新しい景色は

 今年の5月に亡くなったサッカーの世界的名将、イビチャ・オシム氏はもつれた試合の決着をつける「PK戦」を「くじ引きみたいなものだ」と嫌った▲だから5人のキッカーを指名すると、自分はそそくさとロッカールームに引っ込んでしまう。〈私は自分の仕事を全てやり終えた。toto(サッカーくじ)は結果を知るだけで十分〉-木村元彦著「オシムの言葉」(文春文庫)から▲日本のサッカーとも縁の深いオシムさん、昨日は結末を見届けていただろうか。延長戦を含めて120分間の激闘の末、非情な“くじ引き”は逆の目が出て、日本代表のカタールW杯は戦いに幕が下りた▲4月に1次リーグの組分けが決まった瞬間、始まってもいないうちから「終わった」と考えたファンは決して少なくなかっただろう。勝負事に「絶対」がないこと、スポーツが統計や算数ではないことを森保一監督と吉田麻也主将ら選手たちは証明してくれた▲「新しい景色」-悲願のベスト8進出は果たせなかった。だが、今大会の戦いぶりは世界に鮮烈な印象を刻んだはずだ。日本サッカー史の「ドーハ」はもう悲劇の場所ではない▲ドイツとスペインを負かした日本の私たちは、少し欲張りになった。だから悔しい。それでも最高に楽しい興奮と熱狂の2週間だった。(智)


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