中国「ゼロコロナ」を崩壊させた4日間の闘争 導火線になったW杯、当局の報復はひそかに始まった

北京市内で中国の「ゼロコロナ」政策に反対し、抗議を意味する白い紙を掲げる人たち=11月27日(ロイター=共同)

 中国全土で一時的に広がった新型コロナウイルス対策に反対する抗議行動は首都北京にも波及し、長期支配を固めた習近平共産党総書記(国家主席)の退陣要求まで飛び出す異例の展開をたどった。マスクなしの世界を示したサッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会が市民の不満を爆発させる導火線になった。
 新疆ウイグル自治区ウルムチ市の火災をきっかけに全国拡大した4日間の闘争デモで、参加者は「PCR検査は要らない、自由がほしい」と訴えた。習指導部は事態収拾に向け厳しい行動制限を強いる「ゼロコロナ」政策を大幅に緩和。その結果各国の周回遅れで感染が広がり、世界に先駆けて感染症を克服したと誇ってきた中国の“神話”は事実上崩れた。共産党の強権的な統治に、白い紙を掲げ「ノー」を突き付けた市民の反抗は一定の譲歩を引き出した。しかし、当局の報復はひそかに始まっている。(共同通信=大熊雄一郎)

 ▽北京中心部で千人規模のデモ、その中でも垣間見えた思慮深さ

 11月27日夜から28日未明に北京市中心部で抗議デモは起きた。「(習氏の共産党総書記)3期目続投に反対」。参加者が習氏の長期支配への反対を表明すると一瞬場がぴりついた。続いて「続投反対」のシュプレヒコールが拡大した。新型コロナ対策への抗議が体制批判に発展した瞬間だった。
 抗議活動は日本など各国大使館や外資系企業が集中する朝陽区の繁華街で起きた。川沿いにある広場にはウルムチ市で発生した火災の10人の犠牲者を悼む献花台が設けられ、市民が集結した。11月24日に起きたこの火災では防疫対策による封鎖で救助が遅れたとされ、ゼロコロナの被害を象徴する事件と見なされていた。
 参加者が抗議を意味する白い紙を掲げて行進を始めると、若者らが続々と合流し、最終的には千人規模まで膨らんだ。明確な組織者は不在とみられ、駆け付けた30代男性は「交流サイト(SNS)のグループチャットで情報が瞬時に広がった」と語った。
 2012年の習指導部発足以降、首都での本格的な政府批判行動は初めてだ。習氏は今年10月の第20回党大会で異例の3期目の総書記に就任した。新指導部を発足させて1カ月余りで、足元の北京で自身の退陣要求を含む抗議デモが起きた。
 ただ北京のデモでは、政治体制批判は主流にならなかった。政治的に過激な発言が出るたびに「それ以上踏み込むのはやめよう」「私たちの要求はあくまでロックダウン(都市封鎖)や隔離の解除だ」と周囲が制止した。政治に敏感な首都の市民らしく、当局に鎮圧の口実を与えない思慮深さが垣間見えた。

 ▽11月10日規制緩和の決定。政策修正は失敗し行動制限は強化された

 北京の抗議デモからさかのぼること17日。習氏は最高指導部の会議を主宰し、新型コロナ対策の緩和を協議していた。重大方針は習氏の鶴の一声で決めることが多いが、この日はメンバー7人で決を採った。内幕を知る中国メディア幹部が明らかにした。
 会議では感染が広がっていた新疆ウイグル自治区のケースなどから、重症化率や死亡率が低いオミクロン株の特性が重視された。習氏が「私は緩和に賛成だ」と言うと、他も追随したという。ゼロコロナ政策を続けながらも、隔離期間を短縮するなど緩和を進める方針を決めた。
 これを受け、一部の地方都市はコロナ関連の規制を大幅に撤廃した。ところが全土で感染が急拡大し、北京や広東省広州などは行動制限を強化した。ゼロコロナの継続と規制緩和という相反する方針に、地方や市民は振り回され、政策の軌道修正は失敗した。

中国共産党の第20期中央委員会第1回総会を終え、報道陣に手を振る習近平総書記=10月、北京の人民大会堂(共同)

