中心市街地での一般客向けサービスを11月10日に開始した。24時間、年中無休で運行する。スマートフォンのアプリで車を呼んで乗り込み、目的地に移動する仕組みだ。一定の条件下でシステムが全ての運転操作を行う「レベル4」に相当する。

目的地までのルートが表示されたロボタクシー「ウェイモ・ワン」のアプリの画面=11月15日、米アリゾナ州フェニックス(共同)

 11月15日午前、ホテルの車寄せでアプリを起動した。アプリ上の地図で、目的地に博物館やコーヒー店のスターバックス、ドラッグストアのCVSなどを指定した。最終目的地は同じホテルで、西へ東へ約25キロの距離を約1時間で周遊するルートにした。アプリの操作は配車サービスのウーバーを呼ぶのと同じ要領だ。
 配車を依頼し、車寄せでさっそうと乗り込むつもりだったが当てが外れ、アプリの案内に従って3分ほど歩いてホテルの裏道に。安全性や技術の精度の問題なのか、現時点ではホテル敷地内や大通りに面した場所での乗り降りには対応していないようで、やや不便だと感じた。
 それでも、屋根の上にセンサーなどの装置が付いた白いスポーツタイプ多目的車(SUV)が自分の前にやって来たときにはわくわく感が止まらなかった。ベース車両は英高級車ブランド、ジャガーの電気自動車(EV)「I―PACE」だ。

 ▽レーザーで300メートル先も検知

 スマートフォンの近距離無線通信「ブルートゥース」機能を使って後部座席のドアの鍵を解除し、乗り込むと「おはようございます、サトシ」と筆者にあいさつする音声が流れた。シートベルトをしてタッチパネルの「乗車開始」のボタンを押すと車が進み始め、大通りに出ると制限速度の時速35マイル(約56キロ)へと加速した。
 ウインカーの音がカチカチと鳴り始め、ハンドルが小刻みに動く。1台、もう1台と他の車が通りすぎるとハンドルが右にくるくると回り、大通りに合流した。あまりに自然な運転技術を目の当たりにしたことで、当初の不安は消え、いつしか運転席に誰もいないのを忘れるほどだった。
 タッチパネルには目的地到着までに要する時間や進路、他の車や歩行者などが表示され、周囲の状況を常時検知しているのが分かった。住宅地を通る際は20マイル以下に速度を落とし、段差の直前ではいったん停止した。駐車場に入ると「停車場所を探しています」との表示が出て、運転が一段と慎重になった。問題や質問がある場合は、ボタンを押せばサポート窓口の担当者につながる。
 ウェイモによると、技術の鍵はレーザー光を使って周囲の状況を見極める「LiDAR(ライダー)」と呼ばれるセンサーだ。屋根の上や左右などに搭載し、それを多くのカメラで補うことで夜間や悪天候下でも最大300メートル先まで捉えられるという。さらに蓄積した膨大な走行データで人工知能(AI)を進化させ、自動運転の精度を高めている。

他の車や進路が表示されたロボタクシー「ウェイモ・ワン」のタッチパネル=11月15日、米アリゾナ州フェニックス(共同)

 ▽緊急停止の車に遭遇、立ち往生か

 乗車体験中に唯一ひやりとしたのが、進行方向をふさぐように車が緊急停止している場面に出くわしたときだ。他の車は交通整理をする警察官の動きをいち早く読み取り車線変更してかわしていったが、ウェイモ・ワンはそのまま直進して数分間、立ち往生の状態になった。警察官がその場を離れ、パネルから人影が消えたところで運転を再開し、事なきを得たが、動画投稿サイトのユーチューブで報告されている過去のトラブルが頭をよぎった。
 約2年前から先行してサービスを展開するフェニックス郊外のイーストバレー地区で、車が工事中を示す三角コーンの前でレーンを遮るように停止したままとなり、遠隔操作でも修正できず最終的にロードサービスの担当者が出動した事案だ。

緊急停止した車の前で数分間、立ち往生の状態となったロボタクシー「ウェイモ・ワン」=11月15日、米アリゾナ州フェニックス(共同)

