働きぶり見える化で貧困抜け出すチャンス、日本の新興企業が画期的融資 真面目に働く→データが金融機関に→融資受け自分の車購入→さらに仕事に精を出す

マニラ首都圏でトライシクルを運転するエドウィン・デラバジャヤン=9月27日(共同)

 9月下旬、フィリピンの首都マニラは雨期だった。水たまりが目立つ道路は自動車やバイク、ジープニーと呼ばれる乗り合いバスがひしめく。マニラ旧市街に近い下町のサンミゲル地区を訪ねると、運転免許証のコピーなど書類を握りしめたトライシクルのドライバー、エドウィン・デラバジャヤン(48)がいた。トライシクルはサイドカーの客席を付けたバイクや三輪自動車のタクシーを指す。近距離の移動で利用される庶民の足だ。「今日、バジャージを買う金を借りに行くんだ」。(敬称略、共同通信=角田隆一)
 ▽非公式経済
 バジャージはインドのバイク・三輪車メーカーの世界的大手で、マニラにトライシクルも輸出している。デラバジャヤンは「バイクは雨にぬれるから、(屋根がある)こっちを買おうと思った」と話す。価格は約20万ペソ(約50万円)。1日1千ペソ程度の収入のデラバジャヤンにとっては大きな買い物だ。マニラのタクシー運転手の多くは自前の車両を持たず、1日150ペソ程度を払い、働く日だけ車を借りる。デラバジャヤンは自分の資産を増やすために購入したいと思ったという。
 ただフィリピンでは誰もが金融機関からお金を借りられるわけではない。銀行以外の電子マネー口座が急速に普及しているとはいえ、銀行口座を持つ人は2割強。4割近くの人は収入が不安定で、法律で十分に保護されないインフォーマル(非公式)経済で働く。こうした人々が利用できるのはヤミ金のような非公式金融サービスや、親戚、仲間内からの融資などだ。信用がないため年利は30~40%にも上る。低い金利で住宅ローンや自動車ローンなどを借りられるのは、勤め人だけだった。
 トライシクルのドライバーはレンタル料のほか、燃料代も負担する。手元に残る金は少なく、貧困の連鎖から抜けるのは難しい。

フィリピンのマニラ首都圏で、グローバル・モビリティ・サービスと提携した金融機関に融資を申し込みに行くエドウィン・デラバジャヤン=9月27日(共同)

 ▽黒い箱
 デラバジャヤンの購入を後押ししたのは日本の新興企業グローバル・モビリティ・サービス(以下GMS、東京都港区)。安定的な収入がなく信用がない人がどうやって、お金を借りられるのだろうか―。GMSが独自開発したスマートフォンを一回り大きくした黒い箱状のデバイスに、その答えがある。衛星利用測位システム(GPS)、加速度センサー機能を持ち、通信で常時接続している。車両につなぐと、運転手の稼働時間や走行距離、運転の丁寧さをリアルタイムでデータとして把握できる。金融機関にこうしたデータを提供して融資を仲介し、手数料を得るビジネスモデルだ。
 貸し倒れがあっても損失を最小限に抑える機能もある。金融機関への返済が滞った場合には安全な場所に駐車したのを感知して自動的にエンジンがかからなくなり、返済忘れを防ぐ仕組みだ。ドライバーが返済できなくても、GMSが担保を回収し、車両を整備して新たな希望者に再販することにより、不良債権化を防ぐことができる。
 これにより通常であれば20%に上る不良債権になる比率を1%程度まで落とした。金利も半分程度に下げられる。運転手側の負担も少なくなり、大手の金融機関も貸すことができる。
 2013年に創業したGMSは2015年にフィリピンに現地法人を設立。政府、自動車ディーラー、トライシクルのドライバー、金融機関といったステークホルダーを説き伏せながら事業を構築してきた。

停留所で客待ちをするトライシクルの運転手=3月13日、フィリピンの北イロコス州ラワグ(共同)

 ▽日参
 特に難しかったのは金融機関の説得と、トライシクルのドライバーへのアプローチだ。
 実際の利用者である運転手に個別に売り込むわけにはいかず、地域ごとにつくられている自治組織が相手だ。その数は全国で約2万。運転手への免許の交付や運賃の取り決め、自治体などとの折衝を担っている。
 現在、GMSの現地法人で最高経営責任者(CEO)を務める中嶋一将(30)は現地法人設立当初から、首都圏を束ねる自治組織首脳に日参。多くの業者が出入りする中、外国人は門前払いだった。中嶋は「(首脳の)奥さんに顔を覚えてもらい、なんとか旦那さんにつないでもらった。最初は『貧乏人に金を貸し付ける? そんなわけあるか』という反応だった」と笑う。2年近く通い詰め、首都圏のトップが傘下の団体を仲介してくれ、ネットワークを広げていった。
 現地の金融機関は当初、前例がない貸し出しを渋った。このためGMSは投資家から資金を集め、自ら融資しデータを得て説得した。2017年には金融機関との提携に成功、順調にサービスの利用者を伸ばし、2019年秋には黒字化。協力する金融機関は20以上となり、全国に拠点を拡大した。

