母親の膝の上にぐったりと横たわる8歳の少女。下痢と嘔吐で2日間苦しみ続け、国境なき医師団(MSF)が支援する診療所で治療を受けることになった。彼女が患っているのは、コレラだ。 紛争から逃れ、トイレも使えない状況で生活を送ってきた一家。衛生環境の悪化により、コンゴ民主共和国(以下、「コンゴ」)では彼女のようにコレラに感染する人が増えている。 シリア、レバノン、ハイチ、ソマリア、ナイジェリア……。コンゴのみならず、2022年は世界でおよそ30の国でコレラが流行した。レバノンでは約20年ぶりの発生だった。コレラとはどのような病気なのか。なぜいま各地でコレラが流行しているのか。3つの質問を通して伝える。
Qコレラとはどんな病気?
コレラとは、コレラ菌に汚染された水や食べ物を摂取することによってかかる病気だ。コレラ菌は腸に感染し、深刻な下痢や嘔吐を引き起こす。下痢がひどくなると、すぐに脱水症状になり、数時間で死に至ることもある。
コレラ患者の下痢便には、コレラ菌が多く存在する。コレラ菌を含む排水が飲み水に混ざると、コレラはすぐに広がってしまう。
Q2022年、 コレラの流行が増えたのはなぜ?
2022年には少なくとも30の国々でコレラかコレラらしき疾患の流行が確認された。しかしこれは、いわゆる世界的大流行ではない。多くの国にとって、現在のコレラの急増は、地域ごとに異なる事情から起きているからだ。コレラ流行は、清潔な飲み水の供給状況と、適切な排水処理に左右されている。
政情不安や紛争
紛争など政治的な危機が、上下水道のシステムを脅かすことがある。ハイチ、ソマリア、シリアなどの国々でのコレラ流行がその例だ。
自然災害
熱波や干ばつで、安全な水源から出る飲み水は減少する。そのため安全でない水源を使わざるを得なくなり、コレラにつながることがある。洪水もコレラの一因だ。それまで安全だった水源に細菌が流れ込みやすくなるためだ。2022年、ソマリア、ケニア、エチオピアなどの国は深刻な干ばつに、南スーダンやナイジェリアなどの国は、洪水に見舞われた。
難民キャンプなどの環境
移動を強いられる人びとは、清潔な水が足りない場所で寝泊まりせざるを得ないことが少なくない。さらに、当局は難民キャンプ内の下水道や廃棄物処理などのインフラ整備への支出を渋りがちだ。今年に入ってから、レバノン、ソマリア、ナイジェリアの難民キャンプでコレラが流行した。
Qいまどんな課題が?
コレラの治療は難しくない。ほとんどの患者には経口補水液を投与し、重症の患者には静脈内補水液を投与する。手遅れにならないうちに治療すれば、99%以上の患者は助かるのだ。清潔な飲み水を供給し、下水を適切に処理すれば、感染を避けることができる。ワクチンで予防することもできる。
しかし、コレラの治療や予防にあたって、設備や物流面の課題は大きい。コレラ治療センターの設置や水・衛生に関する活動には多くの物資が必要だ。さらに、治安の悪さなどのために現地入りが難しい場所ではより状況は困難になる。今年は各地で流行しているためにコレラワクチンは既に不足しており、点滴用の補水液剤など他の必須物資の供給もひっ迫している。
さらに、政治的な理由から、政府がコレラ流行の公式宣言を出さないこともある。そうすると住民に予防策を伝えることが難しくなり、コレラの予防接種もできなくなる。
MSFは現在、10カ国(ケニア、エチオピア、ソマリア、カメルーン、ナイジェリア、ハイチ、レバノン、シリア、マラウイなど)でコレラに対応している。
健康教育や、給排水設備の整備、予防接種などを通して予防を進めるほか、医療施設でのコレラ治療ユニットの運営、数百人を収容できる大規模なコレラ治療センターの設置などを通して治療に取り組んでいる。