 ▽チップいらずウーバーよりも割安

 フェニックスの中心市街地はオフィスビルや飲食店が並ぶが、マイカー移動が中心で路上を歩いているのは犬の散歩中の人ぐらい。日本でいうと地方の県庁所在地の郊外のような街並みだ。
 ウェイモ・ワンは現時点でスターバックスのドライブスルーを利用できるような高度な技術には対応していないが、視認性が低下する日没前後も安定した走りだった。約1時間かけて市街地を周遊した際の料金は37・44ドル(約5千円)と、運転手に支払うチップが必要ない分だけウーバーと比べて割安感があった。需要などによって料金が変わる可能性はあるが、競争力は十分ありそうだ。人がハンドルを握るウーバーのように技術やマナーの差が生じることはなく、サービス水準が一定に保たれるのも大きな利点だ。

ショッピングセンター内を進んで目的地のレコード店の前に横付けしたロボタクシー「ウェイモ・ワン」=11月14日、米アリゾナ州フェニックス郊外(共同)

 ▽週末には1時間待ちの人気ぶり

 イーストバレー地区でも乗車を体験したが、ショッピングセンターの大型駐車場内を車の間を縫うように進んで、目的地に設定したレコード店の前に横付けするなど、利便性がより高かった。
 「驚いたでしょう?」。乗車体験を終えてホテルの車寄せでウェイモ・ワンから降りると、フロント係のワグナー・アグイアーさんが笑顔で話しかけてきた。イーストバレー地区では約700台が運行しているとされるが、アグイアーさんによると、週末には呼ぶのに1時間待つこともある人気ぶりだという。
 ウェイモはフェニックスでの昨年来の乗車実績が数万回に上ったとしている。既に、人通りが多く渋滞も頻繁に発生するサンフランシスコで限定的なサービスを始めており、今後はロサンゼルスにも進出する予定だ。

目的地に到着した後、走り去るロボタクシー「ウェイモ・ワン」=11月15日、米アリゾナ州フェニックス(共同)

 ▽都市での自動運転は「月に運ぶより困難」

 米フォード・モーターとドイツのフォルクスワーゲン(VW)は10月26日、両社が出資する自動運転技術の米新興企業アルゴAIの清算を発表した。フォードは2017年に出資した当時、レベル4の技術が早期に普及すると見込んだが、収益確保のめどが立たないのを理由に撤退を決断した。VWは米半導体大手インテル傘下で自動運転技術を開発するイスラエルのモービルアイとの協業拡大へかじを切ると報じられた。モービルアイは今年10月に米ナスダックに上場したばかりだ。
 米アップルからフォードの技術責任者に転じたダグ・フィールド氏は「(建物や道路が)密集した都市部でロボタクシーを走らせるのは、月に人を運ぶより困難だ」と指摘する。自動車大手2社が支援し、開発資金にも余裕があるとみられたアルゴAIの挫折は、業界に衝撃を与えた。
 米著名企業家のイーロン・マスク氏が率いるEV大手テスラの自動運転技術も苦戦が続く。6月に約200人の解雇や拠点の一部閉鎖が報じられ、7月には開発の中心を担ってきたAIの専門家が退社を表明した。
 完全自動運転が可能であるかのような「オートパイロット」の呼称がかねて物議を醸しており、米司法省と米証券取引委員会(SEC)が調査しているとも報じられた。技術の安全性を誇張して消費者や投資家を欺いていないかどうかが焦点になっている。

 ▽IT特需一転でリストラの嵐

 現在、ウェイモの最大の競合相手と目されるのが米ゼネラル・モーターズ(GM)傘下のクルーズだ。11月1日にはロボタクシーのサービス対象をサンフランシスコのほぼ全域に広げた。カイル・フォークト最高経営責任者(CEO)は「ロボタクシーの事業展開が進む企業と、過度な期待がしぼんで現実を直視せざるを得ない企業に二極化してきている」と指摘した。
 新型コロナウイルス禍によるデジタル化の特需が一巡し、IT業界は一転してリストラの嵐が吹き荒れ始めた。ウェイモでさえ、物言う株主で知られる投資ファンドから損失の縮小を迫られている。開発資金などの経営資源が尽きるのが先か、高い収益を稼ぐ事業モデルの確立にこぎ着けるのが先か。業界は岐路に立っている。

© 一般社団法人共同通信社