トンネル掘削 開始 鞆の“未来” 住民と行政の議論40年 広島・福山市

広島・福山市 鞆町で山側にトンネルを掘る工事が、本格的に始まりました。当初の埋め立て架橋計画からおよそ40年…。地元の人たちは、どんな未来を描いているのでしょうか?

福山市鞆町で12日から山側トンネルの掘削工事が始まりました。県が、パイパスを整備をする事業で、片側1車線・距離およそ2キロのトンネルが建設されます。

このトンネルをめぐって、これまで住民と行政の長い議論がありました。

広島県 湯崎英彦 知事
「長い時間がかかってしまって、地元のみなさまにはご迷惑をおかけしたと思っています。一体的に鞆の町づくりをあらためてしっかりと進めていきたい」

整備する目的は、「渋滞の解消」です。町中心部は道幅がせまく、観光客も多く訪れるため、住民にとって渋滞は死活問題となっています。

県は、およそ40年前、町の中心部近くにある鞆港の一部を埋め立てて、橋を架ける案「埋め立て架橋計画」を示しました。

しかし、10年前、この計画を撤回。町中心部をう回する形で、県道の福山鞆線と鞆松永線をつなぐトンネルなどを建設することにしたのです。

鞆町内会連絡協議会 大浜憲司 会長
「鞆に来てくれる方がたへの本当の意味での利便性が図られるような新しい形の町づくりも挑戦していきたい」

「ほとんどのところが過疎化をしてきます。それをどうやって食い止めるかということも並行した課題ではありました」

「架橋計画」撤回の理由は、鞆の「景観保全」をめぐって訴訟が起きるなど、一部住民と対立したことでした。

「橋」を待ち望んでいた住民側からは抗議しましたが、トンネルの建設が決まりました。

トンネルの名称は、「鞆未来トンネル」。鞆の浦学園の児童や生徒が出した案の中から選ばれました。

9年生で学園会長を務める古山朝子さん(15)も中心部の道を利用する1人です。

鞆の浦学園 9年生 学園会長 古山朝子さん
「わたしたちが登校する時間とかぶったりするので、通学の時は少し危ないかなと思っていました」

架橋計画について詳しくは知らなかったという古山さん。今後、生まれ育った町に活気が生まれることを期待しています。

古山朝子さん
「運転されている方も不安はなく、運転できるようになるから、鞆の町が活性化するからすごくいいことかなと。今の古き良き町並みや昔ながらの建物が残っているのは、なかなか日本でもないことなので、しっかりと残していきたいなと思います」

移住者から見える「街の姿」もあります。兵庫県出身で32歳の鳥井践さんです。

東京での仕事を辞め、分散型宿泊施設「NIPPONIA 鞆港町」で働くことをきっかけに移住しました。

鞆に移住 鳥井践さん
「自分らしい生き方というか、暮らしができているかなと思いますね」

一緒に移住した妻の千晴さんは、愛知県出身です。縁もゆかりもない街に住んで2年、10月には愛娘の心琴(ここと)ちゃんが誕生し、子育ても始まりました。

鞆町に移住 鳥井千晴さん
「人がおもしろいのと人づきあいが本当に楽しい街だなと思っていて、子どもやお年寄りに対しても、みんなで見守るような街、それを来てくれた方にも感じてもらいたい」

鳥井さんは、古い空き家を購入し、自らの手でリノベーションした家に住んでいます。その縁もあって、ことしの夏からは移住希望者と空き家をマッチングする取り組みも始めています。

鞆町に移住 鳥井践さん
「先の10年・20年経ったときにもっと人口が減っていく問題が起きるわけですね。外から来たいという人がいても、すぐに住める場所が今、鞆にはないので、空き家の利活用を今後、進めていきたいなと思っていますね」

