福井県出身の映画監督、吉田喜重さん死去 89歳、松竹ヌーベルバーグの旗手

福井県福井市内でのイベントで幼少期や福井空襲の体験を語る吉田喜重監督=2014年10月、同市内の映画館

 「松竹ヌーベルバーグ」の旗手として国内外で活躍した映画監督の吉田喜重(よしだ・よししげ)さんが12月8日午前8時33分、肺炎のため東京都渋谷区の病院で死去した。89歳。福井県福井市出身。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は妻の俳優岡田茉莉子(おかだ・まりこ)さん。

 1955年東京大学仏文学科卒業後、松竹大船撮影所に助監督として入社。木下恵介監督らに師事し、60年に映画「ろくでなし」で監督デビュー。「秋津温泉」「日本脱出」などを手がけ、先鋭的な作品で大島渚監督、篠田正浩監督らとともに「松竹ヌーベルバーグ」と呼ばれて注目を集めた。

 64年、岡田さんと結婚。松竹退社後、66年に現代映画社を設立、「エロス+虐殺」「戒厳令」などの作品のほかテレビドキュメンタリーも数多く制作した。

 「人間の約束」(86年)で芸術選奨文部大臣賞を受賞。「鏡の女たち」が2002年のカンヌ国際映画祭で特別招待作品に選ばれた。

 1990年にフランス・リヨンのオペラ座で「蝶々夫人」の演出を担当するなど文化交流に貢献したとして、2003年フランス政府から芸術文芸勲章オフィシエ章を受けた。各国の映画祭で特集上映が行われるなど、海外で高く評価された。

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