キリバス:浸食される土地、食料不安、病気のリスク… 人びとの命を脅かす気候変動

自宅の前で以前の様子を説明する、キリバスの住民タバイナさん。多くの人が海面上昇の影響を受けている Ⓒ MSF/Joanne Lillie
Ⓒ MSF/Joanne Lillie

太平洋中部に位置するキリバス共和国(以下、キリバス)。33の島々からなるこの国は、地球上で最も気候変動の影響を受けやすい場所の一つだ。島に暮らす人びとは既にさまざまな影響を受け、健康上のリスクにさらされている。 「キリバスは、ハンセン病や結核、糖尿病などが人口に対して世界で最も多く確認されている国です。それでも、人びとの基礎医療へのアクセスは最低水準にとどまっています」。国境なき医師団(MSF)のキリバス担当医療コーディネーター、アリソン・ジョーンズはそう話す。 MSFは、今年10月からキリバスで医療・人道援助活動を開始。美しく、魅力的な太平洋の島国で、いま何が起きているのか──。

浸食される土地… 食料事情に打撃

キリバスは国土の総面積が811平方キロメートルと小さく、首都タラワでも、最も高い場所で海抜は3メートルだ。そのため、特に海面上昇の影響を受けやすく、2016年の時点で既に多くの人がその直接的な影響を受けている。

海岸の浸食の跡はいたるところにある。ピクニックの名所やかつてビーチがあった場所には、根こそぎ倒れた木々が横たわり、満月の満潮時には土手道を越えて波が押し寄せ、家屋を浸水させてしまうことも。浸食とともに、地下水源や土壌の塩害、気温の上昇が起こり、キングタイド(極端に大きな潮の満ち引き)や干ばつも増加している。

清潔な水も不足している。タラワでは井戸水は枯渇している上、海水や排泄物、家畜の飼育などで汚染されている Ⓒ MSF/Joanne Lillie

農業への影響も深刻だ。キリバスでは、特に離島の人びとは自給自足の暮らしを営んでいるが、近年その数は減少している。また、過剰な人口増加と気候変動は漁業にも影響を与え、沿岸漁業は近い将来、需要を満たせなくなる可能性が高い。キリバス全体で増大する国内需要を維持するためには、2030年までに今より50%以上の食料が必要になると予測されている。

ライフスタイルの変化も

食料不安の原因は異常気象だけではなく、ライフスタイルの変化も大きい。多くの若者は、伝統的な方法で食料を生産したり調理をしなくなり、便利な輸入食品を好むようになった。魚やババイ(タロイモ)、パンノキやココナッツなどの伝統的な食生活からの移行は、人びとの健康に影響をおよぼしている。今では多くの人が白米を主食にし、輸入された甘い飲み物や缶詰、加工食品に頼っている。

輸入された加工食品や缶詰が並ぶ、タラワの一般的な食料品店 Ⓒ MSF/Joanne Lillie

新鮮な農産物を手に入れることも難しく、かぼちゃは13キリバス・ドル(約1178円)、スイカは20キリバス・ドル(約1840円)にもなる。最低賃金が時給2キリバス・ドル(約184円)であることを考えると、人びとが新鮮な食べ物を手に入れることは難しい。ほとんどの住民が、推奨されている量の果物や野菜を摂取できないのも当然だろう。

キリバスでは男性の38%、女性の54%が肥満で、5歳未満の子どもでは25%が低体重と推定されている。また、全人口の住民の70%を占める18〜69歳の成人は、非感染性疾患の危険因子のうち3つ以上を持っている。

かぼちゃが並ぶ市場。ほとんどの人が果物を食べるのは1週間に1回以下だ Ⓒ MSF/Joanne Lillie

気候の危機は、健康の危機

人間の健康は、環境の健全さと持続可能性に大きく影響される。「島」という制約のある空間で暮らす人びとにとってはなおさらだ。 太平洋地域の死因の75%は非感染性疾患によるもので、キリバスにおいても健康問題の主要な原因だ。糖尿病の割合も高く、45~69歳の女性では44%以上となる。栄養バランスの悪い食事に加え、高血圧や運動不足、喫煙の影響も大きい。
「キリバスでは、プラネタリーヘルス(地球の健康)と非感染性疾患、この二つの問題が発生しています。これは他の場所では見られないものです」 MSFで熱帯病とプラネタリーヘルスを担当するラクラン・マクアイバー医師はそう述べ、この小さな島国を、気候変動の具体的な影響をいち早く受け、世界に警告を発する「気候変動の炭鉱のカナリア」と呼んでいる。

影響は妊産婦と赤ちゃんにも

MSFが支援する病院で新生児を抱くサンドラⒸ MSF/Manja Leban

MSFは現在、ギルバート諸島南部のタビテウエア・ノースを拠点とし、妊産婦の糖尿病と高血圧の対応の改善に取り組んでいる。 「妊婦の糖尿病は、お母さんと赤ちゃんにとってリスクが高いため、特に注意が必要です」と、キリバスのプロジェクトで医療顧問を務める、助産師のサンドラ・セドルマイヤー・ワタラは話す。 また、基礎医療を提供するクリニックでは、一般的な妊産婦ケアの改善に加え、糖尿病や高血圧の早期発見にも重点を置き、南キリバス病院では分娩や新生児ケアも支援。「活動を長期的に持続可能なものにするため、医療従事者へのトレーニングも大切です」とサンドラは話した。

気候変動が環境や人びとに与える影響を検証した最新の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の報告書では、「気候変動の影響を最も強く受けるのは、それに対応することが最も難しい立場に置かれた人びとや生態系である」と指摘されている。キリバスの状況は、気候変動がもたらす最も過酷で現実的な影響を、私たちに示している。

キリバスでのMSFの活動

MSFは2022年10月からキリバスで医療・人道援助活動を開始。小児科医、助産師、医師のチームが、妊産婦と新生児の健康状態の改善のため、現地の保健省を支援している。タビテウエア・ノースとタラワでは、医師や看護師らを対象にトレーニングやケースマネジメントを実施。生後24時間の新生児ケアの向上に取り組んでいる。 また、タビテウエア・ノース病院では、他の病院との間の患者紹介や手術に対応できるインフラ整備を進めるため、再生可能エネルギーや清潔な水の供給、廃棄物管理などの支援を行う予定。

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