【中原中也 詩の栞】 No.45 「浮浪」(生前未発表詩)

私は出て来た、
街に灯がともつて
電車がとほつてゆく。
今夜人通も多い。

私も歩いてゆく。
もうだいぶ冬らしくなつて
人の心はせはしい。なんとなく
きらびやかで淋しい。

建物の上の深い空に
霧が黙つてただよつてゐる。
一切合切が昔の元気で
拵(こしら)へた笑(ゑみ)をたたへてゐる。

食べたいものもないし
行くとこもない。
停車場の水を撒(ま)いたホームが
……恋しい。

【ひとことコラム】あてもなく街を歩き続ける詩人は、通りの賑わいやその上に広がる空を見つめ、現状からの脱却を夢見ています。二十歳の頃に書かれた詩ですが、以後もこうした散歩を日課のようにして暮らした中也は、歩きながら街とそこに生きる人々の姿に真摯(しんし)な眼差しを送り続けました。

中原中也記念館館長 中原 豊

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