農研機構 西日本農業研究センター 市民講座 ~ 福山にこんな研究所があったの?先端研究をわかりやすく!

2022年11月15日(火)、福山市霞町にある まなびの館ローズコム4階大会議室にて、農研機構 西日本農業研究センター(以下、西農研)の市民講座が開かれました。

西農研で行われている先端研究を市民にわかりやすく届けるため、平成24年度から開いていた「サイエンスカフェ」。

今回は、より多くの人に来てもらえる会場に変えて行われました。

最近注目が高まっている「生物多様性」をテーマにした、今回の講座のようすをレポートします。

西農研とは?

農研機構は、基礎から応用まで幅広い分野で研究開発をおこなっている農業と食品産業の研究開発機関

おいしいブドウとして名高い「シャインマスカット」も、農研機構が開発したものです。

全国に研究拠点がありますが、そのうち西農研は近畿、中四国地域の農業に関する研究開発に取り組んでおり、福山市西深津町、香川県善通寺市、島根県太田市の3つの研究拠点があります。

麦や米、大豆などの品種改良もおこなっており、会場で配布された麦茶の原料にも、西農研で開発した大麦品種「イチバンボシ」が使われていました。

農研機構をさらに詳しく知りたい人は、ぜひ以下のリンクから「農研機構秋のオンライン一般公開2022」のタイムシフト再生を見てください。

西農研は1時間52分55秒から、水田用の高能率除草機を紹介しています。

第一部 サイエンストーク

市民講座の第一部では、生物多様性に関する3つの話が紹介されました。

FMふくやまでパーソナリティを務めている金輪容子(かなわ ようこ)さんの進行で、講座が始まります。

以前、番組のなかで西農研の研究内容を紹介するコーナーも担当されていたそうです。

生物多様性と農業の深ーい関係

最初の講演をしたのは、中山間営農研究領域の楠本良延(くすもと よしのぶ)さんです。

生物多様性とは『地球全体にたくさんの生物がいること』。私たち人間は生物からたくさんの恵みをもらっています」

と聴衆に語りかけ、講座が始まりました。

現在、地球上には175万種の生物が知られており、私たちは食べ物・空気・水・薬・エネルギーなどの分野で生物たちが持つさまざまな特徴を利用しています。

生物と人間の関係について、驚かされる話もありました。

かつて森林資源や水産資源に恵まれていた島が、イースター島です。

島に入ってきた人間はこの自然資源を活用して独自の文明を発達させましたが、人口が増えて森林の伐採が大きく進んだ結果、動物たちが急速に減り、鳥たちも絶滅。

食料がなくなって集落間で争いが始まり、人口は急減、文明が崩壊したのだそうです。

私たちはこの歴史から学ばなければならない、と感じました。

ところで「自然」には2種類あることを知っていますか。

ひとつは「原生自然」、つまり人間の影響を受けていない自然で、やんばるの森、尾瀬ヶ原、白神山地などにごくわずか残っています。

もうひとつは「二次的自然」で、農業などの人間活動によって作られる自然です。

農村には草地、雑木林、田んぼ、ため池、水路などさまざまな自然環境があり、それぞれの環境でさまざまな生物が暮らしています。

そのうち、この100年ほどの間にもっとも減った自然環境は「草原」なのだとか。

その影響で草原に特有の植物、たとえば秋の七草として知られるフジバカマ、カワラナデシコ、キキョウなどは野生のものがほぼ失われ、絶滅の危機に瀕(ひん)しているのだと、楠本さんは静かに語りました。

続いて紹介されたのは、農業が生物多様性を育んでいる2つの事例です。

ひとつは「世界農業遺産」として認定されている静岡の茶草場、もうひとつはヴィンヤード(ワインを造るブドウの農場)。

「世界農業遺産」は、地球環境を生かした伝統的農法や、生物多様性の保たれる土地利用システムを世界に残す目的で認定されるものです。

日本では阿蘇の草原と、静岡の茶草場が認定されています。

このうち、静岡の茶草場の登録については農研機構の研究が大きく関わっている、と楠本さん。

静岡で行われている伝統的な農法が、茶園の畝間(うねま)に刈ったススキなどを敷く「茶草農法」です。

さまざまな生物が暮らす茶草場でできたお茶は、味が良くなるのだとか。

飲んでみたいですね。

また、ヴィンヤードでは、ブドウを垣根仕立てで栽培し、斜面の土壌流出を防ぐ目的で草を生やしているため草原が維持されています。

ヴィンヤード(写真ACより)

このヴィンヤードには、草原から追いやられていた生物が戻ってきているのだそうです。

農業のやり方によって生物多様性を保つのは、その土地の個性がワインの個性になるとするテロワールの考え方にもつながります。

テロワール(terroir)」はフランス語のterre(地球、土地)から派生した言葉で、「風土の、土地の個性の」という意味です。

ワインの世界でよく使われ、気候条件、土壌、地形、標高など、ブドウ畑を取り巻く自然環境のすべてを指します。

静岡の茶草場とヴィンヤード、どちらの事例でも、秋の七草など豊かな生物多様性が確認されたというのはうれしい話でした。

生物多様性をアピールすることは企業のブランドにもなり、商品の付加価値を高めます。

消費者はお茶やワインを買うことで自然を保護している企業の応援ができ、生物多様性と人間の暮らしを守っていくことができるのです。

農村の生物多様性や文化を将来に残すために大切なものは、農業をしている人、そして地元の農作物を食べて応援してくれる消費者だと強く感じさせられた講演でした。

むし・ムシ・虫・蟲 昨日の敵は今日の味方

続いては、研究推進部の三浦一芸(みうら かずき)さんによる、環境にやさしい害虫防除方法をテーマにした話です。

地球上の生物のうち、もっとも種類が多いのが「むし」で、昆虫だけでも100万種以上がいます。

ムカデやクモなど6本足以外のものも含めると、さらに多くのむしがいるのです。

最近注目されている「昆虫食」の話もありました。

コオロギ(写真ACより)

