江ノ電初の「鉄道コレクション」は800形、珍しい車種を模型化した理由とは

江ノ島電鉄グループの江ノ電エリアサービスは11月、同社初の「鉄道コレクション」として、事業者限定品「鉄道コレクション 江ノ島電鉄800形」を発売することを、「江ノ電グッズ」公式Twitterアカウントにて公表しました。「鉄道コレクション」は、トミーテックが2005年から展開しているNゲージサイズの鉄道モデルですが、意外なことに、同シリーズで江ノ島電鉄の車両が製品化されることは今までにありませんでした。

MODEMO(ハセガワ)が展開しているNゲージ鉄道模型や、過去にバンダイが展開していた「Bトレインショーティー」では江ノ電車両も製品化されたことがありますが、「鉄道コレクション」には、シリーズ開始18年目にして初の参入に。そこで、自社初の鉄道コレクションにかける狙いを、同社に取材しました。(取材・文:若林健矢)

これまでに発売された江ノ電のNゲージ

これまでNゲージサイズで発売された江ノ電の車両には、バンダイが展開していた「Bトレインショーティー」シリーズがあります。「Bトレインショーティー」は、通常のNゲージ鉄道模型の半分の長さにデフォルメされた組み立てキット。基本的に難しい工作は必要なく、ニッパーで切り出したパーツ同士をパチッと組み合わせて行くだけで、簡単かつお手軽にNゲージサイズの車両を作れます。

KATOから発売されている小形車両用台車および動力ユニットを組み込めば、「Bトレインショーティー」もNゲージ鉄道模型として運転することができ、現在は新商品の発売がない状況が続いていますが、今でも根強いファンが見られます。

江ノ電は「Bトレインショーティー」の最初のラインナップだった

「Bトレインショーティー」の発売開始は2002年。江ノ電はなんと、その最初の製品として発売されました。当初は300形・500形が登場し、のちに1000形・1500形なども発売しましたが、当時は江ノ電特有の連接構造はダミー表現でした。しかし、「Bトレインショーティー」が10周年を迎えた際、305形の現行仕様と1000形がリニューアルモデルとして発売され、この時に連接構造も再現されました。

「Bトレインショーティー」10周年記念により、新設計で305形と1000形が登場
奥が2002年当時の305形、手前が2012年発売時の305形

純粋なNゲージ鉄道模型としては、主にMODEMO(ハセガワ)が製品化していました。現行の車両はもちろん、「タンコロ」の愛称で知られる100形や、和菓子屋にその前面が保存されている600形など、800形を除く江ノ電のNゲージは、ほぼ全てMODEMOから発売されました。通常カラーだけでなく、ラッピング電車も数多く模型化されています。

江ノ電のNゲージ鉄道模型は、大半がMODEMO(ハセガワ)から登場。画像は「タンコロ」108号

なお、「Bトレインショーティー」およびMODEMOが発売した江ノ電の製品に関しては、すでにメーカーとして販売を終了しているものがほとんどなので、お探しの場合は中古模型ショップも訪ねてみると良いでしょう。

江ノ島電鉄800形とは

江ノ島電鉄800形は、1971(昭和46)年から1986(昭和61)年まで活躍した車両です。江ノ電に渡ってくる前は、山梨交通、上田丸子電鉄(現:上田電鉄)で活躍した、江ノ電にしては珍しい山岳地域出身の車両でした。連接構造の車両に比べて車体が大きく(それでも一般的な車両に比べれば短い)、ボギー台車の車両を2両連結して編成を組んでいた、いわゆる「連結車」です。

江ノ島電鉄800形

800形は山育ちゆえ、早くからヒーターを装備しており、江ノ電初の暖房車として乗務員からありがたがられました。入線後しばらくしてドアの増設も行われましたが、連結車であるがゆえに4両編成(連接車2編成の連結)に対応できず、1986年に引退しました。引退前の800形は、クリーム色と茶色のツートンカラーの「チョコ電」として運行していたため、そちらのカラーリングの方を覚えている人も多いのではないでしょうか。

