公用車に子どもを乗せて裁判に…FBIが譲らなかった「最も重要な規範」とは

組織を維持していくために必要な規範ですが、どんなことがあっても守る価値がある規範とは、どういったものでしょうか?

元FBI特別捜査官で防諜責任者を務めたフランク・フィグルッツィ氏の著書『FBI WAY 世界最強の仕事術』(あさ出版)より、一部を抜粋・編集して組織維持のために越えてはならない線を紹介します。


「自分は誠実だ」と考えている人ほど危うい

FBIには〝越えてはならない線〞がある。これは単なる規範ではなく、ほとんど宗教的戒律だ。線を越えたらクビになる。FBIの誰もが、何がその線か知っている。なぜなら、目立つように公表されているし、明確に実行されているからだ。

『Cambridge Dictionary(ケンブリッジ英語辞典)』によると、クラリティとは「明快で理解しやすいという性質(the quality of being clear and easy to understand)」である。クラリティはFBIコードの重要な要素だ。たとえば、飲酒運転で出勤停止や解任処分になっても誰も驚かない。すべての線が明確だからだ。そして、その線の中で最も重要なものは「宣誓したうえでの不誠実」である。

自分が人並み以上に誠実だと考えている人や自意識過剰な人は、自分のことを人並みだと思っている人よりも、自らの不正に向き合ったときに嘘をつきやすいことを、私はFBIの管理職だった頃に学んだ。たとえば、教会の信徒のリーダー、元イーグルスカウト(訳注:ボーイスカウトの最高ランク)、少年スポーツチームのコーチなど、普段は正直な市民が、周りから非難されると、自分自身のイメージが邪魔をして正しい判断ができなくなる。自分のふるまいが、自分の洗練されたイメージとは矛盾している上に、不信や拒絶を招くほどはなはだしいものだということを明確に意識できないのだ。幹部も階級が上がるに従って自尊心や自己像が膨らむので、この罠を免れられない。合衆国大統領でも自分の傲慢さから逃れられない。私の勤務経験の範囲で言うならば、人々が嘘をつくのは、真実が本当の自分と矛盾するからではなく、自分が思う自分、自分がなりたい自分と矛盾するからである。

興味深いことに、私が懲戒制度に関わる中で出会った最も正直なFBI職員の中には、誠実さ評価の分布でちょうど真ん中くらいの人たちもいた。彼らは規則違反を犯したのだが、倫理的な誠実さを持ち、自分が間違ったことをしたと理解するだけでなく、それを認め、責任を負った。自分がやったことと自分が負うべきものを認めるのに、自分自身に対するイメージや、見え方についての気遣いは妨げにならなかったのだ。

宣誓した上で嘘をつくFBI職員は、実際のところ、FBIにとって価値がない。その嘘が、休憩室からなくなったチョコレート菓子についての内部調査においてか、刑事裁判の証人席でのものかは関係ない。この線引きの背景には連邦判例法があって、とくに関連があるものは、ジリオ・合衆国裁判、合衆国・ヘンソン裁判として知られている。そのため、捜査官や検察官は、警察官が不正直とわかると、その警察官には〝ジリオ‐ヘンソン問題〞がある、と言う。

嘘をついたFBI捜査官には「引導」が渡される

1972年のジリオ事件の裁判で最高裁が判じたのは、検察側の証人の性格・証言に疑義を生じさせる情報がある場合、検察官は陪審員・弁護人にそれを伝えなければならないということだ。警察官が証人の場合も例外ではない。ジリオ関係の資料には、証人のこれまでの犯罪記録だけでなく、検察側の証人全員の不祥事の記録も含まれていた。ヘンソン事件の裁判では、疑義を抱かせる可能性がある情報に関して、被告人側の要求があれば、政府は刑事裁判で証人として呼ぼうとする政府職員の人事ファイルを調査し、弁護側に提供すべき内容があるかどうか確認しなければならないという判決が下された。

すべては、ある特定の捜査官が信用できるかどうかという問題である。たとえば、捜査官が過去に出張経費の領収書を改ざんしたことがあるとわかれば、その捜査官が裁判で証人となる場合、必要に応じて改ざんの事実が開示されなければならない。

FBIは判例法よりもさらに踏み込んでいる。自分のファイルに疑義を抱かせる問題がある場合は、どんな案件であれ、一緒に仕事をする検察官にその問題を開示するよう職員に求めているのだ。

FBI捜査官には転勤があるので、地方局や連邦検事局の上層部には、どの捜査官にどんな問題があるのかがわかりにくいためだ。私がいた頃は、検察官は、必要な場合に捜査官の人事ファイルを閲覧することができたし、実際にそうしていたが、FBIはさらに一歩踏み込んで、職員は、証人として呼ばれるかもしれないと思ったときには速やかにカバンの中身を開示すべし、と決めたのだ。この〝反則は自分でコールせよ〞という責任の取り方もまた【FBI WAY】の1つの要素である。

