米国のサステナビリティの最前線「DEI&B」「メンタルヘルス」――サステナブル・ブランド国際会議サンディエゴ②

10月に開かれたサステナブル・ブランド国際会議2022サンディエゴでは、「Recenter & Accelerate(リセンター&アクセラレイト)」をテーマに、いま一度本質に立ち返り、リジェネラティブな未来(環境や資源、地域などが再生する未来)の実現に向けて加速していくために必要なことが議論された。ここでは、「過去から学び前進する」ことをテーマに行われた基調講演から、陥りやすい失敗、持続可能な組織に必要な「帰属意識」、サステナビリティと成長の両立、より深い社会的課題「メンタルヘルス」への取り組みについて語られたセッションを紹介する。登壇者は世界経済が厳しい状況にある中、どうサステナビリティを優先し、市場の変化に適応しながら、サステナビリティの実現に長期的視点で戦略的に取り組んでいるかを具体的に話した。(小松遥香)

陥りやすい4つの失敗から学ぶ

英国の非営利団体Forum for the Future(フォーラム・フォー・ザ・フューチャー)は、企業や政府と連携し、持続可能な未来への転換を推進する国際団体だ。サリー・ユレン代表は昨年の創業25周年を期に、気持ちを新たにし、取り組みを加速させていくためにこれまでの振り返りを行ったという。会議ではそこから得た教訓として、陥りやすい4つの失敗を共有した。

①環境課題と社会課題を切り離して考えること。切り離すことによって、多くの人を巻き込むことができずに取り組み自体が浅いものになってしまう。さらに組織が環境部門と社会部門とで縦割りになることで解決により時間がかかる。

②情報開示において本来測定が困難なことまで全てを完璧に測定し、進歩させなければならないと考えること。世界がより複雑化していることを理解し、大きな影響を与えられる分野に注力しながら、どうバランスをとるかが大事だ。

③協働か競争かという2択で考えること。社会システムを変えるには既存のシステムを超えたコラボレーションが必要になる。

④経済的な成長か持続可能性かと考えること。死んだ地球ではビジネスはできず、地球の限界や社会的公正、正義の問題を無視して持続可能な経済成長は果たし得ない。経済の再定義が求められている。

最後に、公正でリジェネラティブな未来を実現するための重要なものとして「マインドセット(心構え)」を挙げ、問題があれば可能性を見出せるようにし、必要な変化を受け入れていくことが求められていると説いた。そして、SF作家ウィリアム・ギブスンの「未来はすでにここにある。ただ均等に行き渡ってないだけだ」という言葉を紹介し、「目指す未来、新たなビジネスモデル、新たな働き方、参加型民主主義の種はここにある。それをどう引き寄せるか。それが課題でありチャンスになる」と語った。

DEI&Bの時代 社員の「Belonging(帰属意識)」を高めるには

オロクノーラ氏とオリバー氏

コロナ禍をきっかけに大退職時代を迎えた米国では、DE&I(多様性・公正性・包摂性)に加え「Belonging(帰属意識)」を持てる職場・企業文化づくりが求められている。帰属意識をテーマにしたトークセッションには、ユニリーバ北米でDEI&Bの責任者を務めるティシュ・アーチー・オリバー氏が登壇した。インタビュアーを務めたのは、路上での暴力行為をなくすためにストリートギャングを雇用し、経済的自立を支援しているビールメーカー「TRU Colors Brewing(トゥルー・カラーズ・ブリューイング)」の最高人材活用責任者カリラ・オロクノーラ氏だ。

オリバー氏はまさにコロナ禍の2020年、D&Iを加速させる人材として入社。最初に行ったのがDEI&B戦略の発表だったという。帰属意識について「組織としてインクルージョンを超えるものが必要だった。例えば、インクルージョンは誰かがサポートされ、尊重されていると感じられるための行動だが、帰属意識はあなたがどう感じるかであり、真に正直でいられる居場所のこと。心理的安全性を感じられ、発言が認められ、報復を恐れず否定的な意見も言える職場にするために帰属意識を浸透させる必要がある」と語った。ユニリーバ北米では、公平性と帰属意識を向上させるために、公平性と企業文化についての第三者機関によるアセスメントを8カ月かけて実施。その上で5年間の行動計画を策定した。

オロクノーラ氏は「帰属意識は一律ではなく組織によって異なるもの。自社に必要なことは何かを考え、定義する必要がある。またそれは自社のミッションやビジョン、バリューとも一致するものだ」と説明。そして、帰属意識に重点を置いた組織づくりには、組織の現状に対する正確なデータを集めて分析し、課題を理解し、異なる考えや立場の人を理解して巻き込んでいくことが求められると強調した。

150年企業の最高成長責任者が考える、成長とサステナビリティ

Forum for the Futureのユレン氏と対談する形で登壇したのは、日用品大手キンバリー・クラークの最高成長責任者アリソン・ルイス氏。クリネックスなどのブランドで知られる同社は1872年創業の老舗企業だ。ルイス氏はコカ・コーラなどのグローバルマーケティング、ブランディング部門で活躍し、さまざまな賞を受賞してきた人物。現在は最高成長責任者(Chief Growth Officer)として、パーパス「よりよい世界のために、よりよいケアを」を世界の支社に浸透させるべくサステナビリティ・サミットを開催するなどしてブランドの強化に取り組んでいる。

