売れない原因は「お客さんが価格にシビア」だからではない

急激に物価が上がるなか、ビジネスにおいて「値上げ」は大きなテーマのひとつになっています。

そこで、経営コンサルタント・小阪裕司( @kosakayuji2010 )氏の著書『「価格上昇」時代のマーケティング なぜ、あの会社は値上げをしても売れ続けるのか』( PHP研究所)より、一部を抜粋・編集して値上げで越えるべきハードルについて解説します。


顧客の前に立ちはだかる「二つのハードル」

ここでご紹介したいのが、「二つのハードル理論」だ。

お客さんがものを買うまでには、二つのハードルを越える必要がある。最初のハードルは「買いたいか、買いたくないか」、そして、その先のハードルが「買えるか、買えないか」だ。そして、高いのは一つ目の「買いたいか、買いたくないか」のハードルであり、それに比べれば「買えるか、買えないか」のハードルはごく低いものだ。

ということは、我々はまず、お客さんに最初のハードルを越えてもらわなくてはならない。そして、そのためには価値を、つまり「あなたがこの商品を買う意味」を伝えなくてはならない。それさえ伝えれば、価格のハードルは意外と低い。

つまり、 「価格を語る前に価値を語れ」 ということであり、それは値上げ局面においても同じこと。価値を伝えたうえで、「この価値だからこの価格です」「この価値を維持するにはこの価格になります」と説くのである。

その値札で「価値」は伝わる?

一つ実例を紹介しよう。東京都板橋区主催「ワクワク系の店づくり実践講座」に参加した惣菜店「おかずや」の例だ。

同店では例年11月から、ひときわ手間をかけて作っている自慢のビーフシチューを売っていた。価格は800円だ。周囲の惣菜店やチェーン店ではビーフシチューをもっとずっと安い価格で売っていたから、価格差はかなりある。そして自慢の品ながら、なかなか売れなかったという。

だが、それは当然の話であった。当初は、「ビーフシチュー 800円」としか書かれていなかったのだから。安い高い以前に、「買いたい」というハードルを越えられていなかったのだ。

そこで、その価値を伝えることにした。

「大きなお肉をじっくり煮込み余分な脂をとりのぞき、三日がかりで作りました、当店のおすすめです」とPOPを書き換えた。

たったこれだけのことだが、これにより、多くの人の「買いたいのハードル」を越えた。そのハードルさえ越えれば、価格の高さはそれほどのハードルにはならない。結果、売上は一気に例年の2倍となった。

「思ったよりも売れない」が「思った以上に売れる」に

こういう例もある。

ある食品スーパーの鮮魚売り場に「まぐろのカマ照り焼き」という商品があった。このチェーンでは各店で扱っているが、関係者の間では、「おいしいのに思ったように売れない商品」とされていた。

そこで販促担当者が、その理由についてある店で尋ねてみると、「手間がかかっておいしいんだけど、価格がね……」という返答。単価は400円。他の商品と比較して高価だから売れないとの見解だ。

では、その「手間がかかっている」点はどの点なのかと聞いたところ、「焼き上がるのに、業務用のオーブンで25分かかるんだよ」と言う。

しかし商品のパックには、価格など最低限の表記しかない。

そこで販促担当者は、「焼き上がりまで25分!?」というキャッチに、「焼き上がりまでなんと25分かかります。じっくり焼き上げたこそのおいしさです」と記したPOPを作り、掲示してみた。

すると、そのPOPを立ち止まって眺める人が現れ、商品は面白いように棚からなくなり始め、あっと言う間に売り切れてしまった。

さらには、商品がなくなってもPOPを掲示しておいたところ、「このカマはないの?」と尋ねる人が現れ、「じっくり焼き上げるので25分かかります」と答えると、「あとで来るわ」というお客さんが続出。こうしてこの「思ったように売れない商品」は人気商品となった。

うちのお客さんは価格にシビア、は本当か?

同様の例はもちろん食品だけに限らない。別の例も見てみよう。

トヨタカローラ博多・空港榎田店は、同社の店舗の中でも最大級のもの。そこに新たに店長として着任した池田晋吾氏は、自動車整備に入庫する車1台当たりの単価をもう少し上げられないかと考えていた。

そこで目を付けたのが「ガソリン添加剤」だ。ガソリンタンクに注入することでエンジン内部の汚れなどを洗浄し、エンジン性能の低下防止、排ガスのクリーン化などが図れるものだ。価格は2860円と衝動買いが可能な価格でもあり、入庫当日に追加整備として受け付けたとしても、整備時間が延長されることもなく、整備士の負担増にもならない。

これはよいと社内に提案してみると、返ってきたのは「うちの店のお客様は値段にシビアだから、『高くなるならいらない』と言って断られますよ」という反応だった。確かに、池田店長が前にいた店舗では直近の5月だけで27個も売れていたが、同店では3個だけ。

とはいえ、まずはやってみようとなり、スタッフとともに改めて商品について勉強、お客さんにお勧めする際のトークも整備し、ロールプレイングで徹底。さらに、来店するお客さんに関心を持ってもらうため、店頭に「お車の栄養ドリンク本日あります」と書いた看板を用意し、6月の増販チャレンジへと進んだ。

