歌舞伎で顔に描かれた線が意味するものとは? 片桐仁と学ぶ歌舞伎の豆知識

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。9月2日(金)の放送では、「国立劇場 伝統芸能情報館」で歌舞伎を学びました。

◆歌舞伎の大きな特徴「化粧」…顔の赤い線が意味するものは?

今回の舞台は、東京都千代田区にある国立劇場の敷地内に立つ伝統芸能情報館。ここは2003年に開館した無料施設で、国立劇場が収集したさまざまな資料を展示。歌舞伎や文楽など日本の伝統芸能の歴史や文化を知ることができます。

片桐は、そんな伝統芸能情報館で開催されていた、入門展「いざ、歌舞伎」へ。歌舞伎というと、少しとっつきにくいと思われがちですが、実は少し知識を持っているだけでその楽しさは何倍にも膨らむとか。今回は国立劇場の横山陽一さんの案内のもと、知っていると面白さが倍増する歌舞伎の豆知識を学びます。

まずは歌舞伎の代名詞「化粧」から。「序幕 歌舞伎の化粧 ―もう一つの顔―」のコーナーには、役者が化粧をしている絵が並んでおり、それらは"錦絵”という浮世絵の一種。

そもそも「浮世」とは今のこの世界という意味で、当時の風俗や文化などを描いたものを浮世絵と呼び、そのなかで多色刷りの木版画が錦絵。江戸時代の庶民たちは歌舞伎を見てこの錦絵を購入し、今で言うアイドルの写真を見るような感覚で楽しんでいました。

歌舞伎の世界では、化粧をするのは役者自身。メイクアップの係などはいません。最初は師匠や先輩に教わりつつも顔は人それぞれ異なるため、自分の顔が最も映える化粧の仕方を確立していきます。いわば、化粧の技術や工夫も役者の技量のひとつ。

そして、女型の俳優と、立役、つまり男役を演じる俳優が、それぞれ化粧している錦絵も。これを見た片桐は「歌舞伎は女性の役も男の人がやるんですよね」とコメント。もともとは女性が演じていましたが、「風紀が乱れる」との理由で江戸幕府によって禁じられ、徐々に男性だけが演じるようになったといいます。女性を演じる役者たちは現実の女性を真似するではなく、重要なのはあくまで舞台の上で美しく見えることだそう。

続いては、「菅原伝授手習鑑」という芝居の4人の登場人物を描いた4枚の錦絵、豊原国周「名優四君子(菅原伝授手習鑑)」(1894年)。これはとても化粧が特徴的な作品で「左から2番目の人はすごいですね! これぞ歌舞伎という感じで」と驚く片桐。

こうした赤や青の色で顔に太い線を描くのは、歌舞伎独特の化粧で"隈取(くまどり)”。これで登場人物の役柄がわかる、ある種の記号的な表現だと横山さん。

片桐が指摘した左から2番目の人物は「梅王丸」と言い、彼は赤い隈が描かれています。赤は正義や若さ、力強さを表現。正義に準じる主役となります。また、顔いっぱいに描かれている線を"筋隈(すじぐま)”と言い、これは怒りに満ちた荒々しい役に用いられる隈です。つまりこれは正義の味方が誰かに怒っているということ。

逆に、一番右には青の隈のある人物がいますが、青は邪悪さや冷酷さを意味しており、要は悪役。こうして色や形を見るだけで登場人物がどのようなキャラクターなのかすぐにわかるのも、歌舞伎の特徴のひとつです。

次は、"押隈(おしぐま)”。「これはメイクを落とすときに押し付けた感じですかね」と片桐が話す通り、出演直後の役者の顔に布をあて隈を映し取ったもの。1回の公演で1枚しか作れない貴重なもので、自分をサポートしてくれる贔屓のお客に渡したりしていたそう。そして、その作品は絵画にはない生々しさが感じられ、公演の息吹が感じられます。

今回展示されていた押隈は、「鏡獅子」という芝居の終了後にとった大正から昭和に活躍した「6代目尾上菊五郎の獅子の精」。

そして、明治に活躍した歌舞伎俳優「9代目市川團十郎の和藤内」(1887年)の押隈も。当時の公演の様子わかる資料として劇場でもいくつか所蔵しているそうで、片桐は「錦絵を見た後というのもあるけど、リアルなんだなって思いますね。生々しい感じというか」とその感想を語ります。

◆歌舞伎の見せ場「見得」は"きる”ものではなく"する”もの

化粧に続いて、「見得と立廻り ―絵のような美しさ―」のコーナーへ。

ここのテーマは、歌舞伎の特徴的な演技であり、歌舞伎にしかない独特の見せ場「見得」。片桐は「"見得をきる”の見得ですね」と話していましたが、実はこれは間違い。見得は、きるのではなくするもので、正しくは"見得をする”と横山さんは説明。

浜真砂幾久御贔という芝居を描いた3代目歌川豊国の「浜真砂幾久御贔」(1851年)には、まさに見得をしている様子が描かれています。そもそも、見得というのは、芝居の途中で動きを止め、美しいポーズを見せる歌舞伎独特の演技で、登場人物の驚きや怒りなどを強調する表現のこと。

本作では高い場所と低い場所で同時に見得をしており、その様から「天地の見得」と呼ばれています。そして、上に描かれているのは石川五右衛門、下はそのライバルである"真柴久吉”こと羽柴秀吉。石川五右衛門と秀吉となると時代錯誤感がありますが、歌舞伎では歴史上の登場人物をあえて史実とは違って描き、あくまでフィクションという体裁を取ることが多いそうで、片桐は「なるほど~」と感心しきり。