 ▽11月20日W杯開幕。SNSで広がったマスクなしの動画

 習指導部はこれまで、中国が日米欧など先進国に比べて感染症を効果的に抑え込み、「社会主義制度の優位性を示した」と宣伝してきた。
 コロナ対応に苦戦する海外の情報を大々的に取り上げ、中国だけが成功しているとの構図を演出。国民の多くは「他国に比べて犠牲は少ない」と納得して厳しい行動制限を受け入れてきた。だが11月20日に開幕したW杯カタール大会がこの構図を突き崩した。
 「W杯で現地のファンは誰もマスクを着けていない。彼らは私たちと別の星に暮らしているのか?」。中国のSNSで、中国政府の対応を疑問視する投稿が広がった。すぐに閲覧不能となった。
 共産党・政府は海外の情報が国内に流入することを厳しく規制しているが、W杯を遮断するわけにはいかない。当局はW杯中継の関係者に「観客のマスク未着用や集団でお祭り騒ぎしている場面を突出させたり、国内のコロナ政策と結び付けたりしない」よう求める内部通達を出した。ただSNSでは、観客席の動画を投稿するなどして抗議する人が相次いだ。
 地方政府は感染拡大の責任追及を恐れ緩和に踏み切れず規制強化に傾く。庶民の間では緩和への期待が高かっただけに落胆が激しく、不満に火が付きやすくなっていた。

エクアドルとの開幕戦を前に盛り上がるカタールサポーター=11月20日、アルホル(共同)

 ▽11月24日ウルムチで火災。「封鎖を解除せよ」抗議は全国に拡大

 ゼロコロナは習氏の看板政策で、他国のような「ウイルスとの共存」戦略への転換は難しい。「中国だけが取り残されている」(SNS利用者)との認識が広がる中、習指導部は出口戦略を描けずにいた。当局が右往左往する中、その虚を突くような形で市民は反旗を翻した。
 内陸部の重慶市の路上で男性がゼロコロナ政策を批判する演説を行った。「自由がないのなら死んだほうがましだ」「W杯を見たくないか、広場で盛り上がりたくないか」と熱弁した男性は警察に連行されそうになるが、住民が救出し、観衆から歓喜の声が上がった。11月24日、この動画がSNSで瞬く間に広がった。

新疆ウイグル自治区ウルムチ市の高層住宅で発生した火災として11月24日、「微博」に投稿された画像(提供写真、共同)

 この日の夜、新疆ウイグル自治区ウルムチ市で火災が発生。その犠牲に怒りと悲しみを爆発させた群衆が25日に「封鎖を解除せよ」と叫びデモを起こした。ウルムチ市のデモに呼応しゼロコロナへの抗議の動きが燎原の火のように全国に拡大した。北京の複数の居住区では封鎖に反対する住民が立ち上がり、解除を勝ち取った。
 26日、江蘇省南京の学校では全身黒服姿の女性が静かに白い紙を掲げた。抗議と受け止めた学校側がその紙を没収する動画がSNSに投稿されると、コロナ発生から約3年にわたりほぼ校内に閉じ込められ、息が詰まるような閉塞感を抱く全国の若者らを刺激し、白い紙は強権的なゼロコロナ政策に対する抵抗の象徴となった。言論統制により奪われた言葉を取り戻したい願いも込められていた。
 同じ日の夜、上海市中心部の火災現場の地名が入る「ウルムチ中路」に、白い紙を持つ人々が続々と集まった。行動制限の解除や習氏の退陣を求めるシュプレヒコールが上がった。翌27日には北京、上海のほか、湖北省武漢、広東省深セン、甘粛省蘭州、吉林省吉林などで抗議行動が確認された。

中国江蘇省南京で学生らによって行われた、新疆ウイグル自治区の火災の犠牲者を追悼する集会の一場面とみられる画像(「微博」から、共同)

 中国当局は携帯電話会社のビッグデータや先端技術を駆使して国民の移動を厳格に監視するシステムを築いており、全国で同時に抗議行動を起こすことはほぼ不可能とみられていた。
 北京のデモ参加者は、異例の抗議活動が実現した理由について(1)人々が「生きていけない」と感じるほど追い詰められていた(2)急速な抗議活動と情報の拡大に当局の対応が追いつかなかった(3)自発的な行動で組織者が不在だった―と分析した。