まず6月1日から13日までの実働11日間は、今までと同じ売り方をした。結果は、11日間で1個の販売。

そして16日からは例の看板を設置し、準備していた販売方法を始めると、いきなり初日に6個売れた。翌日からはエンジン内部の写真付きで汚れと効果をわかりやすく説明できるツールを用意して臨んだところ、さらに販売数は伸び、5日間で合計58個、1日当たり11・6個の販売実績となった。それまでは11日間で1個の販売だったものが1日11個だから、実に120倍以上の売上である。

池田氏は言う。「何か商品を増販しようとすると、ついキャンペーン価格で割引しようとするきらいがありますが、今回は割引しなくても増販できることが証明できました」。

売れなかった原因は、「価格にシビアなお客さん」にあったわけではなかったのだ。

値引きをやめて価値を伝えたら、売上が7倍に

もう少し単価の高い商品の例も見てみよう。その商品とは、補聴器だ。

福岡県柳川市のメガネ・補聴器の店「メガネは野口屋」の緒方幸子氏は、補聴器の販売促進のため、補聴器相談会を開催し、そこから販売につなげようと考えた。

まずは補聴器メーカーにほぼ言われるがまま、「信頼の日本品質」「電池交換が簡単」など商品がメインの、10%値引きを打ち出したチラシを約2万枚配布した。しかし結果は惨敗。相談会は1カ月間開催したが、購入者は1名という結果だった。

その後、自作のチラシで再びチャレンジ。今度のチラシは、「補聴器を使うことの価値」を伝えることを意識し、今回相談会に来てほしい客層にわかるように「聴こえてないのに愛想笑いをしたり、会合で二度聞きする回数が増えたり、そんなときは補聴器が有効」などと具体的に訴求。商品についてはさらっと「様々な補聴器を取り揃えております」だけで、ほぼ訴求なし。値引きは取りやめた。

さらに、「野口屋に補聴器の相談をする価値」も伝えるべく、認定補聴器技能者がいること、創業が明治16年と古く、当地で長く商売を続けていること、現社長の祖父が補聴器の取り扱いを始めて以来の思いなどを訴求。「補聴器を使用したら余計に聞こえが悪くならない?」など、よくあるお客さんからの質問も列挙し、メインスタッフの顔写真入りでその答えを書いた。

結果は、ほぼ同じ枚数のチラシを打ち、同じ1カ月間の開催で購入者13名。期間中の売上は前回の7・5倍となった。

単価にかかわらず、大切なことは「価値が伝わるかどうか」。そして価値さえ伝われば、値引きは必要ないのである。

リサイクルショップで「高めの商品」が売れるようになった理由

もう一つ、少し異なる角度からの事例を挙げたい。千葉県でリサイクルショップチェーンを展開している、ケーヨーテクノの店舗「愛品館・愛品倶楽部」でのものだ。

同社では社長・山岸勇祐氏を筆頭に、各店が「価値を伝える」ことに注力しているが、まずは同社・柏店での事例だ。

同店ではかつて、商品に品名と価格、そして「○○に汚れ、○○に傷があります」などの注釈を入れていた。この店に限らず、リサイクルショップでは基本、このような展示をしていることがほとんどだ。

それを店長・山田新志氏は、あるとき、打ち出し方を変えた。この店では買い取った品のメンテナンスにも力を入れているため、それをむしろ強調することにしたのだ。

たとえば、「染み抜きマスターの渾身のメンテナンス」などのコピーをより目立つように配置したところ、明らかに高額なものが売れるようになった。今では店頭にメンテナンスの際の動画を流すなどして、さらに顧客に訴求している。

同社・江戸川店でも同様の取り組みがある。

店長・大藤正義氏は、たとえば洗濯機の分解洗浄までしている店は多くないと考え、そのことを画像も交え店頭でしっかり訴求した。

すると、それらの洗濯機はたちまち完売。通常の売価より、1000円~2000円高めに設定していたにもかかわらずだ。お客さんからも「ここまでやっているのなら安心だわ」などの声をいただいているという。

「ビニール袋1枚」で新品並みに

さらに、こんな例もある。愛品館・八千代店での事例だ。

ある日、同店に冷蔵庫の買い取り持ち込みがあった。状態も良く、対応した店長・鶴丸倫久氏も「きれいだな」と感じたが、特にそう感じたのは、卵トレイや製氷皿などの付属品が、ビニール袋に入ったままの状態だったことだ。結果、状態良好と判断し、高額で買い取りした。

そのとき、彼はふと気づいた。「うちの冷蔵庫(販売品)、付属品むき出しじゃない?」。

それからあわてて付属品をビニール袋に詰め直して販売し始めると、今までよりも一層「おたくの商品きれいだね」との声をいただけるようになり、冷蔵庫の販売台数は前月と比較して3割近く上がった。

だが、より顕著だったのは売上だ。いきなり前月比で2倍以上になったのである。

台数以上に売上が伸びたのは、単価が上がったからだ。それはすなわち、「より高く売れた」ということであり、お客さんがその価格で妥当だと評価した結果だ。

この取り組みの前とあとの写真を比べてみると、確かに同じ冷蔵庫なのに改善後のほうが新品に近く感じる。お客さんがそう「感じる」ことで、実際に売価を上げることができたのだが、これは「価格」というものの本質を物語っている。

著者:小阪 裕司

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