牛とコオロギを比べると、コオロギのほうがたんぱくの含有率が高く、育てる餌や水も少なくて済むそうです。

筆者は無印良品の「コオロギせんべい」や「コオロギチョコ」を買って食べたことがありますが、粉末にされたコオロギが練り込まれ、エビに近い風味でおいしいと感じました。

さて、ここから本題の、環境にやさしい害虫防除方法の話に入りましょう。

作物につく害虫は厄介な存在で、そこで使われるのが化学農薬です。

もちろん、化学農薬の登録や販売に関してはしっかりとリスク管理がされていて、安全性に配慮された使い方がされていますが、データで客観的に示される「安全」だけではなく、主観的な「安心」を求める声もあります。

そこで三浦さんたちは、害虫の天敵を用いた「生物的防除」の研究開発に取り組みました。

作物につくアブラムシを食べてくれるのが「ナミテントウ」です。

しかし、露地栽培の畑にいくらテントウムシを放っても、飛んで行ってしまうためその畑にずっといてはくれません。

けれども、もし飛ばないテントウムシがいれば、天敵として利用しやすくなるはずです。

西農研では、福山市内でナミテントウを採集し、飛ぶ力が弱い個体を選抜しました。

そこから交配を繰り返して作り出したのが「飛ばないテントウムシ」です。

飛ばないテントウムシは現在、生物農薬として登録され、商品として販売されています。

テントウムシのなかにも「飛ぶのが得意」「あまり飛ぶのが得意ではない」という多様性があったから、このような研究成果につながったのですね。

生物も人も、多様性が大切だと感じました。

雑草のはなし 植物の名前を知って覚えよう!雑草も!

次は、中山間営農研究領域の伏見昭秀(ふしみ あきひで)さんの「雑草のはなし」です。

雑草とはなんでしょうか。

そもそも原生自然のなかでは、雑草という概念すらないそうです。

二次的自然のなかで人間活動にとって「邪魔なもの」「大変なもの」、つまり自然と作物の間にある植物が雑草と呼ばれていますが、雑草の定義は時代によっても変わります。

たとえば、かつて家畜の餌(えさ)になっていたセイバンモロコシやチカラシバは、農業の変化によって1960年代に馬草から雑草になったそうです。

「雑草は人間の歴史に密接に関わってきた」と情熱的に語る伏見さんから、雑草も大切な遺伝資源なのだと伝わってきました。

また、植物の分類方法はこの30年で見た目の分類から、DNA解析による分類へと変わってきたそうです。

たとえば、イロハモミジはかつてカエデ科に分類されていましたが現在の分類ではムクロジ科に、春に花をつけるオオイヌノフグリも、ゴマノハグサ科からオオバコ科に。

分類上の種(しゅ)を意味するspecies(スピーシーズ)の語源はsee(見る)で、観察することが分類の始まりだと、伏見さんは語りました。

植物の見分け方のポイントやルーペの使い方の解説もあり、身近な雑草に興味がわいてくる講演でした。

身近な雑草の名前を覚えることが、生物多様性の世界を楽しむ第一歩となりそうです。

第二部 もち麦をおいしく食べよう♪

第二部はもち麦についてのミニトークが開催され、「キラリモチ」やもち麦の特徴が紹介されました。

キラリモチ(写真ACより)

西農研で育成し、2012年に品種登録されたもち麦が「キラリモチ」です。

もち麦は、もちもちプチプチとした食感が特徴で、さっと茹でてスープに加えたり、お米と一緒に炊いたりするのが基本的な食べ方。

水溶性食物繊維のβ(ベータ)-グルカンを多く含み、腸内細菌の働きを助ける健康機能性が注目されています。

今回は、このもち麦を使った2つのレシピが動画で紹介されました。

巻きすいらずのキンパ」と「体ぽかぽか鶏団子スープ」です。

レシピを考案したのはフードクリエイターの平川広代(ひらかわ ひろよ)さん。

「料理家momo」の名前でYouTubeでも活躍中です。

詳しくは次のリンクから、動画を見てください。

参加者にはお土産として、平川さん考案のもち麦を使ったシフォンケーキが配られました。

生地にもち麦を混ぜ込んでいて、ナッツのような食感が楽しめるケーキです。

具材としてもち麦を使うと自然に噛むことになり、他の材料の味もしっかりと味わえました。

キラリモチはスーパーマーケットや産直コーナーにも並んでいます。

国産もち麦を見つけたら、ぜひ品種名を確かめてみてください。

生物多様性が豊かさにつながる

西農研のさまざまな研究を、一般向きにわかりやすく伝える市民講座。

今回は主催者側をのぞいて64名の市民が参加し、生物多様性についての講座を楽しみました。

多くの生物がいることは、自然の豊かさを表しています。

農業を守ることが自然環境を守り、人間生活の豊かさにもつながっていくのだとあらためて感じました。

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