日本代表が撥ね返され続けた「ベスト8の壁」。4度目の正直に求められる答えの行く先は…?

世界を震撼させた日本代表が、新たな歴史の扉を開く戦いに挑む。次なる相手は、前回大会で準優勝と躍進を果たしたクロアチアだ。日本は過去3度ノックアウトステージ進出するも、いずれもラウンド16で敗退を喫している。なぜ日本代表は「ベスト8の壁」にはね返され続けたのか? そして、新たな景色を見るために必要なことは一体何なのか? 4度目の正直に挑む男たちの言葉をひも解き、その答えを探りたい――。

(文=藤江直人、写真=Getty Images)

日本代表がいまだ乗り越えられぬ「ベスト8の壁」に挑む男たちの言葉

中東カタールを舞台にしたFIFAワールドカップが開幕した直後から日本国内ではやり出し、世界のメディアも注目し始めていたイタリア語が、公の場で世界へ向けて発信された。

2大会連続4度目のノックアウトステージ進出を決めた日本代表が、クロアチア代表とのラウンド16へ向けて臨んだ12月4日の公式会見。ドーハ郊外にあるメインメディアセンター1階の第2カンファレンスルームに、森保一監督と共に登壇したDF長友佑都(FC東京)の声が響きわたった。

「2008年から15年間、日本代表チームでプレーさせてもらってきた中で、自信と誇りを持って歴代最強だといえるチームに育ってきた。なので、明日は必ずクロアチアを破って、みんなで新しい景色を見たい。そして、また大きな声で『ブラボー!』と叫びたい」

ワールドカップ優勝経験のあるドイツ、スペイン両代表をグループステージでともに逆転で撃破。グループEを堂々の1位で突破し、ほぼ無印だった開幕前に比べて注目度も一気に上がっていた日本の公式会見には、国内メディアだけでなく海外メディアも数多く駆けつけていた。

国内外のさまざまな視線が注がれたひな壇で、日本語で「よくやった」や「素晴らしい」を意味するイタリア語の感嘆詞を長友が口にしたのは、ある意味で必然だった。フィールドプレーヤーでは最年長の36歳の言葉を振り返っていくと、会見冒頭におけるこんなフレーズに行き着く。

「これまで日本代表はベスト16の壁を破ったことがない。僕自身も今大会が4度目のワールドカップだが、この壁を乗り越えようと2度挑戦し、ともに悔しい結果に終わっている。今大会は最高の試合と最高の結果を得て、日本サッカーの歴史に黄金の1ページを刻みたい」

ドイツとスペインに勝利した直後に、鬼気迫る表情と口調で「ブラボー!」を連呼。熱過ぎる姿が映像を通じて世界中へ伝えられていた長友は、クロアチアに勝利し、まだ見ぬベスト8以降の世界へ通じる扉をこじ開けた直後に、3度絶叫したいと望んで日本のメディアを笑わせのだ。

「正直、パラグアイやベルギーとの間に大きな差はなかった。でも……」

その長友が言及したように、ワールドカップにおける日本の最高位はベスト16となっている。2002年の日韓共催大会と、長友が出場した2010年の南アフリカ、2018年のロシア両大会だ。

それぞれの大会のラウンド16を振り返れば、日韓共催大会は前半開始早々に許した失点を取り返せないまま、トルコ代表に0対1で屈した。南アフリカ大会はパラグアイ代表と延長戦を含めた120分間を戦っても0対0のまま決着がつかず、突入したPK戦で3-5と敗れた。ロシア大会は後半に入ってベルギー代表から2点のリードを奪いながら、怒涛(どとう)の3連続失点を喫してしまった。

このうち長友と共にパラグアイ戦とベルギー戦に出場。今大会を戦うメンバーにも名を連ねている39歳の大ベテラン、ゴールキーパーの川島永嗣(ストラスブール)は「ベスト8へ進むために、当時の日本に何が足りなかったのか」と問われて次のように答えている。

「正直、パラグアイやベルギーとの間に大きな差はなかったと思うんですね。それでも届かなかった小さな差を埋めるために、選手たち自身としてもそうですし、代表チームとして、そして日本サッカー界として、特にこの4年間はさまざまなものを積み重ねてきたと思っています」

「相手に対策を練られると、どうにもならなくなってしまう」

ロシア大会後に発足した森保ジャパンで、具体的に何が積み重ねられてきたのか。カタール入り後に長友が残した言葉の中に、大きなヒントが隠されていた。長友は「結果論ではあるんですけど」と断りを入れた上で、2014年のブラジル大会に臨んだザックジャパンをこう振り返っている。

