漫画「恋じゃねえから」が描く、創作現場で起きている性加害のリアル 作者・渡辺ペコさんに聞いた

漫画家渡辺ペコさんの「恋じゃねえから」第1巻の表紙(左)と一場面。(C)渡辺ペコ/講談社

 2022年は映画や演劇の業界など表現を巡る世界での性加害の告発が相次ぎ、日本版「#MeToo」とも言える運動が続いてきた。そんな中、漫画家の渡辺ペコさんが「モーツーWEB」で連載中の漫画「恋じゃねえから」が読者の支持を集めていると聞き、手に取った。漫画というエンターテインメントを通じ、「創作と加害」の問題を絶妙なリアルさとともに描き出している作品だ。
 主人公は40歳の主婦の茜。ある時、中学時代に通っていた塾の講師だった今井が彫刻家になっていることを知り個展に足を運ぶ。そこで見た少女の裸婦像はかつて親友だった同級生の紫(ゆかり)によく似ていた。茜は今井と紫が当時、恋愛関係にあると思っていたのだが…、といった具合で物語が進んでいく。
 作者の渡辺さんにその意図や描くに至った背景を聞くと、社会には芸術や文化に対する「甘さ」があると指摘する。(共同通信=前山千尋)

 ▽表現者はそんなに偉いのか?

 ―「恋じゃねえから」は今の社会問題に真正面から取り組んでいるような作品だと感じました。取り組むきっかけを教えてください。

 「この作品に対して、『社会の問題を真正面から描いている』という感想をくださる方がいます。そういう方は今起きている問題を『私たち(の問題)』と捉えていると思います。でも同じ女性であってもさまざまな経験があり、考え方も全く違います。こうした問題を遠くに感じる人もいます。漫画というエンターテインメントの強さでそれが読み手にとって『遠い問題ではない』ところまでもっていけたらと考えています」

 ―以前から「創作と性加害」について描きたいと思ってきたのでしょうか。

 「今回はまず『シスターフッド(女性の連帯)』について描きたいと思っていました。女性がかつて助けられなかった女性を助ける、力になるという話がベースです。表現の持つ暴力性については、ずっと考えてきました。特に自分にとって象徴的だったこととして、大御所の男性写真家がモデルの女性にハラスメントで告発されたことがあります。その写真家は、私が美学美術史を学んでいた大学生の時から人気で、モデルになれることは光栄なこと、あるいは作品を理解したい、理解するべきと思っていました。大人になって彼の作品を見返すと、少女のような人がモデルとなっていることに引っかかりました。でも当時それを誰かに言っても『(作品が)好みじゃないんだね』としか言われなかったと思います」

「恋じゃねえから」第1巻より。(C)渡辺ペコ/講談社

 「私がずっと持ってきた違和感は、表現者というものはそんなに偉いのかということです。自分も描く側で仕事をしているので、この問いは常に自分にも向けないといけないと思っています。自分が潔白であることと、何かに問いを持つことは決してイコールではありません。表現する側である限り、人から何かを奪ったり、人を踏みつけたりしているということがないとは言えません」

 ▽表現者は社会で「善」とされている

 ―作品の中で加害者である塾の講師の今井が分かりやすい「悪人」としては描かれていません。そうであるためか、暴力に対する加害側の「無自覚さ」が逆に際立っているように感じます。

 「はい。悪人を悪しざまに描いて面白さにつながる場合もありますが、私はそのように描くのが苦手です。実際に明らかな犯罪者というよりも、特にアートや文芸といった表現をしている人は、社会で『善』とされがちではないでしょうか。それに表現者は社会的成功者でも、そうでなくても、何か特別なことをしているという一般的な見方がある気がします」

「恋じゃねえから」第1巻より。(C)渡辺ペコ/講談社

 「性的な搾取や被害のようなことを明らかに狙う人もいますが、そうではない場合も多いのではないかと。それと関連してもう一つ、この作品で私が考えたかったのは恋愛についてです。これまで漫画やドラマなどは恋愛が尊いもので、すてきなもの、みんながするべき経験ということをあまりにも無責任に取り上げ過ぎてきたのではないでしょうか。変わってきた面もあると思いますが、40代の私はそういう雰囲気の中で成長しました。『加害』的なことを、これは恋愛だから、という思い込みで不問にしたくはありません」

 ―恋愛関係に限らず人と人とが対等でいることの難しさを感じます。

 「どんな関係でも、強い側が意識をする必要があるのではないでしょうか。私も若い時は分からなかったのですが、仕事を続け、年齢を重ねる中で気付かないうちに力を持ってしまっていることに、はっとすることがあります」

 ▽作品には罪はない?

 ―社会には表現者やその行為に対する「甘さ」があると指摘されています。なぜ、そうしたことが起きるのでしょうか。

 「甘さがどこからくるかと言うと、芸術文化への敬意からではない気がします。よく分からないということかなと思います。恋愛も『他人にはよく分からない』と言われます。アートや文芸といった表現の中に人の権利を踏みにじるようなものがあったとしても、それを見た人が『あれは何だろう』と疑問を持ったり、批判的なことを言ったりすることはハードルが高いです。やぼだとか、感性が鈍いと言われる怖さもあると思います。『そういうものですか』と遠巻きにしている方が安全な場所にいられるかなと思います」

漫画家・渡辺ペコさんの自画像

 ―作家と作品を切り離し、作品には罪がないと言われることがよくありますが、どのように感じていますか?

 「必ずしも『作品=作り手』とは言えないかと。でも作品には作り手がその時に持っているものとか、考えていることが投映されています。作品に罪はないとは思わないですし、作り手は自覚と責任を持つことが大事なのかなと。時代の流れの中で、この表現は問題ではないかということが出てきます。その時に開き直ったり、『批判』として短絡的に受け取ったりせず、指摘されたならそのことについて考えていく必要があるのではないでしょうか」

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 わたなべ・ぺこ 北海道生まれ。漫画家。2004年に「透明少女」でデビュー。夫婦とは何かを問う「1122(いいふうふ)」で注目を集めた。『恋じゃねえから』(講談社)の第2巻は2023年1月23日に発売予定。

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