台湾社会に残る蒋介石ブランドから“政治家の世襲”を考える

飯田和郎・元RKB解説委員長

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岸信夫元防衛大臣が次の衆院選に出馬せずに引退し、長男を後継にするとの意向を表明した。政治家の世襲については日本のみならず、海外でも多い。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した飯田和郎・元RKB解説委員長は、台湾でいま注目のある“世襲政治家”を取り上げた。

政治家の世襲は国の内外を問わず多い

岸信夫元防衛大臣が次の衆院選に出馬せずに引退する意向を表明した。長男を後継にするようだ。岸氏といえば、兄は今年、凶弾に倒れた安倍晋三元首相。2人の父親は外務大臣や自民党幹事長などを歴任した安倍晋太郎氏。また母方の祖父は元首相の岸信介。父方の祖父も戦前から衆院議員だった安倍寛。代々続く政治家の家系だ。

岸田首相も、小泉元首相の家系もそう。海外では父子で大統領を務めたブッシュ・ファミリー。そして、世襲といえばなんといっても、北朝鮮の金王朝。そういう中で、今回は歴代台湾総統の一人、蒋介石のファミリーの話をしたい。

教科書にも載っている蒋介石の評価は台湾で二分

蒋介石といえば、世界史の教科書に載っており、台湾で長きにわたって独裁政権を築いた人物として知られている。1937年に始まった日中戦争で、日本が当初向き合った相手は、毛沢東ではなく蒋介石だった。日本の敗戦後、蒋介石率いる国民党は共産党と内戦を繰り広げ、敗れた蒋介石は、台湾へ逃れた。50年前の1972年、日本は中国と国交を正常化し、台湾と断交したが、その当時の総統も蒋介石だった。

蔣介石が死去して47年。台湾では現在も、さまざまな評価がある。二つのエピソードを紹介したい。

台北の中心部に「228記念館」がある。228というのは、1947(昭和22)年2月28日に起きた、中国大陸から渡ってきた国民党の軍隊が、台湾住民に行った大規模な弾圧・虐殺「2・28事件」に由来している。台湾の政府公式見解では、犠牲者は1万8000人から2万8000人とされているが、詳しい死者数は今もわかっていない。

数年前、私はこの記念館を訪れた。そこには、ボランティアのお年寄りがいて、私が日本人とわかると、流暢な日本語で案内してくれた。日本の統治時代に日本語を使っていた世代だ。順路を進むと、蒋介石の等身大の全身パネルがあった。説明するうちに感情が高ぶったのか、おじいさんは突然「こいつのせいで、私たちは苦しめられたんだ!」と叫びながら、持っていたペンでパネルの蒋介石の目を何度も刺した。

過剰なパフォーマンスではない。蒋介石は、世界最長と言われる38年間の戒厳令を敷き、台湾住民を弾圧。特に知識人や政治活動家らには行方がわからないままの人も少なくない。戦前から台湾に住む人たちの中には、蒋介石への憎悪が今も残る。

一方、台湾北部の桃園県には蔣介石の立像や座像ばかりを集めた公園がある。その数、約300体。独裁者は強権を振るう一方、台湾のあらゆる場所に「自分を敬うように」と自身の像を据えた。だが、台湾はやがて民主化され、像は邪魔になった。多くは処分されたが、一部は「芸術的価値が高い」とここに集められた。今も増え続けている。

台湾社会で蒋介石が完全に否定されるなら、蒋介石の像はこれほど集められないはずだ。現代史への評価が多様、つまり蒋介石への評価が多様な台湾社会だから、蒋介石の分身を保存してくれているように思える。

蔣介石のひ孫が台北市長に就任

民主化されたその台湾で今「蒋介石ブランド」がクローズアップされている。蒋介石のひ孫が今月25日、台北市の市長に就任するのだ。

先日行われた台北市長選で国民党候補として立候補し、圧勝した蒋万安(しょう・ばんあん)氏。43歳と若く、物腰も柔らかい。ジーンズ、ボタンダウンのシャツ姿で選挙戦を展開した。もともと弁護士で、アメリカの大学に留学し、アメリカの法律事務所で勤務していた経歴もある。台湾に戻ってからは立法委員(=国会議員)も務めていた。

蒋万安氏の祖父も総統だった蒋経国、そして父は外務大臣を務めた蒋孝厳と、台湾屈指の政治家ファミリーだ。血筋の良さもあって、このところ低調だった国民党のプリンスと呼ばれている。

台湾の政治・経済の中心都市・台北の市長は、台湾総統への登竜門だ。李登輝、陳水扁、馬英九らは、台北市長からのちに総統に上り詰めている。ただ、蒋万安氏が受け継ぐ「蒋介石ブランド」は、先述したように、プラスにもマイナスにもなるだろう。

蒋介石ファミリーの「血」によって、年長者を中心にした国民党支持者からの熱い視線を集めたのは間違いない。ただ、祖父の元総統・蒋経国は1970~1980年代に台湾の経済を大きく成長させた実績がある。のちに民主化を進めたこともあり、今も人気がある。それもあって、蒋万安氏は選挙戦で、独裁者・曾祖父の蒋介石ではなく、祖父・蒋経国のイラストを使い、「経済成長が続いた台湾のいい時代」を再現させる、というイメージ戦略を取った。

それに、かつて独裁政権を率いた人物の子孫が政治的脚光を浴びてきたからといって、イコールで台湾の民主主義が後退するわけではない。国民党は対中融和が主軸だが、本人も「台湾の民主主義や、自由を守るのは私のDNAだ」と訴えてきた。

4年後には台湾総統に? 中国も注目する世襲政治家

次期台湾総統選は、約1年後に控えている。台北市長になったばかりの蒋万安氏が有力候補になる可能性は低いが「いずれ総統に」と国民党内で期待されていることは確かだ。早くても2028年の総統選に向けてだろう。

ところで、中国は、国民党のニュースター・蒋万安氏をどう見ているだろうか?一部には独立志向を持つ者もいる現在の与党・民進党に比べれば、国民党の方が話はしやすい。過去の経緯から「共産党と国民党は、双子の兄弟」との見方もある。蒋介石ファミリーなら、共産党が再び統一工作に利用したいところだろう。しかし、これほど台湾海峡の政治的距離が開いてしまうと、簡単にはいかない。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

田畑竜介 Grooooow Up

放送局:RKBラジオ

放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分

出演者:田畑竜介、田中みずき、飯田和郎

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