映画『THE FOOLS 愚か者たちの歌』- 魑魅魍魎渦巻くバンドの世界を映像化すること自体が奇跡であり、全人類必見の映画である

2022年10月2日に新宿ロフトで行なわれた先行上映&ライブに続き、いよいよ映画『THE FOOLS 愚か者たちの歌』が、2023年1月13日からヒューマントラストシネマ渋谷で上映される。 筆者がTHE FOOLSに出会ったのは、L.O.XというX JAPANのYOSHIKI、LIPCREAMのNAOKI、ORANGEのACTと、右手のないパンクスMASAMIが在籍していたバンドで、MASAMI亡き後に多彩なゲストボーカルを迎え、アルバム『SHAKE HAND』を制作するときだった。 僭越ながら筆者も、この作品でボーカルとして1曲歌わせてもらっているのだが、L.O.Xのアルバムには本映画の主人公とも言えるTHE FOOLSのボーカル伊藤耕も1曲参加して歌っていたのである。 このレコーディングの際に初めて伊藤耕に会ったのだが、心底度肝を抜かれた。 それまでハードコアパンクの世界で、多くの妖怪のような化け物のような、信じられない生き様の先輩たちと出会い影響を受けてきた筆者だったが、ハードコアの世界とも一般社会とも全く違う、異次元の宇宙人が地球上に存在したのである。

L.O.Xのアルバムで伊藤耕が歌う「JUNGLE」という曲で「どうせ支配するなら、愛で俺を支配してくれ」と歌っている歌詞にも衝撃を受け、自分の歌詞の稚拙さに恥ずかしくもなったのだが、いきなり「おう、ボーカル? 歌詞見せて」と言われ、真剣に読んでいたかと思うと「おお! 同じ同じ! 俺と同じだよ! よろしくなブラザー!」と言いながら、あっという間に距離がなくなり、真っ正面からの正直な気持ちで、初対面から人の心に土足でズカズカと上がり込んでくる。すると、それまで自分が持っていた概念や常識といったようなものが全て粉々に崩れ去り、いつの間にか何もかもが伊藤耕のペースで進むようになっているではないか。しかしそれが何とも心地よいのだ。 それまでパンクスとして一般社会とは相容れない生き方をしてきた筆者だったが、伊藤耕と一緒に遊ぶというか連れまわされているうちに、重要なことを気づかせてくれた。 「俺はまだまだ全然自分に正直に生きていなかったんだ。もっと自分のやりたいことを、気にしないでやっていいんだ」と。 明確に「敵」を認識し、怒りによる暴力で社会に対抗していたハードコアパンクとは真逆のアプローチをする人間で、「敵」を作らず「愛」に基づく言葉と行動で全てを包括し、動物的な生き物の本能を解放させたような「自由」を体現し、気づくと仲間になっているような暖かさと魅力に溢れた人間だった。一発で虜になってしまい、強烈なリアリティを突きつける伊藤耕の生き様が、筆者の人生を一変させた。

