CSOから金融業界へ サステナビリティ人材はどう経済を変えるか――サステナブル・ブランド国際会議サンディエゴ③

米サンディエゴで10月に開かれたサステナブル・ブランド国際会議では、「Recenter & Accelerate(リセンター&アクセラレイト)」をテーマに、本質に立ち返り、リジェネラティブな未来(環境や資源、地域などが再生する未来)の実現に向けて加速していくために必要なことが議論された。4日間にわたって開かれた会期の後半では、社会・環境課題をイノベーションで解決するスタートアップや、CSO(最高サステナビリティ責任者)を経て金融業界に転身したリーダー、逆に金融業界からサステナビリティの分野に転身したリーダーらが登壇した。(小松遥香)

米スタートアップ、オフセット事業で米南部に再エネを拡大

3日目の基調講演のトップバッターは、米国のスタートアップ「クリアループ」のローラ・ザパタCEOだ。同社では、新たな発想でカーボンオフセット事業を手掛けている。その発想とは、CO2排出量が多く、再生可能エネルギーへの切り替えが進んでいない米南部地域を中心に太陽光パネルの設置を増やし、オフセットするというものだ。カーボンオフセットを希望する企業は、太陽光発電設備の建設に投資し、その設備が生み出す環境価値を受け取る。

ザパタ氏は「環境・健康・経済的にもメリットのあるクリーンエネルギーへの公平なアクセスなくしてネットゼロは達成できない。真に公正な移行を行うのなら、さらなる努力が必要になる。送電網を脱炭素化することが重要だ」と参加者らに訴えた。

化石燃料産業が多く、最近では反ESGの姿勢もみせる南部の排出量は、各国の排出量ランキングに照らし合わせると世界第6位に匹敵するという。同社が最初に設備を置いたのは南部テネシー州ジャクソン。この地域の電力構成は石炭火力が43%に対し太陽光は0.4%。次に手掛けようとしているのは南部4州にまたがるミシシッピ・デルタだ。米国の中でも経済的に貧しい地域で、石炭火力が80%、太陽光が0.5%の割合だ。同社はホームページで、各地の1時間あたりのCO2削減貢献量をリアルタイムで見られるようにしている。

CSOから金融業界へ転身 世界の経済を再構築するリーダーたち

ウィンストン氏、スウィッツァー氏、スタンジス氏

最終日4日目の基調講演には、CSO(最高サステナビリティ責任者)を務めた後に金融業界で活躍するリーダーらが登壇し、自身のキャリアの変化や、ESGという言葉の本質に立ち返り、真に持続可能な経済をどうつくるかについて語った。セッションのファシリテーターを務めたのは『ビッグ・ピボット―なぜ巨大グローバル企業が〈大転換〉するのか』などの著書で知られるアンドリュー・ウィンストン氏だ。

登壇者を紹介する。デイブ・スタンジス氏はキャンベル・スープ・カンパニーでCSOを務めた後、サステナビリティ分野の企業・大学で働き、現在は資産運用会社「アポロ・グローバル・マネージメント」でCSOを務めている。ネルソン・スウィッツァー氏は環境エンジニアから金融機関に転身し、ネスレ・ウォーターズ(カナダ)でCSOを務めた後、経済の脱炭素化をパーパスに掲げるベンチャーキャピタル「クライメート・イノベーション・キャピタル」を共同創業した。また、当日は体調不良で登壇が叶わなかったレティシア・フェリアー・ウェブスター氏はノースフェイスで働き、親会社「VFコーポレーション」でサステナビリティの責任者を務めた後、現在はゴールドマン・サックスのCSOだ。

アンドリュー氏は、ESGという言葉について「単なる頭文字やカテゴリーであり、言葉自体には何の意味もない」と切り出した。つまり、持続可能性という言葉のように意味を持っているわけではないということだ。そしてESGが、リスクマネージメントや機会創出、また投資先を決めるスクリーニングのためのものとしか捉えられていない現状をどう変えられるか、とスタンジス氏とスウィッツァー氏に問いかけた。

スタンジス氏は「私は、ESGという言葉を使わないよう伝えている。その代わりに、自分たちが何をしようとしているのか、具体的に話すよう求めている」と答えた。スウィッツァー氏は「ポール・クレメンツハント氏が率いる国連のチームがESGという言葉を考案した際、ESGの概念はデータのことだった。ESGは一連のデータであり、それを統合することで意思決定に役立つと考えられている。しかし、データを使うプロセスに課題がある」と指摘した。社会的課題は何で、どう解決し、持続可能な企業になるにはどうすればいいか、というビジョンがない組織ではデータが効果的に使われないとした。

さらに、話はCSOがCFO(最高財務責任者)とのコミュニケーションをどう改善していくべきかに及んだ。スウィッツァー氏は「私が最も効果的だと思ったのは、CFOの慣習に挑戦してみることだった。例えば、CFOを怖がらせるのではなく、(CFOが実践しているように)データを示すことだ」と語った。スタンジス氏は「忘れてはならないのは、CFOは仕事をしているのであって、私たちと同じように戦略家であり、会社が未来に向かうよう力を尽くしているということだ。CFOが数字に対処し、短期的な要求にさらされていることをあなたが理解していること、そしてCSOとしてどのように長期的価値をもたらそうとしているかをCFOに知ってもらうことが大切だ」とアドバイスを送った。

