特殊詐欺被害、なぜ私が 詫び状は答えず、全額弁済でもわだかまり

キャッシュカードをだまし取った男からの手紙を広げる今中さん(画像の一部を修整しています)

 広島県西部の今中明美さん(65)=仮名=が、たんすから取り出した便箋2枚をテーブルに広げ、見せてくれた。自身からキャッシュカードをだまし取り、逮捕された「受け子」の男から今夏に届いた手紙だ。こうあった。

 「騙(だま)し取った三百万円はキッチリお返したいと思います。罪を償い、これからは二度とこのような犯罪をしない事を約束します」(原文まま)

 今中さんは問いかける。「おれおれ詐欺は知ってましたよ。でもお金持ちが狙われるもんだと思っていた。何で貧乏人の私なんですか」。脱字が交じる短い文章に、その答えは記されていない。

 6年ほど前、借家で同居していた弟を病気で亡くした。以来、1人暮らし。会社勤めだった弟の存在は家計の面でも大きかったという。

 夜勤を含む週3、4回のパートで得た収入と年金を頼りに、切り詰めた生活を送る。月々の家賃や光熱費などの出費が入りを上回ることもあり、貯金を取り崩しながらやりくりしてきた。「趣味にお金や時間を使う余裕なんかない。うちでテレビを見るくらいですよ」

 被害に遭ったのは約7カ月前の祝日だった。その日も出勤前に家で過ごしていた。

 警察官を名乗る男から電話で「不正に現金が引き出されている。キャッシュカードを用意して」と告げられた。そのさなかに若い男が玄関をノックした。カード3枚を手渡すと、男ははさみで切り込みを入れるそぶりを見せ、茶封筒に入れて持ち去った。ほとんど言葉は交わさなかった。

 数日後、約束の書類が自宅に届かないため銀行に確認したところ、既に二つの口座から計300万円が引き出されていた。生活費の当てだった貯蓄を一瞬にして食われた。「人を疑うことがないですから。つらかったですよ」

 しばらくして県外の警察から電話があり、カードを持ち帰った男が逮捕されたと伝えられた。犯行を繰り返していたらしい。届いたのが冒頭の反省文だ。

 裁判が近かったのか、男側からのアプローチは続いた。男の母親から届いた手書きの文面には「もう一度息子と向き合い、一からやり直したい」とあった。

 男の弁護人は「親が弁済をしたいと言っている」と現金150万円を持参してきた。お金が返ってくるならと「厳罰を求めない」とする示談書に押印した。残る150万円は金融機関の保険で弁済され、金銭的な損失は消えた。弁護人からは「迷惑料」として2万5千円も受け取った。

 それでもぶつけようのない怒りや疑問が胸に残る。男について聞いたのは、アルバイト感覚で加担していたことくらいだ。どうやって住所や名前を調べ、標的に選んだのか。罪悪感を抱いているのか。

 手続き上、「許す」ことになった男への思いは―。記者の質問にかぶせるように、今中さんは言葉を並べた。「思い出すとただ不愉快になるだけなので。いまさら何もない。もう忘れたい」

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