重いテーマ 全力のエンタメに 新海誠監督「すずめの戸締まり」

作品のPRで来岡した新海監督。観客の反応がいろいろ届いているが「まだ直視するのが怖くて、薄目を開けて見ている状態です」と話す

 現代の日本アニメーションをリードする新海誠監督の最新作「すずめの戸締まり」が公開中だ。災いの元となる扉を閉めるため、日本縦断する少女の旅と成長を描く。地震や気候危機、新型コロナウイルスと襲い来る災厄が「『今、一番怖いこと』として避けようもなく作品のモチーフに入ってきた」と新海監督。「災害によって人々の心に植え付けられた無常観が、『生きたい』に変わる瞬間を、エンタメの中で描きたかった」と思いを語る。

 九州で暮らす女子高生の鈴芽がある日、旅の青年・草太と出会う。草太は日本中の廃虚にある扉に鍵を掛け、大地震を引き起こす災いを封じる「閉じ師」を家業としていたが、謎の猫ダイジンに3本脚の椅子へ姿を変えられてしまう。鈴芽は草太と共にダイジンを追い、四国、関西、そして東日本へ扉を閉める旅に出る。

 廃虚として登場するのは、建物が朽ち、緑に覆われつつある廃温泉街や、さびた観覧車が残る遊園地跡など。うらぶれた場所だが、緻密に描かれた画面からは懐かしさや往時のにぎわいも伝わってくるよう。背景を美しく繊細に描写する新海監督特有のタッチは健在だ。

 ただ、今作はこれまでよりも、11年前に起きた「大災害」を直接的に扱った。理不尽に命を奪われた無念さや被災地の記憶を呼び起こす。

 「こんな時にアニメの仕事を続けていいのだろうか」。既にアニメーション作家として活躍していた新海監督は当時“後ろめたさ”を感じていたという。「君の名は。」(16年)では彗星(すいせい)の衝突、「天気の子」(19年)では異常気象として大災害を間接的に描いたが、その気持ちは消えなかった。

 時がたつにつれ、震災の記憶は遠くなりつつある。「特に観客の多くを占める10代の若い人たちと震災の感覚を共有するには、次回作では遅いかもしれない」。その思いが真正面から描くことにつながった。

 一方でエンターテインメント性にもこだわり抜いた。“ロードムービー”の臨場感をかき立てる音楽に、迫力満点のアクションシーン、カタカタと走る椅子のコミカルな動き…。物語のあちこちにクスリと笑える展開をちりばめた。それには「鈴芽の旅は笑いに満ちたものにしたかった」との願いが込められている。

 「つらい経験を、笑って振り返ってはいけないと縛られるのは恐ろしいことだと思う」と新海監督は言う。「重いテーマだからこそ、笑いが絶えない全力のエンタメにしたかった。展開の速さや愉快さなど、一秒も退屈させないよう工夫を凝らしたので、幅広い世代に見てほしい」

 「すずめの戸締まり」はイオンシネマ岡山、TOHOシネマズ岡南、MOVIX倉敷などで上映中。上映情報はこちら

「すずめの戸締まり」の鈴芽(左)と草太(右)((C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会)

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