リジェネラティブ社会・経済をつくるための「5つの真理」

ジョン・フラートン氏はJPモルガンで20年にわたり働いた後、シンクタンク「キャピタル・インスティテュート」を設立。金融機関の変革を通して、より公正で回復力があり、リジェネラティブな暮らしへの転換を目指している。

フラートン氏は、自身がデリバティブ(金融派生商品)事業をつくり上げた一人であると紹介し、現在のESGデリバティブの在り方が間違った方向に進んでいるとの見解を示した。同氏自身は2001年、自身の魂が死んでいくのを感じ退職を決意。同年に発生した9.11を目の当たりにしたことで世界について探求し始めたという。

同氏は、トルストイの言葉「人生の唯一の意義は、神の国の建設に貢献することにより、人類に奉仕することにある。そしてその奉仕は、一人ひとりが真理を認識し、これを信奉することによってのみ行われる」と紹介。リジェネラティブな世界の実現を目指すには、まず「真理」を理解することが重要だとし、知っておくべき5つの真理について語った。

1つ目は、ESGは投資ポートフォリオのリスクマネジメントのためにつくられた枠組みであり、サステナビリティの枠組みではないということ。ESGはサステナビリティとイコールではないし、社会のシステムを変革する戦略ではなく、ポートフォリオマネジメント戦略だ。フラートン氏は、ESG投資が増加しても、CO2の排出量は減らずに増え続けていることをデータで示し、気候変動のための戦略としてはうまくいっていないと指摘した。

2つ目は、人々が向き合うべき問題は炭素排出量の問題ではなく、炭素循環の問題であるということ。目指すべき正しい目標は、CO2を削減して2050年にネットゼロにすることではなく、炭素循環の均衡を保つことだ。

3つ目は、真の問題は気候や公平性、生物多様性、資本主義の問題ではなく、経済システムの設計の問題だということ。「新古典派経済学という致命的な欠陥のある理論的基盤の上に構築されていることが問題なのだ」と語った。そして、その欠陥を追いかけるがあまり、人類は貴重な時間を浪費し続けていると指摘した。

4つ目の真実は、人間は賢く、要領が良く、進取の気性に富み、勇敢かしれないが、無知だということだ。多くの人は地球上で生命がどのように機能しているかについて知らず、金融の専門家やCEOで生態学や生物学を理解している人も少ない。大きな転換期において、人類は集合的に意識を高め、リーダーシップについて学び直し、システムの変革を受け入れることが求められており、それがなければ人類の文明は崩壊に向かって突き進んでいく。

5つ目は、500年にわたる驚異的な進歩を遂げた今、還元主義的(複雑なものごとを要素に分解して考える)理論に基づく科学的手法は限界を迎えているということだ。地球やものごとの複雑さを踏まえず、還元主義に基づく野心的な目標を立てることは問題の解決を遅らせる。問題を単に正しく理解するだけでは、システムの変革を促進できないと指摘した。

フラートン氏は、国連でエイズ危機の解決に取り組んだ医師のモニカ・シャルマ氏の言葉を紹介し、システムの変革には、問題の解決、システムの変化、意識の変化が同時に起きる必要があり、変化は意識から始まるのだと語った。

分断を乗り越え、意見の異なる人とどう話すか

ロビンソン氏、アズレ氏、ファシリテーターのケビン・ウィルヘルム氏

SB’22 サンディエゴの基調講演の最後では、考えの異なる人とどう対話し、ギャップを埋め、共通点を見つけるかをテーマにしたセッションが行われた。分断が進み続ける米国では、気候変動やその対策をめぐっても大きく意見が分かれている。

セッションには、米生活雑貨販売「ベッド・バス・アンド・ビヨンド」のESG責任者であり、コロンビア大学の非常勤講師を務めるダニエル・アズレ氏と、エンジニアとして働いた後にカリフォルニア州知事の下で働き、現在はアトランタ大司教区のサステナビリティ・ストラテジストでありコンサルティング会社「SEMCO」のCSOも務めるレナード・E・ロビンソン氏が登壇した。

ロビンソン氏は、アトランタ大司教区の仕事を通して、保守やリベラルな若者、高齢者、さまざまな人種の人たちと交流している。その中で努めているのが「共通点」を見つけること。「人はあなたがどれだけ知っているかではなく、あなたがどれだけ気にかけているかを理解するまで、気にしないものだ」と語った。「オオカミはウサギを追いかけ、ウサギはオオカミから逃げるが、どちらも森が焼け落ちることは望んでいない。共通の認識を持つことで、世界が必要としている解決策を実行することから目をそらすべきではない」とした。

アズレ氏はこれまでに、ロレアルやマーク ジェイコブスでCSRやサステナビリティの責任者を務めてきた。その経験から「サステナビリティに15年間携わってきた中で、非常に重要だったのは強固な人間関係を築くこと。その人の友人になって、自分の味方につけ、共通の話題を見つけることなしにこの仕事はできない。一緒にコーヒーを飲みながら、個人的なレベルで知り合うために時間を割くことは価値がある。そうすることで、人々にとって何が大切なのか、どうすれば彼らを仲間にできるのかが分かる。人と長期的な関係を築かなければ、そのような場所には辿り着けない。それができれば、より速く、より遠くへ行ける」と語った。

両者は共に「聞く」ことの重要性も挙げた。ロビンソン氏は「コミュニケーションというのは、その人の心の中にあるものを見ようと耳を傾けることだ。その人の価値観は何なのか。その人の頭脳を理解するために話をする必要があるのか。それとも心を理解する必要があるのか。しかし、私たちは往々にして、相手の話を聞くということができていない」と指摘した。

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