「ザックさんのときは先発メンバーをある程度固定して、かなり強いチームに仕上がっていたはずなのに、ワールドカップ本番では結果を出せなかった。当時の僕の経験では、うまくいかないときにチームを立て直す方法を、いくつか用意しておいた方がいいと思うんですよね。それは選手の起用法であり、戦術的な部分を変えることでもある。チームに幅といったものがないと、相手に対策を練られてうまくいかなかった場合に、本当にどうにもならなくなってしまうので」

イタリア人のアルベルト・ザッケローニ監督に率いられた当時の日本代表は、ACミラン所属で28歳になったばかりのMF本田圭佑、インテル所属の長友を中心に歴代最強の呼び声が高かった。

しかし、グループステージ初戦でコートジボワール代表に逆転負けを喫すると、リズムを取り戻せないままギリシャ代表との第2戦でスコアレスドロー。大量得点をあげての勝利が必要だったコロンビア代表との最終戦も1対4と返り討ちに遭い、グループCの最下位で姿を消した。

ザックジャパンの敗因も、ベスト8の壁に阻まれた要因も、根本は同じ

ノックアウトステージ進出にまったく手が届かず、文字通り一敗地にまみれてしまったザックジャパンの敗因が、実は日韓共催、南アフリカ、そしてロシア大会の敗因と一本の線でつながる。

フィリップ・トルシエ監督に率いられた2002年の日本は[3-5-2]以外の戦い方を持ち合わせていなかった。しかも指揮官はトルコとのラウンド16で、柳沢敦と鈴木隆行で固定してきた2トップを西澤明訓と三都主アレサンドロに変更したが、トルコ戦で機能したとは言い難い。

岡田武史監督が2度目のワールドカップの指揮を執った2010年は、不振を脱するために開幕直前の段階でシステムを[4-2-3-1]から[4-1-4-1]へ変更。選手起用も大幅に変えたある意味での賭けがグループステージでは奏功したが、パラグアイ戦では最後までゴールを奪えなかった。

そして、開幕2カ月前にヴァイッド・ハリルホジッチ監督を更迭(こうてつ)。日本サッカー協会の技術委員長から転じた西野朗監督の下で臨んだ2018年のラウンド16では、選手交代を介して日本にかける圧力を一気に増したベルギーに対抗できないまま、悪夢の3連続失点を喫してしまった。

ザックジャパンの敗因として長友が挙げた、行き詰まってしまったチームを蘇生させる方法を、これまでに過去3戦未勝利だったラウンド16でも持ち合わせていなかった跡が伝わってくる。

なぜ森保ジャパンは、変幻自在で柔軟な戦い方が可能なのか

今大会でも日本は機能不全に陥りかけている。ドイツ戦とスペイン戦の前半は攻守両面で相手に圧倒されながら、ハーフタイムを経てまったく別のチームといっていいほどの変貌を遂げた。

ドイツ戦では、選手交代とともにシステムを[4-2-3-1]から[3-4-2-1]へ変更。残された4つの交代枠をすべてアタッカーの投入に使い、後半の75分、83分の連続ゴールを手繰り寄せた。

前半から[3-4-2-1]でスタートしたスペイン戦では、自陣でブロックを形成する戦い方を前線から激しく、なおかつ連動してプレスをかけるそれへスイッチ。体力面も考えて10分間限定で仕掛けた背水の陣のもと、後半から投入されたMF堂安律(フライブルク)とMF三笘薫(ブライトン)の活躍もあって48分、51分の連続ゴールで瞬く間に逆転に成功した。

しかも、再びブロックを敷いた戦いで残り2枚となった交代枠を、ともにけがで先発を回避させていたDF冨安健洋(アーセナル)、ボランチ遠藤航(シュトゥットガルト)の投入に充てた。逃げ切るための選手交代を、森保監督は大好きな野球の「ストッパー」に例えている。

81分に喫した失点を挽回できないまま、0対1で唯一の黒星を喫したコスタリカとの第2戦でも日本は動いている。前半残り5分ほどになった段階で先発させていた選手たちの配置を動かし、システムを[4-2-3-1]から[3-4-2-1]へと変えている。

さらにゲーム形式の練習を積めなかったために実戦への導入は見送られたが、スペイン戦を2日後に控えた非公開練習で[3-5-2]にも着手したと、スペイン戦翌日に森保監督が明かしている。

「僕が対戦する立場だったら、かなり分析しづらいチーム」

柔軟な戦いができる今大会の日本を、長友は「カメレオン」に例えている。

「戦術的にもそうですけど、選手にしても誰がどこのポジションで出てもおかしくないぐらいに充実している。なので僕が対戦する立場だったら、かなり分析しづらいチームだと思うんですよ。例えるならカメレオンのようなチームといいますか、今の日本代表は相手にとってそれだけ戦術が分かりづらく、特徴も捉えづらいチームに仕上がっていると感じています」