ちなみに、800形の引退と時を同じくして、江ノ電初の平行カルダン駆動を搭載した1500形が登場しています。当初は「サンライン号」という愛称と専用のカラーリングをしていました。また、引退後の800形のうち、801号は、生まれ故郷である山梨県南巨摩郡富士川町の公園にて静態保存されています。

江ノ電初の鉄道コレクション発売の狙いとは

江ノ電エリアサービスはなぜ、「鉄道コレクション」シリーズ開始18年目にして初めて、自社オリジナルの「鉄道コレクション」発売に踏み切ったのでしょうか。同社営業部課長代理の飯田敦史さんにお話をうかがいました。

飯田さんとトミーテックの担当者とのつながりは、10年ほど前の江ノ電バスの「バスコレクション」発売から。その頃から鉄コレの構想はあったものの、なかなかタイミングが合わず、実際に企画が動き出したのは2019年の「ヨコハマ鉄道模型フェスタ」からでした。

総合車両製作所が発売した「鉄道コレクション 東京急行電鉄7000系(2代目)」 に飯田さんが触発され、トミーテックの担当者に相談し、企画が具体化しました。元々は実車の現役時代を知っている世代向けに800形を企画していたようですが、いざ発表してみると、SNSでは世代に関係なく、多くのユーザーからの反響が見られました。

「鉄道コレクション」江ノ島電鉄800形、車両とパッケージ

江ノ電初の「鉄道コレクション」に800形を選んだ理由について、飯田さんは次のように語ります。

「MODEMOさんで出されている商品でいうと、(江ノ電の車両は)もうほぼ揃っているんですよね。唯一無いのが800形でした。それと、鉄コレですと連接車の動力化がネックになるというところで、800形のほうが今の動力にも合うのかなと。それになんといっても、800形は私自身が江ノ電の車両の中でも大好きな車両の一つでした(笑)」

江ノ電を多数模型化したMODEMOも、800形(右の車両)は製品化していなかった

ちなみに、対応する動力ユニットが存在しない「鉄道コレクション」の例としては、京阪電車80形(事業者限定版発売時)、能勢電鉄50形・60形、下津井電鉄が挙げられます。京阪電車80形に関しては、後にトミーテックからも一般販売で発売し、専用の動力ユニット(TM-TR05・大型路面電車用B)も同時に発売されました。

「チョコ電」再現を意識、実物との照合が大変

飯田さんによれば、模型化そのものにはあまり苦労されなかったそうです。トミーテック側で最初の設計図ができた時点で完成度は高く、実車の図面が残っていないにもかかわらず、飯田さんが気付かなかったような細かいところも再現されていたと言います。問題はむしろ、実車の資料の少なさにありました。

「この車両(800形)は江ノ電に15年しかいなかったんですね。その中でも形態がしょっちゅう変わってたんですよ」(飯田さん)

江ノ島電鉄(当時の社名は江ノ島鎌倉観光)でデビューした当初の800形は、前照灯が上部に取り付けられており、中央の乗降ドアが無く、車端部に元々ある乗降ドアは木製。さらに、801号のパンタグラフの位置も異なっていました。今回「鉄道コレクション」で模型化された800形は、前照灯が下部に移設され、乗降ドアが3ドアで鋼製になり、801号のパンタグラフ位置が変更された形態です。

模型化されたのは、前照灯が下部に移設された仕様
801号はパンタグラフ位置が変更されている
802号

これは、800形が「チョコ電」として引退まで運行した時の仕様、つまり最終形態です。飯田さんによれば、今回の「鉄道コレクション」江ノ島電鉄800形は、江ノ電の標準カラーよりも「チョコ電」カラーを作りたかったとのことで、「チョコ電」カラーで運行していた形態の再現が行われました。