中国の上海の中心部で、白い紙を掲げて新型コロナ対策に抗議する人たち=11月(共同)

 ▽12月7日ゼロコロナに幕。抗議は収束へ

 習氏は12月1日、北京で欧州連合(EU)のミシェル大統領と会談した。EU高官によると、習氏は「コロナの感染が約3年続き、人々が不満を抱いている」と新型コロナを巡る抗議活動に言及し、厳しい規制の緩和を示唆した。
 12月に入り、党・政府はオミクロン株の「毒性が弱い」などと強調するようになった。これまでは、新型コロナの重症化や死亡のリスクを強調してゼロコロナを正当化してきたが、感染は怖くないとの宣伝に転じた。ゼロコロナ政策の看板は下ろしていないが、党・政府関係者による政策への言及は明らかに減った。
 中国政府は7日、コロナに関する規制の大幅な緩和策を発表した。これまで集中隔離の対象だった無症状や軽症の感染者に自宅隔離を認めた。大規模なPCR検査はせず、縮小する方針を明確にした。
 中国は感染者を一人残らず洗い出すため頻繁なPCR検査を実施してきた。対策を大幅に緩和したことで感染者が急増し、検査体制は破綻した。当局は感染しても報告せず、自宅療養するよう呼びかけている。
 ゼロコロナは混乱のうちに幕を閉じた。3年にわたる行動制限に嫌気が差していた市民の不満は、封鎖が解除されただけでもひとまず解消され、抗議行動は収束に向かいつつある。

新型コロナ対策の大幅緩和に踏み切った中国で、PCR検査所の前に張り出された告知。「結果が出なくても、理由は聞かないでください」などと書かれている=12月8日、北京(共同)

 ▽国民の犠牲の上に成り立っていた「勝利の物語」

 新型コロナ流行後、習指導部は国民の行動を徹底管理する強権の強みを生かし、米欧の感染者数や死者数の多さを強調しながら未曽有の疫病すら権力の源泉に変えようとしてきた。
 感染症という公衆衛生上の問題を西側との競争と位置付けた時点で、国民の不幸は始まっていた。「勝利の物語」は日常や経済活動の犠牲の上に成り立っていたためだ。戦時体制のような統制にどこまで耐えられるかというストレステスト(耐性評価)のような状態が続き、約3年で臨界点に達した。国民の不満に圧倒される形でコロナ克服の神話は崩れた。
 米欧への対抗意識が潜む「中華民族の偉大な復興」に代表される党が押しつける世界観は、経済成長に伴い成熟しつつある市民社会に必ずしもそぐわなくなってきている。今回の抗議活動は、そのズレを可視化させ、一定の譲歩を引き出した意義は大きい。
 北京や上海のデモでは習氏個人を批判したり嘲笑したりする若者も多かった。党の公式文書上は建国の指導者、毛沢東に並ぶ地位を確立した習氏だが、その権威は外形上ほど浸透していない実態をうかがわせた。ゼロコロナも中国産ワクチンも無意味だったとの国民的な記憶が定着すれば、政権にとって潜在的なリスクとなる可能性がある。

 ▽今後起こり得るのは「海外からの情報遮断」

 当局は北京のデモ参加者らへの圧力を強めている。ある20代の若者は「誰に扇動された」と問い詰められ、抗議活動の背後にいる「敵対勢力」を自白するよう迫られた。中国で1989年に民主化要求運動を武力弾圧した天安門事件が起きた際、当局は国内外の「敵対勢力」が扇動したと主張した。当局は今回の抗議活動も「敵対勢力」と結び付けて取り締まる動きを水面下で進めている。
 一連のデモで、若者たちは当局の情報規制を回避してインターネットに接続できる「VPN(仮想私設網)」を使い、ツイッターや通信アプリのテレグラムなどを通じて情報を集め、連絡を取り合った。北京や上海では当局がデモ参加者を拘束しこれらの機能を使っていないか調べているとの情報も確認されている。
 コロナ政策を批判し一時拘束された中国人記者は「今後最も起こり得ることは、海外からの情報の遮断だ。共産党は恐怖と洗脳による統治を一段と強化するだろう。外部の情報にアクセスできない中国人は抗議活動が起きたことも知らない。社会の分断は既に深刻だ」と語った。

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