道路整備をめぐる問題は、移住から間もなくして知ったそうです。

鳥井践さん
「それぞれの立場や意見があるのは当然だと思うので、山側に通るということが決まったのであれば、今後、トンネルが通ることによって、街をどうやって良い方に持っていけるかというのを住民みんなで考えてやっていくことが必要だと思いますね」

住民でありながら観光客をもてなす立場の鳥井さんは、外から来たからこそ感じる「鞆の魅力」を口にします。

鞆に移住 鳥井践さん
「全部、便利にしちゃうと鞆の魅力がなくなっちゃう。だから不便を残しつつも、鞆の生活が魅力だと思うので、生活が垣間見えるような観光、現地の人も観光客の人も win-win なシステムを作っていければなとは思っています」

地元の現状に警鐘を鳴らす住民もいます。街で生まれ育った46歳の武内孝之さんです。4年前に設立された「鞆まちなみ保存会」の会長を務めています。

鞆まちなみ保存会 武内孝之 会長
「今の現状で観光だけに重点を置いてしまうと、不便な住民が出て行って、空いたところに店が来る。住んでくれればいいですけど、店だけになってしまうと、夜は静かな音がしない町になってしまう」

鞆町の人口は、10年前から1000人余り減り、現在はおよそ3500人。減少の一途をたどっています。加えて、65歳以上の高齢者の割合は48%を占めています。

住みやすい街づくりに向けた施策の1つが道路の整備でした。武内さんは、当初、埋め立て架橋計画を支持していました。

鞆まちなみ保存会 武内孝之 会長
「地元の人の利便性が良くならないと意味がない。埋め立て架橋であれば、家からすぐ近いところにアクセス道路ができるわけであって、今のトンネルではすぐにそういう道に出られるかといえば出られないので、変わらないんですね」

また、架橋計画では駐車場も作られる案があり、観光客にとってもメリットがあったといいます。

武内孝之 会長
「橋を渡っていたら、常夜燈が見える。駐車場がある。じゃあ停めようという流れになるから、観光地で売るんだったら、そっちの方がいいかと」

何も整備されない状況が続くよりは、トンネルの建設によって街が少しでもいい方向に向かってほしい思いもあります。心境は複雑です。

武内孝之 会長
「通勤する車の交通量は減るので、その辺は少しは良くなるかもしれないですけど、鞆のためになるかというと、やっぱり通過していた人のためのトンネルになってしまうんじゃないんかなという」

トンネルだと中心部をう回してしまうため、鞆町を目的地とする観光客は、トンネルではなく、県道を通る現状は変わらないのではないかと危惧しています。

街の中心部で明治時代から続く商店を営む武内さん。

鞆まちなみ保存会として、観光客に生活道であることを知ってもらおうと、注意を呼びかける手作りの看板を道沿いに設置しました。

鞆まちなみ保存会 武内孝之 会長
「いつまでも待たないといけないというのが実際、最近、多いんですよ。そうすると住んでいる人たちはそこを通るのがおっくうになってくるじゃないですか。生活道路なんだけどねという気がしますけど、それって、来た人にはわからないところなので」

武内さんは、トンネルの効果の検証は必要だとしています。開通後も見すえながら、これからも住民と行政の橋渡しができればと話します。

武内孝之 会長
「住民の生活とか不満をなくすことがあって、それからの街づくりだし、それができることによって街並みも守っていけると思っています。(住民が)嫌だな、面倒くさいなと思っているところをなるべく行政と話しながら動くしかないかなとは思っていますけど」

これから鞆のどんな未来が描かれるのか…。総事業費110億円に上る「鞆未来トンネル」などの整備は、2024年3月末の完成を目指しています。

― 住民が暮らしやすくなる街の文化や歴史が引き継がれる土台があってこそ、観光地でもある鞆の街並みが存続される気がします。県と福山市は、トンネルの掘削によって発生する土を使って鞆町の海の2か所を埋め立てて、観光客を受け入れられる施設や駐車場、住民から要望のある広場なども整備し、一体的な街づくりを進める計画です。

© 株式会社中国放送