「チョコ電」カラーの800形も同時発売予定
800形「チョコ電」カラー
「チョコ電」カラーの801号
「チョコ電」カラーの802号

しかし、「チョコ電」としての形態を意識した一方、それと同じ形態で江ノ電標準カラーをまとっていた時期は、実は2カ月半という非常に短い間のみ。その後は「青電」カラー、そして「チョコ電」カラーと塗装変更されたため資料も少なく、模型化した形態での江ノ電標準カラーが本当に実在したか調べるのに苦労されたそうです。最終的に、詳細な乗車記録を残していた沿線ファンの協力と、市販のビデオに偶然映っていた800形の映像から、この形態が確かに存在していたことが確認できたといいます。

「本当は台車や床下機器も実車に近づけたかったのですが、これに対応すると売価に反映されてしまいます。販売のことを考えるといたずらに価格を上げることはしたくなかったので、そこは既存のものを流用しました」(飯田さん)

江ノ電カラーのパッケージ写真は、イメージとして掲載。それくらい資料が少ない
「チョコ電」カラーのパッケージ

むしろ最大の苦労は社内調整にあったと飯田さんは言います。「これを作るにあたってこれまでのグッズを作るのとは桁が違うくらいの額がかかるんですよ。そこをどうやって社内に認めさせ、商品化するかというのが苦労しましたね」(飯田さん)と振り返ります。そこで、「鉄道コレクション」の概要や、採算性、他社での販売状況などを調査し可能な限り資料にまとめ、取締役会でプレゼンしてOKをもらったとのことでした。

東急電鉄1000系の鉄コレが参考に

鉄道ファンや鉄道メディアは、同じ場所を並行する鉄道会社同士があたかも競い合っているように表現することがあります。とはいえ、それはあくまで経営上の事柄。実際のところ会社間の横のつながりは多く、今回の800形の鉄コレ化でも、そうしたつながりが助けになったと飯田さんは明かします。

「東急さんと総合車両製作所さんで(東急電鉄)1000系のバリエーションが4つくらい出ていたと思うんですけども、あれを参考にさせていただきました。総合車両の担当の方とも仲良くさせていただいているので、今回制作するにあたりお知恵を拝借したり、ご相談に乗っていただき、販売方法なども参考にしています」

東急電鉄・総合車両製作所から事業者限定品として発売された「鉄道コレクション 東急電鉄1000系」(2021年発売)には、通常カラー、1500番台、「緑の電車」「きになる電車」の4種類がありました。これらは車体だけでなく、パッケージも全て異なるデザインになっています。このように、800形の製作にあたっては、他社から発売した「鉄道コレクション」が参考になったとのことでした。

今後の展望は……

最初の話にもあった通り、すでに他社が江ノ電車両を多数製品化していることと、「鉄道コレクション」での連接車の動力化が難しいため、江ノ電としては、今後の「鉄道コレクション」への展望は今のところ考えていないとのこと。

800形発売以降も企画を続けたいかどうかに関しても「半々ですね。どの車両にするのかっていうのが選びきれないというところと、(続けるとしても)何ができるのか。あとはトミーテックさんとの兼ね合いもあるので何とも言えないですね。まずはこの800形の売れ行きを見守ることですかね」との回答でした。

それだけに、今回の800形に関しては、完成品のNゲージ鉄道模型ではどのメーカーも製品化していなかったこと、実車が40~50年前の古い車両であること、トミーテックが発売している動力ユニットにも適合することから、偶然にも「鉄道コレクション」のラインナップに向いていたのかもしれません。

800形は、「鉄道コレクション」には十分マッチした車種ではないかと思われる

江ノ島電鉄オリジナル商品「鉄道コレクション 江ノ島電鉄800形」は、江ノ電標準カラー・「チョコ電」カラーの2種類で発売予定。価格は各4,200円。先行販売会が12月17日~19日に開催されますが、そこでの購入には事前申し込みが必要です(各回50名まで、全開催回中1回のみ参加可能)。店頭販売および通信販売に関しては、準備ができ次第の案内となります。

もちろん、江ノ電のNゲージとしてコレクションに加えることもできますが、江ノ電に渡ってくる前の山梨交通や上田丸子電鉄にちなんで、江ノ電とは異なる車両と並べてみるのも、また違った楽しみがあるのではないかと思います。

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