2年連続世界一に輝く豪華寝台列車「ななつ星」を割安に“疑似体験”できる列車とは?  「鉄道なにコレ!?」第36回

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」。出発時にクルーが手を振ってくれた=2020年3月1日、佐賀県鳥栖市の鳥栖駅(筆者撮影)

 九州を周遊するJR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」が、米有力旅行誌「コンデナスト・トラベラー」の2022年の読者投票で列車部門の首位に2年連続で選ばれた。世界最高峰の列車に足を踏み入れたいものの、1人当たり最低でも65万円の料金に恐れおののいて予約できずにいるのは筆者だけではないだろう。そこで、より割安な料金でななつ星に乗ったかのような高揚感を“疑似体験”できる列車を探った。(共同通信=大塚圭一郎)

 【ななつ星in九州】JR九州が2013年10月に運行を始めた豪華寝台列車。機関車が引く7両の客車で構成し、約30億円を投じた。客車の車内は木材を多用しており、佐賀県の有田焼の洗面鉢(ばち)や福岡県の大川組子といった九州の伝統工芸品で装飾。博多駅(福岡市)を発着して九州の名所を巡る3泊4日と1泊2日のコースを設け、22年10月~23年3月出発分の料金は1人当たり65万~170万円。初めての客車改装で新設した本格的な茶室やバー、乗客同士が交流できるサロンカー「木星」を新設し、22年10月に運用を始めた。

 ▽ベッド以外で条件が当てはまるのは

 コンデナスト誌は、ななつ星を「ベッドから洗面台、木工品、食器に至るまで日本の職人による手作りで、サービスも行き届いている」と評価している。うちベッドはないものの、それ以外の条件が当てはまると受け止められるのが、ななつ星をデザインした水戸岡鋭治氏が手がけたJR九州の「或る列車」だ。
 旧日本国有鉄道(国鉄)時代に製造されたディーゼル車両キハ47を約6億円かけて改造した外観は金色に装飾され、「走るベルサイユ宮殿」とも評価される豪華さだ。

水戸岡鋭治氏(左)とJR九州の青柳俊彦会長(撮影当時は社長)=2020年1月29日、北九州市(筆者撮影)

 モデルとなったのはJR九州の前身の九州鉄道が明治39(1906)年に米国の鉄道車両などを製造していた旧ブリルに発注した客車。九州鉄道が国有化され、ほとんど営業運転されなかったため“幻”の豪華客車とも言われる。
 1号車はメープル材を使ったいすが並び、通路側に街頭のようなポールを設けたついたてで仕切っている。この雰囲気がななつ星の1号車にあるラウンジカー「ブルームーン」に似ており、アーチ状になった開放感のある天井も共通している。弧を描くような形をしたバーカウンターを併設し、木製の細密な紋様にした大川組子を壁面にあしらったのも同じだ。
 或る列車も、ななつ星と同様に九州の食材を生かしたこだわりの料理を楽しめる。コース料理を演出したのはグルメ本「ミシュランガイド」東京編の2022年版で二つ星に輝いた東京・南青山のレストラン「NARISAWA」のオーナーシェフ、成澤由浩氏だ。
 博多と有名温泉地にある由布院(大分県由布市)を結んでおり、1人当たりの料金は片道2万9千~4万1千円と決して安くはない。だが、ななつ星を想起させる高級感あふれる車内空間で、予約を取りにくい人気レストランの流れをくんだぜいたくな料理との“マリアージュ”を堪能できる価値は大きい。

JR九州の「或る列車」の車内=2020年7月15日、福岡市の博多駅(筆者撮影)

 ▽デジャブ?

 10月に供用が始まった改装後のななつ星で目玉の一つとなったのが、水戸岡氏が「お客様が同時に一室に集まって歓談する今までにない豊かなコミュニケーションが生まれるような舞台」と胸を張った2号車のサロンカー「木星」だ。
 この内装を眺めてデジャブ(既視感)を覚えたのは、博多駅を発着して5日間かけて輪を描くように九州7県全てを巡るJR九州の観光列車「36ぷらす3」の4号車「マルチカー」と似ているからだ。水戸岡氏のデザインということもあり、窓に障子を設けたり、アーチ状の天井部分に照明を組み込んだりしたとななつ星の共通性が垣間見える。

JR九州の「36ぷらす3」=2020年10月10日、宮崎市(筆者撮影)

 武雄温泉(佐賀県武雄市)―長崎間で9月23日に部分開業した西九州新幹線「かもめ」と接続し、博多―武雄温泉間を結ぶ「リレーかもめ」の一部列車などに運用されている特急用電車787系を改造。定員の105席全てが個室を含めてグリーン車だが、行程を1日または一部区間だけ買うこともできる“ばら売り”にすることで敷居を下げている。
 食事付きのプランは1日当たり1人1万2600~2万7700円。乗るだけならば最も安い長崎県佐世保市内の佐世保から早岐まで大人4030円だが、わずか11分なのでもう少し長い区間のご乗車をお薦めしたい。

JR九州の「36ぷらす3」の4号車「マルチカー」=2020年10月10日、宮崎県延岡市(筆者撮影)

 ▽最高410円で「ななつ星の半分のテイスト」

 「ななつ星の半分以上のテイストが実は入っており、ななつ星にはない障子のブラインドまであるのに片道最高410円の運賃で乗れる」。和歌山電鉄の小嶋光信社長はインタビューの際、和歌山県の名産品の梅干しをモチーフにした「うめ星電車」のお得感を強調して笑った。デザインしたのは水戸岡氏で、電車名を「梅干し」ではなく「うめ星」と表記しているところにも“本家”への対抗心がにじみ出る。全区間乗っても運賃は大人410円なので、ななつ星の最高料金(170万円)のわずか0・02%だ。
 うめ星電車が走るのは和歌山―貴志(和歌山県紀の川市)間の和歌山電鉄貴志川線(14・3キロ)。関西私鉄大手、南海電気鉄道が年間約5億円もの赤字の解消は“難解”としてさじを投げて廃線寸前まで追い込まれたが、地元の存続要望を受けて小嶋氏が率いる両備グループが2006年4月に引き継いだ。貴志駅の駅長(その後「スーパー駅長」)に起用した三毛猫「たま」(2015年死去)がブームを呼んで国内外から観光客が押し寄せ、利用者数が急増したのはローカル線活性化の見本となった。

和歌山電鉄の「うめ星電車」の車内=2017年5月13日、和歌山市(筆者撮影)

 和歌山県の梅生産手法(みなべ・田辺の梅システム)の世界農業遺産認定を記念して16年に登場したうめ星電車は、南海から譲り受けた旧型車両2270系を改造。窓に沿ってふかふかの座面にした長いすを並べ、床にフローリングを敷き詰め、窓に大川組子のフレームをあしらった豪華空間はななつ星の向こうを張ると言っても過言ではあるまい。
 ただ、壁と手すりを留めているのは通常の十字穴ねじで、車内で使う全てのねじを星形模様の穴の特注品にしたななつ星のこだわりには一歩及ばない。ななつ星は「クルーが細かい気配りの接客をしてくれる」(乗車した人の体験談)のに対し、ワンマン運転のうめ星電車で走行中に観光案内をしてもらうことは望めない。
 名前に「星」を採り入れた列車には、佐賀県と長崎県で22年9月23日に運行を始めたJR九州の観光列車「ふたつ星4047」がある。比較的手頃な切符を買って乗り込み、「いつかはクラウン」ならぬ「いつかはななつ星」と星に願いを込めながら共通点を探る旅も面白いかもしれない。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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