ジリオ裁判とヘンソン裁判のこともあって、真実を隠し、宣誓に反して嘘をついたFBI捜査官には引導が渡されることになった。もしもそのような捜査官が刑事裁判で証人となることがあれば、検察はその捜査官のファイルを弁護人に開示しなければならず、弁護側は証人である捜査官が不正直だと疑義を申し立てるため、陪審員は捜査官の言動を何も信用できず、検察は裁判に負け、犯罪者が街に戻っていく、ということになるからだ。捜査官は裁判所にいるときだけ宣誓に従えばいいのではない。内部調査でも宣誓の下にある。

公用車に「子ども」を乗せてしまった捜査官

ある大きな地方局の若い捜査官の事例をお話ししたい。彼は一線を明らかに越えてしまったのだ。

連邦巡回区控訴裁判所が記したように(そう、捜査官はこの件をわざわざ連邦控訴裁判所まで持ち込んだのだ)、「FBIの覆面公用車を運転した際、当該捜査官は盗難車と思われる別の車両を停車させた」。FBI捜査官は一般的に車を止めたりしないということは別にして、問題はほかにあった。捜査官が、公用車に許可なく別の人物を乗車させていたのだ。それは捜査官の娘で、(いつも女児を迎えに行っていた)妻から仕事が長引きそうだと連絡があり、帰宅する途中で託児所に迎えに行ったところだったという。「止められた車の運転者は、捜査官に腹を立て、捜査官の上司に出来事を報告した」のであった。

捜査官が公用車を使用するのは、24時間いかなるときも職務を遂行し、呼び出しに応ずるためで、子どもを託児所に迎えに行くためではない。捜査官が娘を乗せたまま、激しい口論や高速カーチェイスに巻き込まれたらどうなるだろうか。公用車を不正使用したことと無許可で同乗者を乗せたことは、それぞれ30日以上の出勤停止に値する。

捜査官の上司は正しく行動し、指揮命令系統に従って報告を上げた。告発をもみ消そうとしたり、事故をうやむやにしようとしたりするのはFBIでは極めてまれだ。

職務責任局の2名の管理官が市民からの告発に基づいて調査を行い、捜査官から聞き取りを行った。捜査官が署名した宣誓陳述書にはこう書かれていた。

「公用車で娘を迎えに行ったのはこのときだけではありません。急を要する同様の事情が、1997年12月に一度、1998年1月にもう一度ありました。でもこれ以外、無許可で公用車に人を乗せたことは一度もありません。」

捜査官の陳述には1つ問題があった。FBI側の証拠と矛盾していたのだ。

誰が何日にその女児を迎えに来たかという託児所の記録と、捜査官の公用車が託児所の方向へ走行した時刻を記した通行料金徴収機の記録だ。その両方が、捜査官は少なくとも14回、もしかしたらもっとずっと多い回数、公用車を娘の迎えに使用したことを示していた。

私の指揮下にある裁定チームが、市民への不適切な停車指示、許可のない人物の同乗、娘を迎えに行った時刻と自分で退勤したとする時刻の比較に基づく勤務時間違反、宣誓した上の誠実義務違反などが記された調査報告書を確認。私たちは、その捜査官の解任を勧告した。

この若い捜査官は、彼が所属していた地方局の注目の的になった。彼の同僚たちは、今まで見たことがないくらい大々的な投書運動を始めた。

私の経験では、性格証人(人柄について証言する人)は、事件に関する事実をほとんど知らないことが多い。今回の場合も、職務責任局が事実を漏らさず、当の職員本人からしても全容を伝えるのはきまりが悪く口をつぐんでいたため、同僚たちが聞かされていたのは、一緒に働いていた、イイ奴がクビになるかもしれない、ということだけだった。それにしても、この支援運動は素晴らしかった。本部の私の机に届いた手紙にはこう書かれていた。

「この捜査官は、私が何年も見てきた中で、最も立派で、最も職務熱心で、最も尊敬できる家族思いの男であり、退役軍人です。」

私は記憶に刷り込まれるまで事実を分析した。捜査官の陳述を何度も読み返した。捜査官が公用車で娘を迎えに行った回数をごまかして、始めたばかりのキャリアを終わらせてしまったことが、ただただ信じられなかった。3回と14回の差は実質的には取るに足りない。もし正直に話していたら、どう転んでも60日から90日の出勤停止だっただろう。この捜査官は、調査官が集めた証拠を見ていなかったのか、わかっていなかったのかもしれない。尊敬されている捜査官であり退役軍人である男を、単純な記憶違いのために解任したくはなかった。

だが、証拠により彼が人をだます人物だと示されれば、FBIが彼をこれから20年も背負い続けることはできないこともわかっていた。私はそれまでユニット長として一度もしたことがなかったことをしようと決めた。その捜査官の地方局長に電話をかけて、問題の捜査官は解任の方向だと伝え、自分が直に聞き取りをしたいので彼をFBI本部に出張させてほしいと頼んだのだ。

解任は「厳しすぎる」のか

私の要望を受けて、その捜査官はFBI本部に出張してきた。そして、約束の時間に、ピカピカに磨き上げた靴を履き、パリッとしたスーツを着て、散髪したばかりの髪をビシッと決めて、職務責任局オフィスのセキュリティ・ドアの前に現れた。