次に鑑賞したのは、かっこいい5人組が描かれた3代目歌川国貞の「弁天娘女男白浪」(1889年)。

白浪というのは盗賊のことで、これは5人の盗賊が活躍する物語。お芝居では揃いの衣装を着た5人の盗賊がひとりずつ名乗り、最後に全員で見得をするかっこいい場面があります。

この演出は現代の文化にも継承されています。それは子どもたちが大好きな「スーパー戦隊シリーズ」。赤や青の衣装を着て名前を名乗り、最後に全員でポーズを決める、それはまさにスーパー戦隊そのもの。

また、見得というのは手や足だけでなく目の演技も重要で、見得をしている瞬間を描いた2枚の錦絵、3代目歌川豊国の「当盛見立三十六花撰 秘曲の枇杷の花」(1863年/左)と「当盛見立三十六花撰 門出の椿」(1862年/右)にはある特徴が。

そこに描かれた役者は目が寄っており、それもいわゆる寄り目ではなく、片目は中心に寄り、もう片方は別の方向を向いています。この目の演技は"にらみ”。

作品を前に、「これはどうやって練習するんですかね?」と片桐。横山さん曰く、鏡を見ながら練習すると、意外とすぐにできるようになるとか。ただ、「ここぞ!」という瞬間にきっちりとにらみを決めるのは至難の業で、それこそが役者の技量。また、江戸時代はこのにらみに魔力をはらうとか、病気を治すといったパワーがあると考えられていて、そう言われるほどに迫力の演技だったようです。

◆歌舞伎ならではの"女方”…お姫様はおっとりしていて気高く一途!?

最後は、「女方 ―男が『女』を演じる―」のコーナーへ。ここのテーマは、歌舞伎独特の文化「女方」について。前述の通り、歌舞伎は女性の役も男性が演じ、これを女方と言います。役者たちは化粧やかつらなどの衣装、あるいは独特な発声や台詞回し、優美な身のこなしで現実の女性とは違う、女方ならではの美しさを表現していました。ただ、一口に女方と言ってもいろいろな役柄があります。

2代目歌川国貞の「楽屋十二支之内」(1860年)は、「祇園祭礼信仰記」という芝居を描いており、そこには"雪姫”というお姫様が登場。彼女は赤色の華やかな衣装を着ており、歌舞伎ではこうしたお姫様のことを「赤姫」と呼ぶことがあるそう。

歌舞伎で出てくる役柄は類型的で、基本的な設定があり、例えばお姫様、町娘などそれぞれ性格は大体決まっており、お姫様はおっとりとしていて気高く、一途。

一方、ちょっと怖い感じがする豊原国周の「処女翫浮名横櫛」(1864年)には「切られお富」なる人物が描かれており、その役柄は「悪婆」。

愛する男性のために悪事を働いたり、人を騙したりする悪い役で、これも扮装に特徴があり、ひとつはカツラ。「馬の尻尾」というカツラで馬の尻尾のように後ろに髪の毛があり、束ねています。そして、もうひとつが格子縞の着物。これを着ていると悪婆になります。

今回の展覧会には、実際に歌舞伎の公演で使われている衣装も展示。「杉酒屋娘お三輪『妹背山婦女庭訓』」なる衣装は緑色の着物で、これはどういう登場人物なのかと言えば、「悪婆ではないですね、赤姫でもない」と片桐は考えます。お姫様の赤は身分の高さ、高貴さを表していますが、緑はのどかさを意味し、つまりは"庶民の素朴な娘”。こうした記号的な表現の面白さも歌舞伎の醍醐味と言えます。

さまざまな歌舞伎の豆知識を学んだ片桐は「すぐ横で歌舞伎をやっているような伝統芸能情報館なので、ここに来てから歌舞伎を見るというのはすごくいい流れなのかなと思いますね」と率直な感想を語り、「今回は入門編ということで、人に教えたくなる知識ばかり、見得はするもの! 楽しかったです」と笑顔を覗かせます。

そして、「一見とっつきにくそうな歌舞伎の世界をわかりやすく紹介してくれた国立劇場 伝統芸能情報館、素晴らしい!」と絶賛し、歌舞伎の文化を担ってきた全ての方々に拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、「鸚鵡石『八幡祭小望月賑』」

「国立劇場 伝統芸能情報館」の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから国立劇場の横山さんがぜひ見てほしい作品を紹介する「今日のアンコール」。横山さんが選んだのは「鸚鵡石『八幡祭小望月賑』」(1860年)です。

これは"鸚鵡石”という名の資料で、鸚鵡とは人間の声真似をする鳥のオウム、つまりはモノマネのこと。要は、これは役者のモノマネをするための冊子で、そこにはさまざまな芝居のいわゆる名台詞だけが書かれ、庶民はこれを劇場で買い、家に帰って役者のモノマネをしていたそうです。

最後は2階にある予約制の図書閲覧室へ。そこには古典芸能に関するさまざまな資料が並び、例えば「歌舞伎俳優名跡便覧」は歌舞伎俳優の名前の変遷、移り変わりが年表形式でまとめられています。

また、片桐が「いいですね~」と語っていたのは歌舞伎のポスターをまとめた「歌舞伎ポスター集」。横尾忠則の手がけたものなどもあり、片桐は思わず見入ります。

さらには国立劇場で行っている歌舞伎俳優の養成の研修教材でもある「教材 歌舞伎の衣装」などもあり、片桐は興味津々。「無料で誰でも資料を閲覧することができるそうなので、来てみたらいかがでしょうか。さっとみただけでいろいろな見たことがないものが見れます」とおすすめしていました。

※開館状況は、国立劇場 伝統芸能情報館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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