東日本大震災を真正面から描いた映画「すずめの戸締まり」、新海誠監督が語った「3年後では遅い」の意味

映画「すずめの戸締まり」のインタビューに応じる新海誠監督=2022年10月30日、東京都千代田区の東宝本社

 「現実よりもリアル」と称される美しい情景描写や、切ない青春ストーリーで国内外に多くのファンを持つアニメーション作家、新海誠。新作「すずめの戸締まり」は、東日本大震災というテーマに真正面から挑んだ集大成的な作品だ。大ヒットを続ける作品に込めたものとは―。「君の名は。」以降、抱き続けてきた切実な思いと覚悟を語ってもらった。(共同通信=安藤涼子)

 ▽巨大な声が示した方向性

 ―自身のキャリアにおいて、本作はどのような位置付けの作品になりましたか。
 「かつての自分なら作らなかっただろうし、作ることもできなかったはずの作品。『君の名は。』『天気の子』を巨大な数の人々に見ていただけた経験そのもの、そしてそこから聞こえてきたたくさんの声によって作品の形が変わったと思います。(こういう映画を)『作っていいよ』と資格のようなものを与えられた感覚と、『おまえが作るものはこっちだろう』というある種の方向を示された感覚の両方があります」
 ―「君の名は。」とは違い、東日本大震災を真正面から描いています。
 「東日本大震災を直接的に、エンターテインメントとして描く映画なんだということは企画段階から決めていました。チームにも(配給元の)東宝にも共有して、じゃあどういう形で届けていきましょうかという話をしながら作っていった」

映画「すずめの戸締まり」のワンシーン (C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 ―映画に登場するキャラクターで、災いを呼ぶ「扉」を閉じて歩く「閉じ師」の仕事を「土地を悼むこと」だと説いています。なぜそのような職業が必要だと考えたのですか。
 「僕は団塊ジュニア世代なので子どものころはとてもにぎやかだったし、高度経済成長期を経て、日本がどんどん広がっていく感覚がありました。20年ぐらい前までは日本は相当豊かな国だったと思いますが、ことここに至って、いろんな現実が見えてきている」
 「勢いや高揚感の中で、人間はいろんなことをしてきた。前作『天気の子』にも関係するが、気候変動などはまさにそのしっぺ返し。僕たちは、地球を変えるような能力をガンガン行使して『扉』を開き続けてきたのです。その結果、記憶に新しいところだと今年もパキスタンで国土の3分の1が洪水被害を受けたという。本当に巨大な何かが自然から戻ってきている感覚があります」
 「閉じ師がやっているのは、かつては人であふれていた場所に鍵を掛ける行為。(閉じ師の)草太が言っている呪文のような言葉は『僕たちはずっと山を、川を、土地を借りてきました。ただもうこの場所にいることができません。ですからお返しします』という意味。『産土よ』と土地の神様の名前を言いながら鍵を閉める。そのことによって『これ以上害を及ぼさないでください』とお願いしています」
 -災いの扉が開く、全国各地の廃虚はどのような過程を経て設定されたのでしょうか。
 「『場所を悼む』という行為の直接的なヒントになったのは自分自身の故郷です。長野県の山の上にある小さな町で、今も好きで時々帰るのですが、ずいぶん人が減って寂しくなってしまった。ただ、全て実在する廃虚というわけではありません。ロケハンはしつつ、ありそうな架空の場所として描きました。廃虚をアクションシーンの舞台にしたのは(キャラクターが)駆け回ることができるのと、美しくも恐ろしくも描くことができるからです」

 ▽高校生の胸の中でまだ町が燃えているなら

 ―主人公、鈴芽の震災を巡るトラウマを、物語に組み込んだ理由は。
 「僕の娘は今12歳。震災後に生まれたけれど、震災の記憶はありません。そんな娘から先日、(テレビ番組の)金曜ロードショーで放映された僕の監督作『君の名は。』を改めて見て、初めて意味が分かって泣いた、と連絡が来たんですね。ただ、意味が分かったとは言っても、僕が震災を目にしたことであの映画ができたとか、彗星が大震災のメタファー(暗喩)だということは彼女には全く分からないし、実感もできない」

