幻の明石産『海苔ビール』を飲んでみた 「粘り気とまろやかさ」処分される”色落ち海苔”が素材

兵庫・明石産の海苔(のり)成分が入っているという〝幻のビール〟をご存じだろうか。「つまみ不要のアルコール飲料」という意味で、2019年に一部で発売された静岡・焼津産の深海生物「オオグソクムシ」が入ったビール(発泡酒)を記者は連想したが、こちらの明石産〝海苔ビール〟は今年11月に2日間だけ地元で試飲販売されたのみで、現時点で一般発売の予定はないという、まさに「幻」の一品なのである。その貴重な一本を実際に飲んだ上で、発案から完成に至る経緯とメッセージ、今後について地元関係者に話を聞いた。

明石市内で自家製ビールを提供する居酒屋「明石麦酒工房 時」と明石市漁業組合連合会が共同開発した「シンデレラのりDRAFT(ドラフト)」。今年11月に開催された「全国豊かな海づくり大会」のPRを兼ねて、明石公園で2日間行なわれた「あかし食三昧市」で初めて販売された。形態は瓶で、容量は330ミリリットル(税込500円)。各日200本限定で発売され、いずれも完売。それ以降の一般提供や製造の予定が現時点でないため、「幻のビール」という都市伝説となって一部で語り継がれている。

商品名の「シンデレラ」には意味がある。当初は高級海苔を使う構想だったが、イメージしたものができないまま計画は頓挫し、コロナ禍になった。そこから発想を転換し、色落ちなどによって業者に入札されず、焼却処分される「無札(むさつ)」の海苔を使うことによって、発案から3年の時を経て開発に成功。日の目を見ない「色落ち海苔」が注目される存在に転じる姿から「シンデレラ」と名付けられた。海苔や瀬戸内海をイメージした緑色を背景に、この童話に由来する「ガラスの靴」と、海苔が生まれ変わるという意味の英語「リボーン」にかけた「のりborn」という文言がラベルに描かれている。

明石市漁連の戎本裕明副会長は当サイトの取材に対して「明石はタイやタコが有名ですが、海苔養殖も盛んです。そこで、海苔を生かした新たな商品をつくりたいと考え、ビールの開発に取り組むことにしました」と、きっかけを語る。

また、この飲料自体には「豊かな海」という〝物語〟が込められているという。

開発に関わった地元の40代会社員女性は「瀬戸内海の色は透明で真っ青ではなく、緑に近い『碧(あお)』色が理想です。それは、窒素やリンといった栄養がバランス良く含まれた色で、そのような海だと海苔も艶があって黒々とした、栄養たっぷりのものになります。しかし、近年は海の栄養不足が問題になっており、そのため色落ちが発生しています。そこから、『豊かな海の環境を考えてもらうビール』というストーリーを商品に持たせては…と方針を切り替えました。地ビールをつくることに加え、持続可能な開発目標(SDGs)にも合致すると考えました」と明かす。

さらに、地元関係者は「色落ち海苔といっても、高級品に比べたら…ということで普通においしいですし、その海苔を網の目の細かいネットに入れてビールのタンクに入れて抽出しています。ただ、海苔はビールの材料として認められていないので、酒税法上は発泡酒となりますが、実質的にはクラフトビールと同じ。飲んだ瞬間、すぐには分からないが、後から海苔の香りが鼻から抜けるような感じがあります」と付け加えた。

さっそく飲んでみた。普通においしい。トロッとした粘り気があり、まろやかさを感じる。3年前に飲んだ「オオグソクムシビール」は口内いっぱいにエビの風味が広がったが、個人的な感想として、こちらはダイレクトに海苔の香りは伝わらなかった。予備知識なく、グラスに注がれた中身を飲んでいたら、まさか海苔が入っているとは気づかなかっただろう。裏返せば、海苔の香りを前面に押し出すのではなく、その控えめな距離感がいい。口に含んで目を閉じ、海苔の残り香を探しているうちに、瀬戸内の豊かな海のイメージが脳内に立ち上がってくる。

今後の展開について、地元関係者は「明石では12月から海苔の刈り取りが始まり、4月末まで作業は続きます。そこで色落ちの海苔が発生して無札になったら、また海苔ビールをつくりたいと考えています。ただ、焼却される色落ち海苔を商品として生かすことはいいことだと思いますが、一方で、漁師としては色落ち海苔はできてほしくない。そんな矛盾もあります」と指摘した。

入札されない「色落ち」から生まれた海苔ビール。来年以降も発売されるとすれば、それは海の栄養不足が続いているということも意味する。戎本副会長は「将来、海が豊かになり、海苔の色落ちが発生しなくなって、本当の意味で幻のビールになることが理想かもしれませんね」と思いを語った。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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