ルイス氏は成長について「毎日の損益によって生きるか死ぬかが決まるのだから、成長を促進していかなければならない。一方で持続可能性は中核にあるべきもので、ニッチなものであってはいけない。成長と持続可能性の両方が必要」と説明した。さらに、サステナビリティへの取り組みをさらなる成長につなげるために重要なこととして、技術・素材の改革などを含むビジネスモデルの改革、地域特有のニーズがあるローカル市場を挙げた。実際、そのニーズに応えることで、使い捨て製品が主力の中、破壊的イノベーションによって、生分解性のおしり拭きや再利用可能な水遊び用おむつなどを生み出してきた。

サステナビリティを実践する上で大事なこととして、「まずビジネスに組み込むこと。すでに何度も耳にしてきたと思うが、パーパスをブランドマネージャーのレベルまで落とし込むことだ。そして、競争前の段階において他社と協働するという考えを持つこと。最後は、危機こそ最大のチャンスと考えること。サステナビリティへの投資が難しい時代だが、クリエイティブな解決策を生み出し、自社の変革につながる重要な事業に投資が行われるように経営層のコミットメントを得ることが必要」と語った。最後に、変化と挑戦が好きというルイス氏は「自らの考え方を破壊することを決して恐れてはいけない。その時にこそ一歩踏み込んだ変化や成長が生まれる」と締めくくった。

メンタルヘルスの領域で、ブランドがリーダーシップを発揮するには

WHOによると、パンデミックの影響で世界ではうつ状態・うつ病の発症者が25%増えたという。そうした時代を背景に、事業を通じてメンタルヘルスの問題に取り組んでいる2社の担当者が登壇した。歌手で俳優のセレーナ・ゴメス氏が立ち上げたコスメブランド「レア・ビューティー」のエリス・コーヘン氏と、ファッションブランド「ケイト・スペード」のタリン・バード氏だ。

完璧さではなく自分らしくあることの美しさを伝える「レア・ビューティー」では、化粧品の販売のみならず、メンタルヘルスや自己受容について話し合える居場所・コミュニティを提供している。背景には、ゴメス氏が双極性障害と向き合いながら生きていることがある。同ブランドの主な顧客はZ世代。コーヘン氏は「Z世代が直面している最大の問題に取り組むのは当然のことだった」と語る。

レア・ビューティーでは、3つの方法でメンタルヘルスに取り組む。1つ目は教育。同社は売上高の1%をレア・インパクト基金に寄付しメンタルヘルスの支援を行うほか、慈善団体やパートナー企業と共に教育を通じたメンタルヘルスサービスを提供するための資金調達を行う。その一環で制作した教育コンテンツをSNSで無料公開し、これまでに500万人にリーチした。2つ目はコミュニティづくり。コロナ禍で、学校に通えず若者が孤立していた時に「レア・チャット」を開設し、バーチャル空間で悩みや日常について語り合う場所をつくった。3つ目はインパクトの創出。基金を用いて、世界の若者のメンタルヘルスを支援する。2020年の創業以来、国内外の17以上の団体を支援しており、その6割以上を占めるのが黒人や先住民の人たちが率いる組織だ。「ブランドは、コミュニティや会話を生み出すことができる」とコーヘン氏は強調した。

ケイト・スペードでは約10年前からメンタルヘルスに取り組んでいる。最初に行ったのは、ルワンダのサプライチェーン工場で働く女性たちへのメンタルヘルス・プログラムの提供だ。メンタルサポートを受けた女性たちは発言が増え、自信を見せるようになったという。

さらに踏み込んだ取り組みへの転機となったのは、創業者の自死。そのニュースは、心を晴れやかにする明るい色が特徴のブランドだっただけに世界に衝撃を与えた。それ以来、社会的インパクトを創出する活動の中心にメンタルヘルスを据えてきた。バード氏は「ケイト・スペードは、“JOY(喜び)”が人生を彩るというビジョンの下で設立された。喜びとは、ものを買うことでもなく、口に出せるものでも、外側にあるものでもなく、ここにあるもの」と左胸に手を置いた。そして「だからこそ、ブランドとして女性や女の子のメンタルヘルスの領域にさらに踏み込む必要があった」と語った。同社もレア・ビューティーと同様に「完璧である必要はない」というメッセージを公表するブランドだ。

同社は2025年までに、10万人の女性と女の子にメンタルヘルスとエンパワーメントのための各種手段を提供することを掲げ、日本でもメンタルサポートを行う。社内でもメンタルヘルスへの取り組みを進めており、約80人(2022年10月時点)が精神疾患などの兆候を理解して対応する方法を学ぶ講習を受けている。バード氏は「希望を感じるのは、人々が不完全さを受け入れ始めようとしていること。世界がもっと完璧でないもの、不完全なものを求めるようになれば、メンタルヘルスについての議論は活発になる」と語った。

© 株式会社博展