社員と話すフィリピンのグローバル・モビリティ・サービス現地法人CEOの中嶋一将(左)=9月26日、マニラ首都圏(共同)

 ▽板挟み
 ただ2020年3月、フィリピンで新型コロナウイルスの脅威が広がると事業は暗転した。政府は非常事態を宣言。「(感染対策に違反したら)重罪だから逮捕する」とぶち上げるドゥテルテ大統領(当時)の下、食品の買い物以外の外出禁止、公共交通機関の停止など世界有数の苛烈な防疫措置が断続的に取られた。
 外出できなければ、運転手はトライシクルで走れない。客もいない。新規の貸し出しはゼロ。返済は止まり、不良債権比率が急上昇した。担保の車両を回収しようにも外出禁止令で外に出ることもできない。全国に既に展開し、人材の採用も拡大していたため固定費は高いまま。単月の赤字が2年近く続いた。
 コロナ不況が到来した。膨らむ不良債権におののく金融機関に「もう融資を引き上げたい」と迫られた。中嶋は粘った。「走る距離は返済能力と相関することは分かっている。パンデミックさえ終われば、熱意のあるドライバーは必ず返済できる」。金融機関に頭を下げる日々が続いた。それでも半分以上の金融機関が提携を打ち切った。
 マニラの本社前には、運転手や家族が押しかけた。「車を取り上げないでください」。この人たちにとって生活の手段だ。中嶋は何度も頭を下げた。現地社員の半分に当たる100人近くを解雇するリストラも断行。「眠れない日々が続いた」
 危機を乗り越えられた人もいた。トライシクルのドライバーとして20年以上働いてきたロジャー・ブンダ(50)は中部ビサヤ諸島出身。地元で職を探すのが難しい貧困地域だ。遅くに結婚し、妻と幼い子ども2人と暮らす。2019年にGMSのサービスを利用し、バジャージの三輪車を購入した。

フィリピンのマニラ首都圏でグローバル・モビリティ・サービスの担当者と話すロジャー・ブンダ=9月27日(共同)

 その前は1日150ペソでトライシクルを借りていた。購入した場合、週に返済は約2千ペソと負担は重くなるが「頑張りがいがある」と決断した。ただ新型コロナウイルス禍が直撃、返済ができなくなった。「売り上げは半分以下になった。(移動制限で)短い距離しか走れなかった」。だが、過去のまじめな働きぶりがGMSの保有するデータから確認でき、担保差し押さえを回避し、返済猶予につながった。
 今は返済のゴールも見えてきた。「子どもを大学に進学させることができる」とほっとした表情で話す。

ロジャー・ブンダと愛車=9月27日、フィリピンのマニラ首都圏(共同)

 ブンダらドライバーを支えたのは、働きぶりを見えるようにしたデバイスだけではない。GMS本体の社長中島徳至(55)は「われわれにとってお金を貸すのがゴールではない。ローンを組んだ後が本当の始まりだ」と話す。3年間の返済期間は担当者を付け、ドライバーの悩みを聞き、仕事がつらくても勇気づける。そうすることで、ドライバーに次のチャンスが訪れる。中島は「返済の過程を金融機関に示すことで、ドライバーの子どもが学資ローンを借りることができる」と話す。GMSはコロナ禍の中、金融機関側の事情で車両を差し押さえられた人にも再び貸し出しを仲介し始めた。

社員らに語りかけるグローバル・モビリティ・サービス社長の中島徳至=11月初旬、東京都港区の本社(同社提供)

 ▽視線の先
 社長の中島がGMSを創業した契機は2012年1月に初めてフィリピンを訪れた時の違和感だ。岐阜県出身で、もともとは電機メーカーの社員。日本で電気自動車(EV)企業を創業したこともある。フィリピンを初訪問したのは、政府が公用車をEVに転換する際の受注の機会を探るためだった。
 ただ公用車の受注数は3千台と少ない。生産規模がある程度ないと赤字は必至だ。民間市場の可能性を探って、EV購入に関心があるトライシクルのドライバーらを金融機関に連れて行った。
 だが行く先々の金融機関で融資を断られる。これではいい車を作っても売れない。
 「貧困を脱しようと、これだけ頑張っている人たちが融資を断られる。金融機関も自動車メーカーも手を差し伸べない。そこが根本的な問題だと思った」。それがGMSの起業の原点だった。
 2年間近く続いたフィリピンの厳しい行動制限は2021年末ごろから徐々に緩和されてきた。フィリピン事業は2022年春には再び単月での黒字化を達成し、再び貸し出しを伸ばし始めている。現地法人CEOの中嶋は「(危機的な状況に)行くところまで行ったので、何も怖くない」。フィリピンのトライシクルの台数は400万台。海外展開するインドネシアやカンボジア、フィリピンでの貸出件数は1万台に達した。
 ただ、少しでも生活を良くしたいと思っている人はまだまだいる。社長の中島も「1億人の人々が利用できるサービスを構築できるよう、2030年までに準備したい」と語った。巨大な貧困層を抱えるインドやアフリカなどが視線の先にある。
(年齢は2022年10月末時点)

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