アジア地区最終予選の途中で、森保監督は主戦システムを[4-2-3-1]から[4-3-3]へスイッチ。序盤で出遅れたチームを蘇えらせ、7大会連続7度目のワールドカップ出場へ導いた。しかし、90分間の中でシステムを使い分けた試合はほぼ皆無だったといっていい。

「基本的に4バックでチームづくりをしていって、状況に合わせて3バックも使おうと今回のワールドカップへ向けて準備をしてきました。実際に試合へ臨む上で、3バックで戦う選択がグループステージでは必要となり、試合途中から変えるとか、スタートから3バックで戦ってきました」

スペイン戦の翌日に急きょ実施されたメディア対応で、森保監督はワールドカップ出場権を手にした3月以降で進めてきた戦略をこう明かしている。さらに、長友が「カメレオン」に例えたチームに変貌を遂げられた理由を、選手個々のレベルアップに帰結させている。

「多くの選択肢を持てるのは、簡単なようで実はそうではない。まずはいい選手たちがいてくれて、柔軟に対応してくれているのが監督としてありがたい。組織力で戦えるのは間違いなく日本のよさですけど、そこへ1対1の局面で勝っていけるような選手たちの力強い個が加わり、さらに数的優位をつくり出せる連携および連動もあって、組織力そのものもさらに強くなっている」

「プレミアリーグでプレーしているので、その日常を出せたのかな」

スペイン戦の後半途中からピッチに立った冨安は右ウイングバックとして、直前に左サイドバックに投入されていた名手ジョルディ・アルバを封じる仕事を託された。果たして、アルバに仕事をさせなかった試合後には、世界最高峰のリーグでプレーしているプライドをにじませている。

「プレミアリーグでプレーしているので、その日常を出せたのかなと思っています」

冨安の言葉通りに、日常から厳しい環境に身を置くヨーロッパ組の濃密な経験が代表のアベレージをも大きく引き上げた。今大会の代表メンバー26人のうちヨーロッパ組は19人。73.1%に達した占有率は、前回ロシア大会の65.2%、前々回のブラジル大会の52.2%を上回っている。

代表メンバーの中にはFW上田綺世が今夏、リスクを覚悟の上で鹿島アントラーズからベルギーのサークル・ブルッヘへ移籍した。自身のキャリアを見据え、少しでも個の力を上げられる環境を求める決断も、川島が言及した「さまざまなものの積み重ね」の一つになる。

長友によれば、試合中のシステム変更や左ウイングバックに三笘、右のそれに伊東純也(ランス)と攻撃的な選手を配置する、実のところはほぼぶっつけ本番だった布陣への変化を指示されても、実際にプレーする選手たちは「違和感なく受け入れられた」という。

「決して秘策でもないし、大胆な采配でもない」。指揮官の言葉

ラウンド16で敗れた過去の3大会では持ち合わせていなかった武器をフル稼働させ、結果としてドイツ、スペインを相手に立て続けに大番狂わせを演じた今大会。世界を驚かせるダークホースになっても、森保監督は「決して秘策でもないし、大胆な采配でもない」と言う。

「対戦相手とのかみ合わせの中で、どのようなメンバー編成をして、どのようなゲームプランを立てればいいのか、というところで選手たちが素晴らしい個の能力を見せてくれている。交代を含めた策が当たったかどうかは、みなさんに自由に見ていただいた上で批評していただければ」

話をクロアチア戦前日の公式会見に戻せば、長友はロシア大会の最後の一戦となったベルギー戦を「忘れたことはない。ずっと自分の心の中にあるし、ふとした瞬間に最後のカウンターが何度も頭をよぎった」と位置づけ、その後の4年あまりをこう語っている。

「僕自身も選手個々のレベルが上がっていると感じている。森保監督がこの4年間でたくさんの選手を使って、育ててきた結果が総合力の高さにつながっている。今は誰が出ても同じようなレベルで戦いができているし、その強みはこの4年間で自分たちが得てきたものだと感じている」

ベルギー戦が行われた地名から「ロストフの14秒」と呼ばれる黒星を再出発点として、森保ジャパンでは試行錯誤(さくご)が積み重ねられてきた。その過程で搭載された「カメレオン力」が、悲願のベスト8進出を成就させるレベルへチームを昇華させたのかどうか。答えは間もなく弾き出される。

<了>

© 株式会社 REAL SPORTS