私たちは目立たない部屋を見つけて腰を下ろした。私は彼に宣誓させ、単刀直入に「私は裁定者であり、聞き取りは調査ユニットの仕事だから、内部調査で私が直接話を聞くために誰かに来てもらったのはこれが初めてだ」と切り出した。

FBIでは、内部調査機能と裁定機能は独立している。時間もかかり、方向も定まらない調査の間に気持ちを固めてしまった者ではなく、中立的・客観的な人物が懲戒処分を決定すべきだと考えるからだ。形式的なことでも客観性を疑われる可能性があれば、それを避けるのがFBI規範の重要な要素なのだ。

だが、この捜査官についての手続きは、完全に透明で正確なものにしたかった。誓約した上で誠実義務違反を犯せば解任できると定められていて、それを実行するのだから、この捜査官の行いについて、私には最大限のクラリティが必要だったのだ。

私は事の重大さを説明し、今回の行いは解任に値すると彼に告げた。公用車を不正使用した回数で嘘をついてキャリアを終わらせるのは残念だ、という趣旨のことも言った。託児所の記録、料金徴収機の記録など、私たちが持っていた証拠のすべてを並べて見せた。その結果、2通目の署名付き誓約陳述書では、公用車を不正使用した回数がもっと多かったことを知っていたにもかかわらず、「問題が大きくなることを恐れて」意図的に1通目の誓約陳述書に含めなかったことを認めた。嘘をついたことを認めたのだ。誠実義務違反により解任を勧告するしか選択肢はなかった。FBIの最も明確な一線だ。

退役軍人であるその捜査官には、連邦政府に雇用されているほとんどの退役軍人に開かれている不服申し立ての道があった。メリットシステム保護委員会(MSPB:Merit SystemsProtection Board)だ。MSPBは懲戒事案で退役軍人の側につくと言われていて、今回の事件を担当した審判官も例外ではなかった。

私は証言台に立ち、誠実義務違反の一線について説明した。私が証言台から離れる前に、審判官は私のほうを向いて次のようなことを言った。「(FBI長官の)ルイス・フリーに言ってほしい。君の一線は厳しすぎると」。審判官は聴聞会の後、捜査官の解任処分を覆した。

この時点になってFBIの弁護士たちは、この判決がこの1件だけの問題ではなく、FBIの規範に対する挑戦だということを理解した。そして、FBI法務局が、全委員による本委員会に上訴する。MSPBの本委員会は審判官による第一審の判決を覆したが、処分を「解任」から「120日間の出勤停止」へ変更した。当の捜査官は、これで仕事を辞めないで済むと安心するかと思ったら、取り得る手段はすべて使うとばかりに、連邦裁判所に提訴した。

しかしFBIも、規範に文句を付けられているからには退却するわけにいかなかった。

2002年1月28日、連邦巡回区控訴裁判所は判決を下した。「記録に含まれる十分な証拠により、(捜査官の)4月6日の陳述に誠実義務違反があったことが示されている」「これは陳述と真実の間の差異がわずかであったというだけの問題ではない」「捜査官が最初に認めた事案の回数は3回、1カ月後に追加で認めた事案の回数は12ないし14回であり、その差異が大きいことを勘案すると、実際には3回より多いことを捜査官は知っていたはずである」「FBIは捜査官に最も高度な誠実性を求めることができる」。裁判所は誠実義務違反があったことを認め、MSPBの出勤停止120日を支持した。より重要なことは、連邦控訴裁判所の判決で、何についての嘘であれ、嘘をついた職員をFBIが懲戒処分する権利が認められたことである。

なぜこの話をすることが大切なのか? 子どもを託児所に迎えに行ったことに対する懲戒処分について、FBIの弁護士がわざわざ合衆国連邦控訴裁判所まで出ていって規範を守る弁護活動をしたことに、あなたは驚かれるかもしれない。だが、この事件にはもっと大きな意味があった。FBIの規範、つまりコードを執行する権限への攻撃であり、その規範にアメリカ国民が寄せている信頼がFBIにとってどれほど大切かを示すものだった。

一般的な組織にありがちなのは、自分たちの最も重要な規範に文句を付けられたとき、コア・バリューを守るかどうかを費用対効果分析で決めようとすることだ。そのような組織は、作る価値がある規範は守る価値がある規範だ、ということをわかっていない。おそらく、その組織は、規範を作るときに、本当の意味でのクラリティを持っていなかったのだ。いちばん大切にしているものが何かを伝えるべきときは今だ。訳がわからない状況になってからでは遅い。

FBI WAY 世界最強の仕事術

著者:フランク・フィグルッツィ (著), 広林 茂 (翻訳)
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「フランクは、ドラマチックな最前線の物語と解説を通して、シンプルだが本質的なFBIの価値観を私たちの生活の中に活かす方法として示している」 by ロバート・デ・ニーロ
「FBIの仕事の質、倫理性の高さは群を抜いている。広く見習われるべきである」――『ワシントン・ポスト』記者 デブリン・バレット
ほか、NBCニュース・主任外交編集委員、元国防長官、元CIA長官、元共和党全国委員会議長などが絶賛!

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