この伊藤耕との出会いにより、瞬く間にTHE FOOLSのメンバーたちとも知り合うようになっていくのだが、筆者が仲良くなった頃の伊藤耕以外のTHE FOOLSのメンバーは、ギター・川田良、ドラム・マーチン、ベース・誠二という、1986年に実刑判決を受けた伊藤耕が出所し、2ndアルバム『憎まれっ子世に憚る』を発売したあとの、1990年頃だった。 伊藤耕だけでも度肝を抜かれていたのに、さらに次々ととんでもない宇宙人たちと出会い、そのバンド名がTHE FOOLS(愚か者)というシンプルかつストレートな、パンクバンドでもあり得ないほどの名前にも度肝を抜かれた。そして作品を聴いてみると、さらなる衝撃を受けることとなる。 初めてTHE FOOLSの作品を聴いたときの感動は、初めてパンクを聴いたときと酷似しながらも異質な衝撃だった。外側からの力で殻をぶち壊してくれたものがパンクだとすれば、内から湧き出てくるもので殻が崩れていくような、抗うことのできない感情によって自然と涙が流れていたのを鮮明に覚えている。 筆者はそのとき初めて、音楽によって「愛」というものを体感したのかもしれない。抗うことのできない感情が「愛」だと理解すると、それからの生き方や心に大きな変化が起きた。 伊藤耕とは全く違うタイプなのだが、川田良やマーチンも愛に溢れた人物だった。それまで気づいていなかったのだが、優しさや愛にこんなにも様々な形があるというのも、THE FOOLSに出会ってから理解したのかもしれない。 「心の葛藤は、さらけ出したっていいんだよ」と、大きな器で誰も彼も受け止めてくれるような安心感に溢れていた。 まだまだTHE FOOLSとの思い出は書ききれないが、筆者などよりもTHE FOOLSと深く長い付き合いをしている人間が、雲霞(うんか)の如く存在する。 ひと癖もふた癖もある連中しかいないTHE FOOLSとその仲間たちなのだが、当然の如く表に出せる部分はほとんど無い。 THE FOOLSに少しでも関わると、誰もが興味を持ってしまい、いつの間にかその魅力の虜になる。そんな人間が溢れ、いつも仲間たちでひしめき合っていたのがTHE FOOLS周辺であり、それがドキュメンタリー映画として映像化されたというではないか。 もうこれは「暴挙」と言っていいだろう。 どこまで「あのTHE FOOLS」を描き出せるのか? これは監督の人生を賭けた勝負の作品であることは間違いない。 深く濃い付き合いの仲間たちには、ひとりひとりの思いがTHE FOOLSにあり、その思いの強さは誰にも負けない自負があるだろう。 「こうじゃねぇ」「そこじゃねぇ」「そうじゃねぇ」 恐らくいろんな批判が飛び交うのも、手に取るようにわかる。しかし映画鑑賞後に、ああでもないこうでもないと語り合えるというだけで、素晴らしい映画だということも理解しているはずだ。 筆者は、もう会うことのできない伊藤耕や川田良が、並んでいる姿を見ただけで涙が溢れた。川田良のギターに再び衝撃を受け、伊藤耕の歌に再び心を奪われた。 伊藤耕を語るマーチンが、命がけで残した言葉に心が震えた。 亡くなってもなお、伊藤耕の意志を引き継ぎ闘い続ける妻 満寿子の愛が、痛いほど伝わってきた。 でもたぶん、みんな多少なりとも同じような気持ちは抱えているはずだ。ひとりひとりにTHE FOOLSの物語があり、想いがある。その想いの中のひとつが作品となって世に現れた事実に感謝したい。 しかし本当によくこんな映画を作れたものだと感心する。魑魅魍魎(ちみもうりょう)渦巻くTHE FOOLSというバンドの世界を、映像化という形で作品にして発表する人間が存在するなど、信じられない奇跡である。 昔のライブ演奏の映像もあるのだが、その音質が当時のものとは思えない素晴らしさであるのも、この映画の見所だ。

これからTHE FOOLSを好きになる人間たちや、まだTHE FOOLSを知らない世代のために、伝えられることはいくらでもあるはずだ。 この先何十年、何百年も続く伊藤耕も川田良もTHE FOOLSもいなくなってしまった世界に、この映画によって強くて抜けない楔(くさび)が打ち込まれた。さぁ、ここからが始まりだ。 強くて弱くて底抜けに優しい、愛に溢れたTHE FOOLSを、この世の中が忘れるようなことがあってはいけない。 「愛と自由」なんて言葉は、陳腐でありふれたお決まりのセリフかもしれない。しかし体現して生きた人間の生き様を感じれば、その言葉の持つ本当の意味を心から理解することになるだろう。 神などいないが、そこにはTHE FOOLSがいた。 『THE FOOLS 愚か者たちの歌』、全人類必見の映画である。(Text:ISHIYA)

関連書籍情報

THE FOOLS MR.ロックンロール・フリーダム

著者:志田歩 体裁:四六判並製 / モノクロ408ページ 定価:本体2,800円(税別) ISBN:978-4-903883-63-2 C0073 発売日:2022年12月21日(水) 発行:東京キララ社

【本書の内容】

ドキュメンタリー映画『THE FOOLS 愚か者たちの歌』の制作と並走し10年の歳月を費やして執筆された、アンダーグラウンド・シーンの貴重な記録となる書籍。「自由が最高!」と叫び続けたやつらのロックンロール群像ドキュメント。

北海道の刑務所で非業の死を遂げた不世出のヴォーカリスト・伊藤耕をフロントマンに擁するロック・バンド、THE FOOLSの類い稀なる軌跡を追った迫真のノンフィクション。詳細はこちら。

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