インタビューに応じる新海誠監督=10月30日、東京都千代田区の東宝本社

 「震災は、ほとんど全ての日本人にとって自分や世界が書き換わってしまう巨大な経験だった。今でも鈴芽のように胸の中で町が燃え続けている人もいるだろうし、まだ生々しいものとして内側にある人も少なくないと思う。それほどの経験を観客と共有できなくなってしまうかもしれない。でも今ならまだギリギリ共有できると思ったのです。高校生の鈴芽は、僕の観客とほとんど同じ世代。彼女の胸の中にまだ燃えているのであれば、それを知らない世代でも想像が及ぶのではないか。3年後では遅い。今でないと手遅れになってしまうし、今なら自分たちにも作ることができる、と考えました。その上で、震災孤児としてのヒロインをどう描くかは、想像を尽くすしかなくて。自分自身ならどうなっていただろう。そう考えて、絵を塗りつぶしたり『死ぬのは怖くない』と叫んだりする、少女の造形になりました」
 ―鈴芽は前へ前へと進むヒロイン。行動力があり、共に全国を旅する「閉じ師」の草太を引っ張っていきます。
 「鈴芽の生い立ちを考えたら、自然とああいうキャラクターになったんです。九州から飛び出して行くのは、おばに育てられた息苦しさのようなものもあったかと。同時に『死ぬのが怖くないのか』と問われて『怖くない』というのは、震災孤児であるために彼女の中に張り付いた無常観から出た言葉。生きるか死ぬかなんてただの運だとずっと思っていた、だから怖くない、と鈴芽は言います。あれ以上怖いことはないから前へ前へと進んで行くのだと思います」
 ―震災を描く上で気をつけたことはありますか。
 「根本的な部分ではうそをつかないようにしようと思いました。その上で、僕たちがやるなら、笑ってワクワクしながら楽しめるようなエンターテインメントにすべきだ、とも。現実に起きた巨大な悲劇をエンタメで扱ってはいけないとしたら、その方がはるかに怖い。それこそ誰が、何をつないでいけるんだろうという気持ちになります。笑いながらワクワクしながら楽しめる映画にすることが僕たちの役割かなと思いました」
 ―土地を悼むと同時に、死者を悼むことも本作のテーマだと感じました。
 「鈴芽は、物語の終盤で『おはよう』や『行ってきます』といったたくさんの声を聞きます。あそこで繰り返されるのは『おかえりなさい』がなかった『行ってきます』。それを頭に思い浮かべて絵にしたのが、僕たちのやったことです」

映画「すずめの戸締まり」のワンシーン (C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 ▽欠けた体で世界を駆け巡る

 ―ちりばめられたユーモアや躍動感など、アニメーションならではの描写も満載です。どんな点にこだわりましたか。
 「見ていて気持ちいい映画にしたかった。ちょうど日本でも新型コロナウイルス禍が始まり、東京に緊急事態宣言が出されたころにプロットを考え始めて、映画が公開される頃、世界がどうなっているか分からないまま作り続けてきました。(コロナ禍で)狭くて暗い世界に閉じ込められている感覚を、3本足の椅子になってしまった草太に託した。何かが決定的に欠けている彼の体であっても、躍動感をもって映画の世界を駆け巡る作品にしたいな、と。それを劇場で見てもらえたらうれしいなあ、と想像しながら。思わず体が動き出してしまうような映画体験を作りたかった」
 ―自然描写もこれまでの「空」や「水」から「土」へと広がっていますね。
 「土地を悼みながら移動していくロードムービーなので、土のにおいのする映画にしたかった。風土という言葉があるが、土というのはすべて生き物の死体でできている。僕たちは死んだ生き物の上に立って生きているんですよね。その土を踏んで育つことによって、ある程度共通項のあるマインドセットのようなものが生まれるのではないか、と思うんです」

「すずめの戸締まり」の完成報告会見で写真に納まる新海誠監督(前列中央)ら=10月25日、東京都千代田区

 ―災いの「扉」から出現し、地震を引き起こす「ミミズ」はどこから着想を得たのでしょうか。
 「いくつかあるモチーフのうち、一つは直接的に『龍』。日本列島の下に巨大な生き物がいて、それが体を揺らす事で地震が起きるという感覚です。実際には、江戸時代に龍からナマズになっていった。科学の言葉では、地震の原因はプレート運動によってたまったエネルギー。おそらくそれが事実だけど、それは僕たちが新しく手に入れた視点で、昔は地震という現象はミミズのような生き物に見えていたかもしれない。同じ現象でも世界観が違うと違うものに見える。そんな思いでミミズを描きました」
 ―どんな思いで作品を観客に届けますか。
 「社会の中で起こった巨大な出来事を、エンターテインメントとして語る行為は人間がずっと行ってきたことです。僕たちも同じように伝承していくんだ、という思いを込めて昔話のようなタイトルにしました。とはいえ震災は昔の話ではなく、ある人々にとっては今でも生々しい出来事。よかったよと思っていただけるのか、何と言う無責任なものを勝手に作っているんだ、と思われるのか…。どういう風に受けとめてもらえるか、とても気になっています」
(インタビューは映画公開前に行いました)

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