政府が今後5年で1兆円を投じる方針を打ち出し注目を集めている「リスキリング」。
そもそも、リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」(出展:リクルートワークス研究所「世界が急ぐリスキリング、日本はどう追うべきか」2021年1月)だと言います。
リスキリングでは、業務外に時間をかけてスキルアップに取り組むなど学習環境を用意する以外にも、派遣を最初のステップとして異業種・異職種の仕事にチャレンジするのも選択肢の一つです。技術者派遣をおこなうスタッフサービス・エンジニアリングを利用し、未経験から成長産業のITエンジニアへ転身した実例を交えて紹介します。
コロナ禍で変わる労働市場
リスキリングが注目を集める背景には、「コロナ禍で急激に進んだDX化等を支えるIT業界の構造的な人材不足がさらに深刻化している」ことや、「働く個人のキャリア観の変化」などが挙げられます。特に後者は、リクルートの調査によるとコロナ禍を経て約6割が自身の将来のキャリアについて見つめなおしたと回答しており、「やりがい」や「やりたいこと」を重視する傾向にあります。そのため経験がなくても、成長産業や新たなスキルが身につけられる異業種や異職種へのキャリアチェンジに関心が高まっているのです。
筆者が就職・キャリア支援を行うITエンジニア派遣の領域でも、働く場所や時間の自由度が高いこの業界を希望する登録者は増えており、時給単価が高いエンジニアの人気も更に上昇。こうした傾向は以前からありましたが、コロナ禍以降その動きが顕著です。
実務経験ゼロでも働きながら学べる−−リスキリングの選択肢としての派遣
時給単価が高いなど、キャリアチェンジを考える人にとって魅力的な条件が多いIT系職種ですが、全くの未経験から転職することにはハードルもあります。企業の中には、人手不足でゼロから教える余裕がない場合もあります。だからといって、個人が転職する前に知識やスキルを自力で身につけようとすれば、それなりの時間と費用がかかります。
そこで紹介したいのが、派遣エンジニアとして働きながら学ぶという選択肢です。
近年はITの仕事と一口に言っても実際の業務内容や求められるスキルは広がりつつあります。例えば、ノーコード・ローコードでアプリケーション開発ができるツールを活用して社内の業務改善を行う部署など、基礎的なOAスキル+αで実務を開始できる仕事もあります。また、ヘルプデスクなどサービス業や営業職などで当たり前に培われてきた対人スキルを活かしてはじめられる仕事も。このように派遣会社を利用することで、一人ひとりのスキルや経験にあわせ、企業からの多種多様な仕事のニーズをコーディネートしてくれるので、未経験ながらも過去の経験が活きる仕事からはじめ、経験を積めるようにキャリアステップを描くことが可能です。
また、派遣の実務経験をステップに就業先の企業の社員に転換する事例も多くあります。スタッフサービス・エンジニアリングでは、2012年以降に約3,000人が就業先と本人の合意のもと、就業先の直接雇用に切り替わっています。派遣期間で経験を積み、スキルを高めることで、ITエンジニアとして就業先企業の社員へとキャリアを拡げ、その後の年収アップにつながるケースもあるのです。
教師、事務職、接客業…派遣を利用したリスキリングの実例
実際に、スタッフサービス・エンジニアリングで異業種からのリスキリングでキャリアアップや収入アップを実現した事例を紹介します。
教師からITエンジニアへ
Aさんは、20代で教師からITエンジニアにキャリアチェンジ。派遣で大手メーカーの社内SE補助としてスタートし、システム導入に携わったのち、小規模なシステム開発・運用を手掛けるといった業務のステップアップを経験。
その成長過程では、同じ就業先の派遣エンジニア30~50名をまとめ、営業担当者・カウンセラーとの橋渡しをするリーダーを任されました。これは、Aさんが教師として生徒や保護者など多くの関係者に向きあいながら仕事をしてきた経験を評価してのチャレンジでした。
並行してe-learning講座でプログラミングの勉強をし、業務に役立つIT系の資格も4つ取得。そうした成長意欲が就業先にも伝わり正社員に転換。Aさんは現在、システム部門で開発の上流から携わり、多くの人をまとめながらプロジェクトを動かし、教師時代から年収は40万円ほどアップし、400万円となりました。
50代でのキャリアチェンジ
長く事務職として複数の企業で勤めてきたBさんは、リスキリングにより50代で正社員として社内SEに転身した人物。Bさんのキャリアチェンジの鍵になったのは、事務職の延長で経験した「ITに関する社内の問い合わせ対応業務」でした。
その経験と親和性のある仕事として、大手ソフトウェア開発会社の社内ヘルプデスクで派遣をスタート。業務を通してシステムの知識を身につけていくだけでなく、問い合わせ業務を通してシステムを使う社内ユーザーのニーズにも詳しくなっていきました。
システムとユーザーの間に立って両方の橋渡しができるようになったBさんを就業先も高く評価。現在は正社員に転換し、SEとして上流工程の仕事も担当するなど、キャリアを拡げています。事務職時代は300万円だった年収はSEとして働くことで440万円になりました。
約1,000万円の大幅な年収アップに成功
Cさんは、20代で接客業からエンジニアにキャリアチェンジ。Cさんが最初に派遣の就業先として希望したのはITではなく、モノづくり系のエンジニアでした。
ただ、メーカーでの仕事を通して、車や家電などあらゆるものがインターネットにつながるIoT時代の到来を感じたCさんは、「これからはシステム、特にセキュリティが重要になる」ともう一度キャリアを方向転換。自動車メーカーの系列会社に派遣先を変え、社内SEとしてシステムの仕事を極めていきます。
派遣期間のうちIT、セキュリティ、プログラミングなど13の資格を取得。就業先の正社員に転換したあとも、サイバーセキュリティ分野を究める道を進んでいくCさん。社会的にニーズが高いテーマながら、専門家が少ない領域でもあることが影響し、自分の専門スキルを武器にキャリアアップを重ね、現在は外資系企業のサイバーセキュリティ分野のエンジニアとして年収1,300万円となり、接客業時代と比べると約1,000万円のアップとなりました。
IT産業は、今後も日本国内およびグローバルで需要が拡大すると言われています。それは、多くの働き手にとってもより柔軟な働き方を実現したり、もちろん全てではありませんが収入アップに繋がるチャンスでもあります。本稿では実例をもとに、全くの未経験からでもこれから成長が期待できる業種・職種へのキャリアチェンジが生まれたり、中には結果的に収入を上げることに繋がったり、そういった機会がリスキリングによって拡がりつつあることを紹介しました。
ただしリスキリングに興味を持っても、独学で学び直すには限界を感じる人や、学び続けるモチベーションを維持するのが大変という人もいると思います。そんな方は、未経験からでも実務経験が積め、働きながらみんなで学べる環境として「派遣からのリスキリング」というのも選択肢のひとつとして覚えておいていただければ幸いです。