遠くて近い?現地で働く日本人3人が語るサッカーW杯開催国カタールという国

カタール政府機関で働く福嶋剛さん(左)、「ニンジャラーメン」総料理長の三原理絵さん(中央)、前田哲・駐カタール大使

 中東やイスラム圏で初のサッカー・ワールドカップ(W杯)の開催国となったカタールは、日本から約8千キロ離れているが、エネルギー分野などで関わりは多い。日本外務省によると、2021年10月時点で34の日系企業がカタールに拠点を置き、在留邦人は578人に上る。地元政府機関で働く日本人公務員、首都ドーハで日本のラーメンを追求する女性料理長、現地日本大使の3人に、カタールのことについて語ってもらった。(共同通信=吉田昌樹)

 ▽現地歴20年「人々に魅力」

 堺市出身の福嶋剛さん(52)は、カタールの政府機関で写真担当の公務員として働く。現地滞在歴は20年を超え、W杯開催に至るまでの経済発展をじかに目撃してきた。カタールの魅力は「地元の人々のおおらかさ」だと話す。
 大阪での大学生時代、湾岸戦争などのニュースを通じて中東世界に関心を持った。「現地に行ってみたい」との思いからイスラム教に改宗した。
 神戸市の会社で働いていた1995年に阪神大震災が発生。神戸ムスリムモスク(同市)に住み込み、避難した外国人らの支援に当たった。「人はいつ死ぬか分からない。やりたいことをやろう」と決めた。
 1999年に日本アラブ首長国連邦(UAE)協会(東京)を通じ、UAEに留学。現地でできた友人の親類がカタール政府の要人で、友人の働きかけもあって政府機関の職を得て、2002年3月からカタールで暮らしている。
 UAEから移った当時のドーハは「高層ビルはあまりなく、人も車も少なかったが、大きく発展していった」と振り返る。2010年にW杯開催が決まった際はとてもうれしかったという。
 カタールの人々と付き合う中で嫌な思いをしたことがほとんどなく「人に魅力を感じる」と話す。W杯は「日本にカタールを知ってもらう良い機会」と開催を喜んだ。
 写真は大学生の頃からの趣味。政府要人の外遊に同行して撮影することもあり、「普通には体験できないことを体験できる」とやりがいを感じている。定年は60歳だが、その後もカタールに残りたいと望んでいる。

サッカーW杯開幕戦会場のアルベイト競技場(奥)の入り口付近に並ぶラクダ隊=11月20日、アルホル(共同)

 ▽「日本ラーメン」地元市民に人気

 東京出身の三原理絵さん(45)は、ドーハのラーメン専門店「ニンジャ(忍者)ラーメン」で総料理長を務めている。店は「日本の味」を売りに昨年オープン。地元市民らの人気を集め、今年9月には2号店も出した。中東の別の国で出店することも計画している。
 三原さんによると、イスラム教の戒律に従い豚などを使わない「ハラル」ラーメンで、スープはしょうゆ、塩、鶏白湯(パイタン)など4種類。麺など一部食材は日本から輸入し、価格は比較的低く設定した。
 三原さんは、日本の「本物の味」を追求していると語る。ターゲットはドーハに多いフィリピン人在留者らだったが、カタール人客も増えているという。
 店を共同で切り盛りするのは、カタールで別事業を展開するパレスチナ系のビラル・タハさん(39)。オーナーは友人のカタール人銀行員アリ・マラフィさん(44)だ。
 タハさんは以前訪日した際にハラルのラーメンが食べられず悔しい思いをし、マラフィさんと共に「自分たちで作ろう」と開業を決意。2016年にパキスタン南部カラチに移住し和食店などを開いていた三原さんに、共通の知人を通じて白羽の矢を立てた。
 三原さんは、カラチで地元女性ら向けの「寺子屋」を開く夢を持っている。当初はカラチとドーハを行き来しようと考えたが、新型コロナウイルス流行で移動が制限されたことを受け、昨年3月にドーハに移った。今後、ラーメン店を軌道に乗せ、収入はパキスタンへの支援に充てるつもりという。
 2号店はドーハの都市鉄道の地下駅に開き、3号店も準備中だ。タハさんとマラフィさんは「W杯は店を知ってもらう良い機会」と語り、三原さんも「いずれは日本にも店を出したい」と笑顔を見せた。

写真に納まる(右から)カタール・ドーハの「ニンジャラーメン」の三原理絵さん、アリ・マラフィさん、ビラル・タハさん=9月(共同)

 ▽「エネルギー安保で重要な国」と大使

 前田哲・駐カタール大使(64)は、液化天然ガス(LNG)の日本への供給国であるカタールが「日本のエネルギー安全保障上、非常に大きな意味を持つ国」と強調する。一方のカタール側は環境分野での日本の協力に期待していると語った。
 前田大使は、東大を卒業後、1983年に防衛庁に入った。内閣官房副長官補などを経て、2021年10月から大使を務めている。
 前田大使はカタールについて「LNGで資金的に非常に豊か。資源依存の小国だが世界貢献を深く考え、仲介外交などに取り組む」と指摘する。「伝統的なイスラム文化も大切にしている」とも説明した。
 カタールと日本の外交関係は50年になる。昔の主要産業だった真珠は日本の養殖真珠に追いやられたが、その後の天然ガスの開発に日本は貢献した。前田大使は「一定以上の世代は恩義を感じている。若い世代は日本のアニメやゲームに関心が強い」と話す。
 ウクライナ危機が起き、エネルギー問題は各国の大きな課題となっている。日本側は昨年、LNG輸入の長期契約を巡りカタール側と折り合えずに契約が一部失効した。

世界中のファンらでにぎわうドーハの観光名所「スーク・ワキーフ」=11月25日(共同)

 ただ前田大使は「日本にとってエネルギー安保上の(重要な)地位は変わらない。どう折り合うか考えていく必要がある」と強調する。
 一方、カタール側が日本に期待することについては「短中期的には環境分野での協力。特に再生エネルギーと期待される水素に興味を示している」と指摘した。日本企業はドーハの空港や都市鉄道の整備で実績があり、「インフラ分野で次の事業を探す動きも出てくるだろう」とも語った。

 今回のW杯は中東やイスラム圏、アラブ圏で初めて開かれた。前田大使は「アラブやイスラムへの理解を深める良い機会。イスラムの国の人たちは寛容で平和を愛する人々だ」と話した。開催の意義については「中東の安定は世界の安定にとって大きい。カタールはW杯で皆の心を一つにしようと盛り上げており、国際政治の観点からも成功の意義は小さくない」と強調した。
 カタールには、外国人労働者らの人権問題で欧米メディアなどが批判を高めた。前田大使は「カタール側も批判を理解し、制度的改善を重ねている。根深い問題だが、前向きに取り組んでいるのは事実だ」と説明した。

サッカーW杯のカウントダウン時計周辺に集まる人々=11月18日、カタール・ドーハ(共同)

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